第226話 カインの誤算
カインの人化特訓から二週間。
ヒカリたちは着実に階層を更新し続け、ついに辿り着いたのは四十八階層、黒く光る岩壁が不気味にそびえ立つ「黒曜石の迷宮」。
転送陣から現れたのは、銀髪をなびかせる麗人ザード。そしてその隣には、燃えるような赤髪を逆立てた一人の青年が立っていた。
「ふははは! 待たせたな! 我が真の姿……いや、新たな戦装束を拝むがいい!」
赤い瞳を爛々と輝かせ、紅蓮の陣羽織のような衣装を纏った青年。顔立ちはカインらしい気の強さと不敵な笑みが滲み出ている。これまでの「赤い雪だるま」とは比較にならないほど、完璧に「人」の形を成していた。
「はいはい、おめでとう。じゃあ、有言実行でその姿での戦闘、頑張ってね。足引っ張らないでよ?」
ヒカリがわざと意地悪く、余裕たっぷりに言うと、カインは額に青筋を浮かべて叫んだ。
「黙れヒカリ! 我の『舞』に腰を抜かすなよ! 行くぞッ!」
その時、前方の通路から冷気が吹き抜けた。四十八階層の門番とも言える魔物、「奈落の重装騎兵」が五体、黒い霧を吹き出しながら重厚な足音と共に現れた。
「ヒカリ、手出し無用だ! ――いでよ、『紅蓮の破断』!」
カインが右手を高々と振り上げると、周囲の熱を一気に吸い込み、巨大な炎の大剣が具現化された。しかし、人の姿を維持しながらこれほど濃密な炎を練り上げるのは、今のカインの魔力操作ではあまりに負荷が大きすぎた。
「ゆくぞッ!!」
カインが力強く地を蹴り、アビス・ナイトに肉薄した――その瞬間だった。
ボフッ!
「な、なぜだぁー!?」
派手な音と共に、完璧だったはずの青年の姿が霧散し、中からいつもの小さな精霊のカインが放り出された。あまりの魔力消費に、人化の維持が解けてしまったのだ。
勢い余って空中で丸まったカインに対し、アビス・ナイトの巨大な黒剣が無情にも振り下ろされる。
「ま、待ってくれぇ!」
しかし、奈落の騎士に「待て」は通用しない。大剣がカインを叩き潰そうとした瞬間、横から鋭い声が飛んだ。
『シャインバリア』!
カインの目の前に強固な光の盾が展開され、アビス・ナイトの剣をガキィィン! と激しく弾き返した。
「……もう、危なっかしいんだから。はーい、みんなやるよ!」
ヒカリが合図を出すと、待機していた面々が一斉に動き出した。
「ふふ、じゃあ派手に行かせてもらうわね! 『嵐の息吹』!」
ルーファが、狭い通路に猛烈な竜巻が発生し、アビス・ナイトたちの重い体を強引に浮かせた。
「い、今だ……『星鎖の拘束』」
エルが放った粘土の高い水の鎖が、宙に浮いた騎士たちの四肢を絡め取り、完全に動きを封じる。
「……そこだ! 『ライトニングアロー』」
ラインが冷静に弱点を射抜き、一体の魔力核を正確に撃ち抜いた。
「遅いのじゃ! はぁぁっ!!」
フロントが弾丸のような速さで突っ込み、ひるんだアビス・ナイトの懐へ潜り込むと『アイスガトリング』(氷の弾丸)を撃ち込むとそのまま壁へと叩きつける。
「最後は僕が決めるよ……『光羽の舞踏』!!」
ザード(ヒカリ)が光のレイピアを手に、空中を蹴って舞い上がる。
シュシュシュシュシュッ!!
一瞬の間に無数の光の筋が走り、残りのアビス・ナイトたちの関節を正確に貫いた。
最後の一体が光の粒子となって消えた頃、迷宮の通路には静寂が戻っていた。
「……ふぅ。カイン、大丈夫?」
ヒカリがレイピアを消して振り返ると、そこには顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている精霊のカインが浮いていた。
「……うう、なぜだ……あんな、あんな『ボフッ』などという情けない音と共に……」
「ウハハハ! カイン、さっきの『待ってくれ!』は傑作だったぞ。奈落の騎士に命乞いする精霊なんて初めて見たわ!」
「う、うるさい! あれは……その、不意を突かれただけであってだな……!」
「でもカイン、さっきの途中までは本当に格好良かったわよ? 人化の精度自体は上がってるし、あとは戦闘中の魔力配分だけね」
ルーファがフォローを入れるが、カインのプライドはズタズタのようだった。
「むむむ……もうよい! 我はしばらく精霊の姿で戦う! 人化など、人化などもう……!」
「あはは、そんなこと言わずにまた明日から練習しなよ。……さて、四十八階層の攻略を進めようか」
ヒカリたちは、憤慨するカインを宥めつつ(半分は弄りつつ)、さらに迷宮の深部へと足を進めていった。
その道中、通路の端でカインが「うおおおおお!」「燃えろおおお!」と叫びながら、憂さ晴らしと言わんばかりに巨大な火柱を上げてアビス・ナイトを灰にしているのが見えた。
(……カイン、相当悔しかったんだな。八つ当たりされてる魔物がちょっと可哀想に見えてきたよ)
一方、ラインやフロントたちは、ただ倒すだけでなく、新しい魔力運用の効率を試したり、連携を確認したりと、各々が目的を持って動いているのが伝わってくる。
ヒカリ自身も、この「ザード」の姿での戦闘にはかなりの手応えを感じていた。
(いい感じに手加減できるようになってきたな。よしよし……)
当初は軽く突いただけで岩を蒸発させていたレイピアだが、今は「相手を戦闘不能にするが、命までは奪わない」という絶妙な寸止めや、威力の減衰をコントロールできている。
(獣人族の武闘会で、うっかり対戦相手を消滅させちゃったら目も当てられないからね。僕が武闘会を『血の武闘会』にするわけにはいかないからな⋯⋯平和に、華麗に、優勝しないと!)
しばらくするとルーファから念波が飛んできた。
「ヒカリ、転送用の魔法陣と次の階層への階段あったわよ」
「了解、今行くよ!」
ヒカリはザードの姿のまま、ルーファの魔力が漂う方角へと軽やかに駆け出した。
合流地点の階段前に到着すると、ルーファたちが待っていた。
「お疲れ様、ヒカリ。ずいぶん楽しそうに舞ってたわね」
「あはは、ルーファこそ、見つけるの早かったね。助かるよ」
ヒカリが階段の淵に立つと、最後尾から肩を落として(あるいはまだ怒り狂って)飛んできたカインが合流した。
「……ふん、階段か。さっさと下りるぞ!」
「いや、今日は、ここまでだよ」
ヒカリの言葉にカインは憤慨する。
「クソ!不完全燃焼だ!」
「はいはい、カイン。次はもっと冷静に魔力配分を考えようね」
「わかっておるわ!!」
賑やかな一行は、四十九階層へと続く階段の近くにある転送用の魔法陣へと移動する。
ヒカリたちは魔法陣に乗り学園ダンジョンを後にした。




