第220話 酒と蜂蜜
ドルガンはヒカリをジッと見つめるがヒカリも見つめ返す。
沈黙が辺りを包んだ。
しばらくするとヒカリが口を開く。
「大切な人を守る為に、この世界で最強の武器が必要、ただそれだけだ」
澄んだ目でドルガンを見つめるヒカリにドルガンがスッと息を吸うと豪快な笑い声を上げる。
「ウハハハハ! 度胸だけはあるようだな、お主!」
ドルガン王の豪快な笑い声が謁見の間に響き渡る。王の威圧感に気圧されることなく、真っ直ぐに視線を返してきたヒカリの胆力が気に入ったようだ。
「王よ、よろしいのですか?」
側近のドワーフが不安げに声を上げるが、ドルガンは鷹揚に手を振った。
「構わん。紹介した所で、ゴルグを動かす事は出来んだろうからな。あやつは、王の命令であろうが、目の前に金塊を積まれようが、自分が『打ちたい』と思わねば決して槌を振るわん男だ」
ドルガンはそう言うと、再び玉座に深く腰掛けた。
「使者殿。場所を教えるのは構わん。だが、あやつに門前払いされたとしても、わしを恨むなよ? あやつに会って無事に戻ってきた奴は、ここ数年一人もおらんのだからな」
「ありがとうございます。門前払いされるかどうかは、行ってみてのお楽しみ、ということで」
ヒカリが余裕の笑みを浮かべると、ドルガンはニヤリと笑い、傍らに控える兵士に命じた。
「おい、あやつにゴルグの工房の地図を渡せ。街の最北端、溶岩の熱気が一番酷い場所にある、あの薄汚い掘っ立て小屋だ」
地図を受け取ったヒカリは、ドルガン王に一礼して謁見の間を後にした。
(さて、偏屈鍛冶師ゴルグか……ゲームでも名前しか出てこなかった隠しキャラみたいなもんだし、どう攻略しようかな)
ヒカリは城を出ると、渡された地図を広げた。ドワーフの街の中でも、特に一般人が立ち入らない危険な「高熱地帯」にその工房はあるらしい。
人化を解けば一瞬で移動できるが、今は「エルフの使者」としての体裁がある。ヒカリは街の北へと歩みを進めた。街を出ると人化解き一気に地図の場所へと向かった。
地図の場所に近づくにつれ、空気は重く、肌を焼くような熱気が立ち込めてくる。
やがて、火口に近い崖の麓に、煤で真っ黒に汚れた小さな石造りの小屋が見えてきた。
(あれか……。中から凄い音がしてるな)
ドォン! ドォン!
地響きのような、重く鋭い金属音が小屋の中から響いてくる。普通の鍛冶場とは明らかに違う、魔力すらも叩き込んでいるかのような異様な音だった。
ヒカリが小屋の前に立ち、人化してボロボロの扉をノックしようとしたその時。
「帰れ! 命が惜しければ今すぐな!」
扉越しに、鼓膜が震えるほどの怒号が飛んできた。
(おー、音がしてたから居るだろなと思ったけど、まじで居た)
(てか、まだノックもしてないのによく気付いたな)
ゲームではこの場所を何度訪ねても、扉を叩いても、中に誰か居るのかさえ分からないほど無反応な場所だったのだ。
ゴングの工房とは分からずイベントすら無いただの古びた建物。
さらにゲームで訪れるようになるのはニ年後、魔王討伐の旅の途中だからだ。
「あのー、ザードと言いますが武器作ってくれませんか?」
ヒカリが呼びかけるが、先ほどの怒号の後は、再び鉄を打つ音だけが響き、返答は一切無くなった。
(やっぱり一筋縄じゃいかないか。それなら……)
ヒカリは前世の知識と、この世界での経験から「ドワーフが抗えないもの」を思い浮かべる。
(うーん、ドワーフと言えばやっぱりこれかな)
ソラリスにアクアジット鉱石の運搬を頼まれた時に交換条件としてソラリスが渋々出してきた物
「はぁ……そっか。せっかく、エルフの里に伝わる『幻の酒』と、迷いの森の蜂から取れる『最高級の蜂蜜』を持ってきたのになぁ」
わざとらしく大きな溜め息をつき、独り言を装って続ける。
「そっか、そっか。興味がないならしょうがないな。重いし、別の誰かにあげて帰るかー」
ヒカリが背を向けようとした、その瞬間。
バァァァァァン!!
煤で汚れた重厚な石造りの扉が、勢い良く蹴破るようにして開いた。
「待てッ!! 今、なんと抜かした!!」
中から現れたのは、地面に届きそうなほど長く、赤黒い髭を蓄えた小柄で横幅のあるドワーフだった。眼光は鋭く、上半身は裸で、その肌は長年の鍛錬と熱気で赤銅色に焼けている。
彼こそが、伝説の偏屈鍛冶師、ゴルグであった。
「……エルフの幻の酒だと? 迷いの森の蜂蜜だと? 貴様、それがどれほどの価値か分かって言っているのか!?」
ゴルグは鼻をピクピクとさせ、ヒカリの持つ(体内から取り出そうとしている)気配を必死に嗅ぎ取ろうとしている。
「ええ、もちろん。リンドの国で直接分けてもらった本物ですよ。あ、もし忙しいなら邪魔しちゃ悪いんで、やっぱり帰りますね?」
ヒカリが意地悪くニヤリと笑うと、ゴルグは血相を変えてヒカリの腕を掴もうとした。
「待て! 待てと言っておるだろうが! ……チッ、入りやがれ! その代わり、もし嘘だったらただじゃおかねぇ。その細い首をへし折って溶鉱炉にぶち込んでやるからな!」
ヒカリは内心で(ちょろいな……)と思いながらも、エルフの青年の姿のまま、熱気に満ちた工房の中へと足を踏み入れた。




