第234話 重たい武器
クラリスたちは、黒曜石の武器に興味はあるもののなかなか手を出さない。
「ヒカリ、これって呪われたりしてないよね?」
不気味な光沢を放つ武器を前に、クラリスがおずおずと尋ねた。
「呪われてはないよ、ただ重くて魔力を弾くだけかな」
その説明を聞き、令嬢たちはさらに警戒を強めた。そんな時、雷の精霊ラインが自信満々に口を挟んだ。
「ファナならきっと持てるぜ」
「え? そ、そうかな……じゃあ、やってみようかな」
ラインに促され、一番に名乗りを上げたのはファナだった。彼女が一歩前に出て『こくようのびょうけん』の片方を持ち上げようとするが……。
「……ん? あれ? ……お、重っ!? ちょっ、ちょっと待て……」
ビクともしない重さに、ファナはすぐに手を離してラインに詰め寄る。
「ライン! こんな重たい物どうやって持ち上げるのよ!」
「な、何を言っている、ファナの怪力なら軽いものだろ!」
「なんですって! ライン! 私はそこまで怪力じゃないわ!」
「い、いやファナなら……」
ラインがファナの圧にタジタジになっている横で、次の挑戦が始まります。
「じゃあ、私がやってみるね」
セシリアが風の精霊ルーファの応援を受けて前に出る。彼女は直接触れず、風魔法で浮かせようと試みたが……。
バチン! 『アビス・ゲート』が風に触れた瞬間、鋭い音を立てて魔法が弾かれた。
「きゃ!」
セシリアはその場に尻もちをついてしまった。
「セシリア大丈夫?」
「え、ええ……。魔法が弾かれるから、風魔法でも持ち上がらないわね」
その後、エリーナとモニカも試したが、やはり指一本分も持ち上げることはできない。
「最後はクラリスだね。答えは変わらないだろうけど」
「あら、ヒカリ、私が持てないと思っているの?」
「え? 流石に無理でしょ」
クラリスは不敵な笑みを浮かべた。ヒカリは(え? クラリスってそんなに怪力なの?)と内心戸惑う。
彼女が試みたのは、最近授業で教わり始めたばかりの「身体強化」でだった。
「魔力を身体の表面に膜を貼る感じで……」
(へー、身体強化だね。でも、膜の密度が一定じゃないな。まだ習いたてなのかな)
ヒカリが冷静に分析する中、クラリスは『アビス・ゲート』の持ち手を握り、ゆっくりと力を込めた。すると、杖の先端が徐々に垂直になっていきます。
「ほ、ほら凄いでしょ」
「おー、クラリス凄いね。じゃあ、そのまま持ち上げてくれないかな」
「え? 持ち上げたわよ?」
「いやいや、それは立てただけだよ」
そう、クラリスは下部を支点にして先端を「起こした」だけに過ぎない。
「ちゃんと持ち上げないとね」
「むー、わかったわよ」
頬を膨らませて拗ねるクラリスの姿に、ヒカリは思わず見惚れてしまう。しかし、彼女がどれだけ踏ん張っても、杖が地面から浮くことはなかった。
「え? 凄く重いんだけど……これどうすればいいの?」
起こしたはいいものの、あまりの重さに静かに寝かすこともできず困り果てるクラリス。ヒカリが手をかざすと、杖はスッと彼の手の中に吸い込まれていった。
(俺の四次元ポケット? 優秀だよな。魔力の塊である俺の中に収納しても、なぜか反発しないんだよな)
「クラリス、猫パンチも試してみる?」
「うーうん、やめとくわ」
ヒカリが尋ねますが、他のメンバーも首を振った。
「やめておくわ。仮に身体強化して持てたとしても、実戦の疲労状態でそれを維持し続けるのは不可能だわ」
「そうね、あんなに重たい物を持って行くのなんて……」
ダンジョンでヘトヘトになった状態で、あの超重量物を抱えて帰るのは苦行以外の何物でもない。結局、精霊たちが期待したドロップ品は、ヒカリのストレージの奥底へと眠ることになった。
誰もが黒曜石の武器を扱うことができないと確認し、精霊たちががっくりと肩を落としていた頃、ようやくあの男が戻ってきた。
「あら、カイン。戻ったのね」
「ああ。我の友を紹介しようと思ってな」
自信満々に胸を張るカインだったが、その周りには誰もいない。
「カイン、誰もいないわよ? ……新しい精霊さんかしら?」
クラリスが不思議そうに首を傾げると、カインは「む?」と周囲を見渡し、訓練施設の隅っこでガタガタ震えている「影」を見つけた。
「アインよ、怖くないからこっちへ来い」
その名を聞いた瞬間、ヒカリに戦慄が走る。
(え? もしかして、一角ウサギを連れてきちゃったの!?)
「カイン、アイン(一角ウサギ)を連れてくるのはまずくない?」
「なぜだヒカリよ?」
「いやいや、一応『魔物』だからさ。ここは学園だよ?」
ヒカリの正論に、カインはムッと顔をしかめる。
「アインをどこぞの野蛮な魔物と一緒にするな! こやつは我の友だぞ!」
「確かにそうだけど……」
収拾がつかなくなりそうな気配を察し、ヒカリはカインに提案した。
「カイン、まず俺がみんなに説明するから、その後にして」
「む……。わかった」
カインを下がらせると、ヒカリは意を決してクラリスたちに向き合った。
「えっと……カインが連れてきた『友』っていうのは、一角ウサギなんだ」
その言葉が出た瞬間、場に緊張が走る。
「え? 一角ウサギって、魔物よね?」
「カイン! 魔物を学園に連れてきたの!? 危ないじゃない!」
「何度も言うが、アインをそこいらの魔物と一緒にするでない!!」
「でも、魔物は魔物だよ!」
クラリスとカインの激しい口論。ヒカリは慌てて間に入る。
「まあまあ! アインはカインにすごく懐いているし、俺も見てたけど多分問題ないと思うんだ」
「『多分』じゃダメでしょ、ヒカリ!」
(うぉ、矛先が俺に飛んできた……!)
ヒカリは焦りながらもなんとか折衷案をひねり出しました。
「じゃあさ、クラリスたちに『光の盾』を張るから。それならもし何かあっても安全だよね?」
「……分かったわ。ただし、何かあったらすぐに討伐するからね。いいわね?」
「う、うん。それでいいよ。カインもいいよね?」
「ああ構わん。アインは何もせんからな」
ヒカリはため息をつくと、クラリスたちを包むように
光の盾を展開した。
「『シャイン・バリア』。……よし、いいよ、カイン」
「うむ」
カインは隅っこへ向かい、優しくアインを説得して連れてきた。
「こやつが、我の友のアインだ。……アインよ、何もするではないぞ。挨拶しろ」
「キュ、キュー……」
カインの足元から、おずおずと顔を出した一角ウサギ。
ヒカリの結界でほんのり光り、つぶらな瞳で「キュ~」と鳴くその愛らしさに、さっきまで「討伐」と言っていたクラリスたちの目つきが瞬時に変わった。
「……あら」
「……え、ちょっと待って。可愛すぎない?」
警戒していたはずの令嬢たちが、吸い寄せられるように前のめりになる。
「触ってもいいかしら?」
あんなに警戒していたクラリスが、頬を赤らめて身を乗り出す。
「え? 光の盾を解除することになるけどいいの?」
ヒカリが念のために確認しするが、クラリスの目はすでにアインに釘付けだった。
「ええ、お願い。……あんなに可愛い子が、悪い子のはずがないわ」
ファナやモニカ、セシリアまでもが「そうよ、あの子を独り占めするなんてズルいわ!」と言わんばかりに頷いていた。
(ええー、『可愛いは正義』ってこの世界でもあるのかな……)
ヒカリは苦笑いしながら、手のひらをかざした。
「じゃあ解くね。……解除!」
パラパラと光の破片となって盾が消えた瞬間だった。
「キャー! 近づいて見るともっと可愛いわ!」
「見て、この耳! ぴょこぴょこ動いてる!」
「毛並みがふわふわそう……ちょっと触らせて!」
クラリスたちが一斉にアインに群がる。さっきまでの「魔物は討伐」という物騒な空気はどこへやら、訓練場は一気に「ふれあい動物園」のような状態になってしまった。
「愛らしい目をしてるね、アインちゃんっていうの?」
「キュー、キュ……ッ」
しかし、いきなり大勢の、しかも凄まじい熱量を持った令嬢たちに囲まれ、アインは耳を伏せてガタガタと震えだしてしまった。
「アインよ、心配いらん。この者たちは我の仲間だ。……ほれ、そんなに怯えるな」
カインがどっしりと構えて声をかけるが、アインはカインの足の間に顔を突っ込んで隠れようとする。
「ほら、カイン! アインちゃんが怖がってるじゃない! もっと優しくしてあげてよ!」
「……ぬ、ぬぅ!? 我が怒られているのか!?」
なぜかカインがとばっちりを受け、威厳が台無しだった。
ヒカリはその光景を眺めながら、ようやく肩の力を抜いた。
アインは恐怖よりも食欲(とクラリスたちの笑顔)に屈したのか、おそるおそるセシリアから差し出されたクッキーをモグモグと食べ始めた。その姿に再び「キャー!」と黄色い悲鳴が上がった。




