第219話 禁忌の名とドルガンの疑念
ユーリアに安らかな眠りを授けたヒカリは、そのまま予定通りイグニスの王都アルファへと向かった。
アルファの入り口には、入国を待つ商人や旅人の長い列ができていた。ヒカリは人目のつかない木の陰でエルフの姿に人化すると、その列の最後尾に並んだ。
「次の人、こちらへ」
「お、俺だ、はいはい」
いよいよヒカリの番が回ってきた。
「身分証の提示をお願いします」
「え?無いよ……」
(しまった、身分証なんて持ってないぞ。いつもは精霊の姿で素通りだったからな)
「では、こちらに手を置いて下さい」
門番のドワーフは、魔力や犯罪歴を簡易的に測定する水晶のような丸い球体を指差した。
「あ、はい」
ヒカリが球体に手を触れるが、何の反応も示さなかった。
「……はい、問題無いです」
「ん?そうなの?」
「触るのは初めてなんですか?」
門番が不思議そうに尋ねる。通常、他国から来た者であれば、途中の町でこの検査を受けているはずだからだ。
「え、エルフの里を出るのは初めてなので……」
「あ、はぁ」
門番の目が鋭くなる。
門番は、リンドの国からこのアルファまで、一度も町に寄らず来る事はあり得ないと考えた。
一度町に寄って検査を受け問題無いと判断されれば身分証を買う事が出来る。
「すいませんが、こちらに来てください」
(だー、まじかー。怪しまれちゃったか)
門番に連れられて詰所にやって来たヒカリ。
詰所の中には屈強なドワーフの兵士たちが数人控えていた。
「どうした?」
「球体には反応無かったのですが、リンドの国から来たのに球体に初めて触ったと言われまして調査の為に連れてきました」
門番の言葉に、詰所の責任者らしきドワーフがじろりとヒカリを睨みつけた。
「何をしにここに来た。正直に話せ」
(うぁー、めっちゃ警戒されてる。人化してるとこういう時不便だな。どうすれば……あ、そうだ)
ヒカリは懐(体内の空間)から、ソラリスから預かったイグニス王宛の親書を取り出した。
「これ。リンドの国のソラリスから、ここの王様に届けるように頼まれた親書なんだけど、これを見れば信じてもらえるかな?」
「ソラリスだと……?」
リンドの賢者の名が出た瞬間、ドワーフたちの空気が一変した。責任者は慎重に親書の封蝋を確認すると、目を見開いた。
「……間違いねぇ。リンドの国章だ。おい、すぐに上へ報告しろ!」
詰所のドワーフの一人が、急いで報告に向かった。
(いやー、マジでよかった⋯⋯親書まで疑われたら終わってたな)
リンドの国の代表に対する態度では無かった詰所のドワーフたちに重苦しい空気が流れていた。
(く、空気が重い⋯⋯)
ヒカリは息苦しさに耐えられず詰所のドワーフたちと話をする事にした。
「聞きたい事があるんだけどいいかな?」
ヒカリの言葉に詰所のドワーフたちはピクリと身体を震わせた。
「な、なんなりと聞いてください」
(ビクつき度半端ねー)
ヒカリは申し訳なさそうに質問する。
「イグニスで一番の鍛冶師って誰?」
「あー、えーと⋯⋯ゴルグと言う者です」
「お、おいゴルグは⋯⋯」
「しょうがねーだろ腕は国一番なんだから嘘はつけねーだろ」
「そ、それは、そうだが⋯⋯」
(お、やっぱり偏屈ゴルグだ)
ゲームでは名前以外姿を見せることは無かった。
腕はいいがあまりの偏屈ぶりに誰も寄り付かず一人で工房を構えている。
ゲームでは、扉は閉ざされ会うことすら出来無い。
「その人紹介してくれないかな?」
「え?」
詰所のドワーフたちが一斉に驚き顔を見合わせた。
「俺は無理だぞ」
「俺も姿は見たことがあるくらいだな」
「俺はケンカしてる所を見たぐらいだぞ」
(まじかー、ゲームでは出てこないからな)
「その人を紹介出来る人って誰も居ないってこと?」
ヒカリがさらに質問するとドワーフの一人が口を開く。
「いや、一人だけ居るな⋯⋯王のドルガン様ならもしくは⋯⋯」
「王様なら知ってるんだね。ちょうどいいや、これから会うだろうし聞いてみるね」
ヒカリが事もなげに言うと、詰所のドワーフたちは再び「ひぇっ……」と身を縮めた。
(うぉ、また空気が重苦しくなったよ⋯⋯)
重苦しい空気の中、先ほど報告に向かったドワーフが入ってきた。
「お待たせいたしました! 案内役が参りましたので、どうぞこちらへ!」
先ほどの門番が、数人の近衛兵を伴って戻ってきた。ヒカリは詰所のドワーフたちに軽く手を振ると馬車へと乗り込んだ。
アルファの街並みは、ドワーフの技術が結集した石造りの堅牢な建物が並び、至る所で鍛冶の槌音が響いている。その中心に鎮座する王城へ入ると、ヒカリはすぐに謁見の間へと通された。
そこには、筋骨隆々とした体躯に、見事な赤髭を蓄えた男が座っていた。彼こそがイグニスの王、ドルガンである。
「リンドよりの使者よ、よくぞ参った。わしがイグニスの王、ドルガンだ。リンドの国からの親書、確かに受け取ったぞ」
ドルガン王は親書を読み終えると、ニヤリと豪快に笑った。
「話は聞いていたが……まさか、これほど大量のアクアジット鉱石を、若造一人が運んでくるとはな。して、物はどこにある? 輸送隊が後から来るのか?」
ヒカリはエルフの青年の姿のまま、一歩前に出た。
「いえ、ここにあります。……あ、少し場所を空けてもらえますか? 全部出すとそれなりの量になるので」
「……ん? ここにあるだと?」
ドルガンが怪訝な顔をする中、ヒカリは謁見の間の広々としたスペースへ歩み寄ると、体内の魔力に干渉し、取り込んでいた鉱石を一気に「再構築」し始めた。
キィィィィィィィン!
眩い青い光が部屋を満たし、次の瞬間。
何もない床の上に、アクアジット鉱石が、ドォォォォォン! と轟音を立てて出現した。
「なっ……!?」
「バ、バカな! 空間魔法だと!? これほどの質量を……!」
ドルガン王も、周囲の家臣たちも、あまりの光景に椅子から転げ落ちんばかりに驚愕した。
「これで全部です。リンドの国からの預かりもの、確かにお届けしました」
ヒカリが平然と言うと、ドルガン王は震える足で玉座を降り、鉱石に駆け寄った。
「本物だ……しかも、どれも純度が高い。これほどの量を一度に拝めるとはな」
「あとこちらが設計図になります」
ヒカリはクラウの設計図を近くに居た兵士に渡した。
ヒカリに設計図を渡された兵士はドルガンに歩み寄り手渡した。
ドルガンは設計図を見つめる。
「うむ、かなり精密な設計図じゃな」
「製造には、一ヶ月はかかるな」
「オドルよ、後は任せる」
工房の代表として来ていたオドルに設計図を渡した。
「親書を書くから少し待っておれ」
そう言うとドルガンと宰相のドウイは、一旦謁見の間を後にした。
しばらくするとドルガンとドウイは、戻って来た。
宰相のドウイがヒカリの前に立つと親書を手渡した。
「こちらをリンドの国のエルミナ女王にお渡しください」
「確かに受け取りました」
これで一通り終わったヒカリはドルガンに話しかける。
「ドルガン王、一つお願いがあるんですけど」
「お願いだと? 」
謁見の間の空気が張り詰める。
リンドの国の使者とはいえ気軽に話しかけてよい相手では無い。
だがヒカリはまっすぐにドルガンを見つめて言った。
「鍛冶師のゴルグさんに会わせてもらえませんか?」
その名が出た瞬間、ドルガン王の顔が、驚きからこれ以上ないほどの険しい顔へと変わった。
「ゴルグに会ってどうする?」
ドルガン王の声は低く、地を這うような威圧感を伴っていた。
謁見の間にいた家臣たちが一斉に息を呑み、場は静まり返る。リンドの国からの使者とはいえ、王に対してこの質問を投げることがどれほど「危うい」ことか、周囲のドワーフたちの表情が物語っていた。
ドルガンは鋭い眼光でヒカリを射抜き、問いを重ねる。
「あやつは我が国における最高の腕利きだが、同時に最大の問題児だ。現在は隠居の身であり、王族の命ですら聞き入れぬ偏屈者。何故、お主のような若者がその名を知っている? そして、リンドの使者が何故あやつを欲する?」
(うわ、やっぱり相当ヤバい扱いなんだな……)
ヒカリはドワーフたちの過剰な反応に少し気圧されそうになったが、クラリスの武器の為には、ここで引き下がるわけにはいかない。




