第222話 精霊結晶
ヒカリは素直に答えた。
「俺、素材持ってないよ」
ヒカリが正直に答えると、ゴルグは勝ち誇ったように笑い声を上げた。
「ガハハハ! なら武器は作れん! 職人は素材が無きゃ腕の振るいようがねぇからな!」
(うーん、最高の素材かー……。アクアジットだけじゃ満足してくれないんだな)
ヒカリは少し考え込み、決意を固めた。
「分かった。最高の素材、探してくるよ」
「ほう? 言ったな。いいか、期限は明日までだ。明日までに用意出来ねぇ時は、その酒と蜂蜜はわしが貰うからな!」
「分かった。また明日来るね」
ヒカリは工房を後にすると、人目のない場所で精霊の姿に戻り、一気にリンドの国へと向かった。
リンドの国の王都エルナリア。ソラリスの居室の扉をすり抜けて中に入ると、そこにはソラリス、ララ、ムムの三人がいた。
「やっほー、ララ、ムム」
ムムはシュッと手を挙げて挨拶を返し、ララはどこか淋しげにヒカリを見つめた。
「こんにちは、ヒカリ」
「ソラリス、アクアジット鉱石の運搬終わったよ」
「うむ、ご苦労じゃったな。して、何かあったのか?」
ソラリスが尋ねると、ヒカリは本題を切り出した。
「ソラリスに一つ聞きたいことがあってさ。武器の最高の素材って何?」
「なんじゃ藪から棒に。……まさか、自分用に武器を作る気か?」
「俺用じゃ無いよ、そんでさドワーフのゴルグに武器を作ってって言ったら、『最高の素材を持ってこい』って言われちゃってさ」
その名を聞いた瞬間、ソラリスの表情が凍りついた。
「な……! お主、あのゴルグに会ったのか!?」
「うん、ドワーフの王様に紹介してもらった」
「あ、あり得ん……。あの偏屈者が王の紹介程度で会うなど……。わしですら何度断られたことか……」
驚きを隠せないソラリスだったが、ヒカリの真剣な目を見て、伝説の素材について語り始めた。
「武器の素材として至高とされるのは、精霊の命の終焉に生まれる『精霊結晶』じゃ。だが、それは古の森の最奥、森の守護者に守られた聖域にしかないと言われておる」
ヒカリはソラリスから聞いた「古の森」へと向かった。
(精霊結晶か⋯⋯)
精霊結晶とは、精霊が集まって結晶化した物を言う
精霊は長きに渡り世界中に流れて行くが最後には古の森にある、ある場所へと帰る。
そこで最後を迎えた後、結晶化するのだ。
それが積み重なって出来るのが『精霊結晶』だ。
ゲームでは文献に出て来るだけで実際に手にする事は無い。
正に神話級の物である。
古の森は世界樹の森の北側山に囲まれた小さな森その最奥にひっそりと存在する。
ある冒険者がたまたま見かけたと言う精霊結晶は森の守護者に守られており、その冒険者は、森の守護者によって森から追い出された。
(追い出されたと言うか⋯⋯ぶん投げらてたと言うか⋯⋯よく生きてたな)
そこは世界樹の森の北側、険しい山々に囲まれた場所にひっそりと存在していた。精霊が長い旅の果てに帰り、最後を迎えて結晶化する場所。それが数万年かけて積み重なったのが『精霊結晶』。
やがて、森の最深部。ぽっかりと開けた広場の中央に、それはあった。
「……綺麗だ」
地面から突き出した巨大な水晶の群生。それは淡く、七色に輝きながら、まるで心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅している。
精霊たちが命の終わりに辿り着き、数万年かけて積み重なった想いの結晶——「精霊結晶」。
広場の中心で七色に輝く結晶に見惚れていると、地響きと共に巨大な守護者エルダー・ガーディアンが現れた。
「実力を示せ」
地響きのような声が響く。
「あー、俺って攻撃魔法は無いからさ。君の攻撃を無傷で受け止める、じゃダメかな?」
ヒカリの提案に、守護者は一瞬沈黙したが、ゆっくりと巨躯を揺らして頷いた。どうやら交渉は成立したらしい。
「交渉成立ね。……シャインシールド!」
ヒカリが手をかざすと、目の前に幾何学模様を描く黄金の光の盾が展開された。それはただの魔法障壁ではなく、魔力が凝縮された鉄壁の守りだ。
「いいよ、おいで!」
ヒカリが光の盾を展開すると、守護者の巨大な拳が振り下ろされた。
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃波が走り、周囲の巨木が激しくしなり、森全体が地震のように揺れた。
(うはー、あぶねー。さすがに凄い威力だ……)
衝撃の直後、ヒカリが展開した光の盾が、限界を超えた負荷によってガラスのようにパリンと砕け散った。だが、ヒカリ自身は一歩も退かず、無傷だった。
「実力は示された」
守護者は拳を引き、静かに認めた。自分の一撃を正面から受け止めて無事な存在など、数千年の歴史の中でも存在しない。守護者は精霊結晶の群生へと歩み寄ると、その一部を巨大な指先で器用に弾いた。
パキッ、と澄んだ音が響く。
エルダー・ガーディアンが振り返り、ヒカリの手のひらに輝きを落とした。それは、七色に明滅する『精霊結晶』の欠片だった。
「うおー、ありがとう!」
ヒカリは結晶を手にすると、丁寧に懐(体内空間)へと収めた。
(しっかし謎だよな。誰が何の目的でエルダー・ガーディアンなんて配置したんだろ。ゲームではよくあるけど、現実にされるとシュールだよね)
そんな独り言をこぼしながら、ヒカリは世界樹に立ち寄りアクアジット鉱石を回収した。翌朝、再びイグニスの街の北端にあるゴルグの工房を訪れた。
「ゴルグさーん、約束通り素材持ってきたよー!」
扉を叩くと、一瞬の間をおいて中からドタドタと荒々しい足音が近づき、勢いよく扉が開いた。
「……本当に来やがったか。どうせその辺の河原で拾った綺麗な石ころでも持ってきたんだろうが……ッ!?」
嫌味を言いかけたゴルグの言葉が、ヒカリの差し出した右手の輝きを見て凍りついた。
工房の熱気を一瞬で塗り替えるような、神聖なまでの透明度と魔力の波動。
「な……ななな、なん……だ、それは……!?」
ゴルグの目玉が飛び出しそうになるほど見開かれ担いでいた金槌が、その手から力なく床に落ちた。
「これ、精霊結晶。最高の素材って、これでいいかな?」
「せ……精霊結晶だと!? バカな、そんなもんこの世に存在するはずがねー……! 待て、見せろ! 俺に見せろッ!!」
ゴルグは転びそうになりながらヒカリに駆け寄り、その欠片を奪い取るようにして凝視した。
「……本物なのか⋯⋯傷一つねぇ、純粋な精霊の祈りの塊……。おい、ガキ……いや、ザードと言ったか。お前、これにアクアジットを組み合わせるつもりか?」
「うん。それで杖を四本と、剣を一本。ゴルグさんならできるでしょ?」
ゴルグの手が、武者震いでガタガタと震え始めた。
「……ハッ、ハハハ! 面白ぇ! 面白ぇじゃねぇか! こんな素材、一生に一度拝めるかどうかだ。これを使って鈍らを作ったとあっちゃ、ドワーフの神に顔向けできねぇ!」
ゴルグの瞳に、職人としての猛烈な火が灯った。
「いいだろう! このゴルグの全霊をかけて、神話級を超える五本を打ってやる! 泣いて喜べ!!」
「おおー!ありがとう」
ヒカリが嬉しそうに声を弾ませると、ゴルグは精霊結晶から目を逸らさないまま、荒々しく鼻を鳴らした。
「じゃあ、出来上がったらお酒と蜂蜜と物々交換ね」
「おう、任せておけ! 最高の仕事の後に、最高の酒……! ぐふふ、腕が鳴るぜ!」
ゴルグの口調からは先ほどまでの刺々しさが消え、代わりに職人特有の、狂気にも似た高揚感が溢れ出していた。
「いつ頃、出来そうかな?」
「……流石にわしも分からん。これほどの素材だ、並の槌じゃあ傷一つ付かん。一打ち一打ち、魂を削って形にしていくしかねぇからな。明日かもしれんし、一年先かもしれん!」
「そっか、じゃあ定期的に見に来るね」
ヒカリがそう言った時には、もうゴルグの耳には届いていなかった。
彼は既に炉の火力を調整し、精霊結晶とアクアジット鉱石をどのように融合させるか、凄まじい集中力で思考の海に沈んでいた。
ヒカリは邪魔にならないよう、体内に保管していた大量のアクアジット鉱石を床に出し、昨日手に入れた精霊結晶をそっと作業台に置いた。
(本気になった職人さんって、やっぱりカッコいいな。どんな武器が出来上がるのか楽しみだ)
熱気と槌の音が支配する工房を、ヒカリは静かに後にした。
外に出ると、火の国のカラッとした熱風がヒカリの頬を撫でた。
「さてクラリスの武器も確保も出来たし帰るかな」
ヒカリは精霊の姿になるとクラリスの待つ学園へと戻って行った。




