第228話 ザードVS雷蔵
ユーリアの次は、死の森へと向かった。
金髪の麗人・ザードの姿で死の森に降り立つと、ヒカリは迷うことなく二人の気配がする場所へと歩みを進める。
しかし、この森は依然として危険な魔物の巣窟。ザードの放つ異質な魔力に惹かれ、森の魔物たちが次々と襲ってきた。
(……ちょうどいいね。これも練習だ)
ザードは光の残像を残しながら魔物の攻撃をひらりと回避し、最小限の力で魔物を無力化していく。
踊るような足取りで森を突き進むと、やがて視界が開け、二人の姿が見えてきました。
「おーい、雷蔵くん!」
ザードの明るい声が響き、雷蔵とレインが同時にこちらを振り向くとレインがその瞳に鋭い怒りの炎を宿して地を蹴り迫ってきた。
「……! 俺をあんな目に合わせた奴の仲間だな! あの時の恨み、ここで晴らしてやる!」
凄まじい殺気を放ちながら突っ込んでくるレイン。
「えーっ!? ちょっと待って、魔力で誰だか分かるよね!?」
ザードが困惑して声を上げるが、怒りに我を忘れたレインには届かない。その様子を横で見ていた雷蔵は、「はぁ……」と深いため息をついてやれやれといった表情を浮かべました。
「まだまだだね、レイン……」
『シャインプリズン』!
ザードが短く唱えると、レインの周囲に黄金の光の柱が立ち上がり、瞬時にレインを閉じ込めた。
「え? え? あれ……!? 体が動かない!?」
光の牢獄に阻まれ、勢いよく突っ込んできたレインは呆気にとられたように固まった。
「はい、レイン捕まえた。……隠蔽も隠密も使わないで、ただ怒りに任せて正面から突っ込んでくるのはどうかと思うけどね?」
光の檻越しに、ザードが少し意地悪く釘を刺します。
ようやく冷静さを取り戻したのか、レインは檻の中で
唖然としていた。
「……え、ヒカリの兄貴?」
雷蔵は苦笑しながら、改めてザードの姿をまじまじと見つめる。
「……ヒカリ殿は、何故その様な格好でいるでござるか?」
雷蔵が不思議そうに問いかけた。
「武闘会に出る時の為の練習だよ。この姿で出るからね」
ザードはマントを軽く翻して答え光の牢獄を解除する。
「解除!」
光の牢獄から解放されたレインは、まだ少し納得がいかない様子で、ヒカリを見つめた。
「そうでござるか……では、少し手合わせするでござる」
雷蔵の言葉に、ヒカリは目を丸くする。
「え? なんでそうなるの?」
疑問をぶつけるヒカリだったが、雷蔵は「分かってるよね」と言いたげな、静かな、しかし闘志の宿った瞳でこちらを見据えています。
(……はぁ。雷蔵くんも、結局はカインと同じ戦闘狂なんだな)
ザードの姿のまま一つ大きな溜め息をつくと、ヒカリは観念してスッと腰を落とす。
「……分かったよ。じゃあ、やろうか」
二人が一定の間合いを取った瞬間、空気がピリッと張り詰めた。
先に仕掛けたのは、ザード(ヒカリ)。
「先手必勝! 『シャインプリズン』!」
光の牢獄が雷蔵を捕らえる寸前。
『弐之型・瞬雷』!
雷蔵の体が雷光に包まれたかと思うと、残像を残して左へと鋭く移動した。光の檻は虚空を掴むだけに終わった。
「だー! 駄目なのか!」
「甘いでござる!」
雷蔵は着地と同時に地面を強く蹴り、さらに加速。雷を纏った一陣の風となり、ザードの懐目掛けて一直線に突き進んでくる。その速度は、並の魔物とは比較にならない。
「うぉっ!?」
直撃を避けるため、ザードは即座に空中に魔力を固定しました。
『光の階段』!
空中に無数に出現した光の足場。ザードはその一つを力強く踏みつけると、重力を無視して斜め上方へと跳ね上がった。光の足場を次々と蹴り、空中で軌道を変えながら雷蔵の突進を回避し、逆に上空からの加速を得る。
「……やるでござるな」
雷蔵はザードが空中に逃げることを見越していたのか、鋭く足を止めて上空を仰いだ。
壱之型 閃雷!
雷蔵が静かな所作で刀を横一閃に振るうと、空間そのものを切り裂くような衝撃波が走り、ザードが足場にしていた光の足場がガラス細工のように砕け散った。
「まじかー!」
空中でバランスを崩しそうになりながらも、ザードは咄嗟に新しい足場を再構築する。しかし、武の達人である雷蔵はその隙を見逃さない。
「遅いでござる!」
弐之型 瞬雷!
雷光を纏った雷蔵が、瞬きする間にザードとの距離をゼロにする。
参之型 雷刀連撃!
間合いを詰めた雷蔵は、息つく暇も与えず、鋭い突きを連続で繰り出した。一突き一突きが重く、鋭い。
「くっ……『光羽の舞踏』!」
ザードも負けじと、光のレイピアで突きを繰り出し、迎え撃つ。
キィィィィン! と、高音の金属音が森に響き渡る。一見すると互角の突き合いに見えたが、一撃の重さは歴戦の剣士である雷蔵が上回っていた。
「うわっと……重い!」
ザードは耐えきれなくなり、弾かれるように後ろへと飛び退いた。
『光の階段』!
空中に階段状の足場を作り、さらに高度を稼ぎながら距離を取る。その直後、眼下の雷蔵に向けてザードが右手を振り下ろした。
「喰らえ! 『聖条乱舞』!」
無数の光の直線が、文字通り雨のように、そして意思を持つ矢のように雷蔵へと降り注ぐ。
だが、雷蔵は動じない。
「……見えるでござる」
雷蔵は最小限の動きで刀を振るい、降り注ぐ光の弾幕を全て正確に叩き落とした。そして、弾幕のわずかな合間を縫って一気に加速。
「っ!?」
ザードが気づいた時には、目の前に雷蔵の姿があった。そして、冷たい刃の感触が首筋に届く。
「だー! 降参!」
ザードは両手を上げ、レイピアを消した。首元に立てられた刀が鞘に収まる音を聞いて、ようやく大きな溜め息をつく。
「……やっぱり雷蔵くんには敵わないな」
「いや、ヒカリ殿。その姿での魔力操作、なかなか見ものでござった。特に空中の機動力は、敵に回せば厄介極まりないでござるよ」
雷蔵は満足げに頷き、ザードの健闘を称えた。
「さてと、それじゃあ、光の障壁をかけ直すね」
ヒカリは指先から溢れる純度の高い魔力で、雷蔵とレインを包む障壁を編み直した。これがあれば、死の森の瘴気は、彼らへは届かない。
「かたじけないでござる」
雷蔵が深々と頭を下げる。その武人の風格を前に、ヒカリは自分の首元をさすりながら苦笑いした。
「もっと鍛錬しないとなー……」
今の模擬戦で、ヒカリは自分の実力が雷蔵に遠く及ばないことを痛感していた。技のキレ、踏み込み、そして戦いの中での「呼吸」が圧倒的に違う。
「それじゃあ、また明日ね!」
ヒカリは二人に大きく手を振り、リンドの国の王都エルナリアへと飛んだ。
王都に降り立ったヒカリは、エルフバージョンの「ザード」の姿のまま、少しだけ街を歩いてみることにした。
高い身長、引き締まった体躯、そして涼しげな目元の金髪エルフ。その姿が街を行くエルフ女性たちの目に留まらないはずがなかった。
「……あら、あの方……」
「まぁ、見ない顔ね。なんて美しい立ち振る舞いかしら……」
すれ違う女性たちが足を止め、頬を赤らめてザードをチラチラと盗み見る。
(おー! 俺、もしかして今、人生(精霊生?)最大のモテ期か!? )
鼻高々に歩きながら、ヒカリは意気揚々とソラリスの執務室へとやって来た。
「ララ、ムム、こんにちは!」
ザードの姿のまま爽やかに挨拶して部屋に入ったヒカリだったが、迎えたララの視線は、なぜか北極の吹雪のように冷たかった。
「……こんにちは、ヒカリ」
「あ、あれ……?」
ララの挨拶には、聞いているだけで首筋が寒くなるようなトゲがあった。隣でムムが腕をシュッと上げる。
「ねーねーソラリス。ララ、なんだか機嫌が悪いみたいだけど……何かあったの?」
ヒカリがこっそりソラリスに耳打ちすると、ソラリスは深く、深ーーーい溜め息をついた。
「……全く。精霊には無い感情とはいえ、ここまで鈍感とは。これではララが不憫じゃのぅ……」
ソラリスは呆れ果てたように首を振った。
ソラリスは知らない。ヒカリには前世の記憶があり、その「感情」の名前が『嫉妬』であることを。そしてヒカリ自身も、まさか自分がその対象になっているとは微塵も思っていないということを……。
「ヒカリ……。そんなに女の人に見られるのが嬉しいの?」
ララが低い声で、じり……と一歩踏み込んでくる。
「え、あ、いや、そういうわけじゃなくて! ただ、ザードの姿が上手くいってるかなって……!」
「ふーん……。そう。だったら、その格好でずっと外にいればいいじゃない」
「ひ、冷たい!? ララ、なんで怒ってるのー!?」
鈍感なヒカリには永遠に分からない。




