第217話 静寂の回廊
ヒカリはアクアジット鉱石をすべて体内に吸収すると、ソラリスからクラウ卿の設計図と、イグニス王へ宛てた親書を預かった。
「今日は、もう遅いしイグニスには明日行くね」
日も傾きかけているのを見て、ヒカリが明日出発することを告げると、ソラリスは深く頷いた。
「うむ、分かった」
「じゃあ俺は帰るね」
「それじゃまたねー」
「またね、ヒカリ」
ララが手を振るとヒカリは人化を解き、再び実体のない精霊の姿へと戻って空へ舞い上がった。
突如として目の前の青年が消えたことに、ノイエルは「なっ、消えた!?」と驚愕の声を上げて周囲を見渡していたが、ソラリスとララは精霊としての彼が見えているため、特に驚くこともなく悠然と見守っていた。
空を飛びながら、ヒカリは今日一日の出来事を振り返る。
(ふぅ……今日は濃かったな。ソフィアを助け出したと思ったら『血の武闘会』の予知に気づいて、その上アクアジット鉱石の運び屋まで引き受けちゃったし)
ガルド王国の武闘会まで残り二ヶ月。
(まずは二ヶ月の間に魔力上げだな)
夕日に染まる空を抜け、ヒカリはようやく学園の寮が見えるところまで戻ってきた。今夜はいよいよ次の階層へ行く。
(カインって戦闘アンテナでも付いてるのかってくらい敏感だからな変に勘ぐられないようにしないと……)
ヒカリは苦笑いしながら、クラリスたちの部屋の窓へと滑り込んだ。
その夜、クラリスたちが寝静まった頃。寮の一室から抜け出したヒカリたちは、学園の地下ダンジョンへと足を踏み入れた。
「ヒカリ、ちゃんと取ってきたか?」
ラインが確認する。
「バッチリだよ」
ヒカリは懐(体内の空間)から、嘆きの塔で手に入れた「嘆きの涙」を取り出した。冷たく、しかし確かな魔力を宿した青い宝石が闇の中で淡く光る。
全員が揃ったのを確認し、一行は転送装置を使って一気に三十階層へと移動した。
かつて探索を阻んだ、奇妙な凹みのある壁の前に立つ。ヒカリは迷わず、その中心に「嘆きの涙」をはめ込んだ。
カチリ、という軽い音。
直後、宝石から青白い魔力が奔流となって溢れ出し、幾何学模様を描きながら壁一面を走った。古の回路が目覚めたかのような光景に、精霊たちが息を呑む。
スゥ……と音もなく壁が透け、奥へと続く下り階段が姿を現した。
「お!成功じゃ」
フロストが満足げに声を上げる。
「うむ、腕が鳴るな。この先の連中は、上層の雑魚とは格が違うんだよな」
カインが腕を組みながら、好戦的な笑みを浮かべた。
「多分ね、とりあえず行こう」
(三十階層で敵のレベルが三十だったけど三十一階層になるとレベルが四十一に跳ね上がるんだよな)
(問題は何処で手こずり出すかだな)
ゲームでは、一階層下る毎に敵のレベルが、一上がる使用になっている。今の精霊たちのレベルを測るのに丁度良いとヒカリは思っていた。
ヒカリを先頭に、精霊たちは三十一階層への第一歩を踏み出した。
三十一階層:静寂の回廊
階段を降りきった先は、それまでの岩肌が剥き出しの洞窟とは一変していた。壁面は磨き上げられた黒い石材で覆われ、天井には淡く光る魔導石が埋め込まれている。
「……空気が違うわね。周囲に漂う魔力が濃くなった感じね」
ルーファが周囲を警戒しながら呟く。
「来たぞ!さっそくお出ましだ!」
カインが身構える。暗闇から現れたのは、全身が黒銀の鎧に包まれた「リビングアーマー」しかし、ただの鎧ではない。その隙間からは、ドロリとした紫色の瘴気が溢れ出している。
「どれ、お手並み拝見といくか」
ファイアランス!
カインの放った鋭い炎の槍がリビングアーマーの胸板に突き刺さる。しかし、リビングアーマーはひるむことなく、大剣を振りかざしてカインへと襲いかかってきた。
「ほう、耐えたか。ならこれでどうだ!」
ファイアウォール!
カインが指を鳴らすと、リビングアーマーの足元から巨大な火柱が吹き上がった。凄まじい熱量に包まれた黒銀の鎧は、赤く焼けたかと思うと、一瞬にして灰となって崩れ落ちた。
「ヒカリよ、弱くないか?」
カインが拍子抜けしたように肩をすくめる。
「敵が弱いってよりも、今はカインの方が強いってだけだよ」
ヒカリの言葉に、カインは満足げに鼻を鳴らす。
「ただ、下に行けば行くほど敵は強くなるから、いずれは苦戦すると思う」
「ほう、ならそこまで一気に行くぞ!」
カインはさらにやる気を出し、次々と現れるリビングアーマーを火砕流のごとき魔法でなぎ倒していく。
「それでも、一撃で倒せなくなってるから注意してね」
「分かったのじゃ」
「が、頑張る……!」
フロストとエルも後に続く。
カインたちが敵を倒し、ドロップした魔石を効率よく体内に取り込みながら、一行は下の階層へ降りる階段を探して突き進んだ。
ヒカリは周囲に気を配り、フォローを入れつつ、最後尾から付いて行く。そんな中、ヒカリはふとした疑問にぶち当たった。
(あれ、俺って闇属性の敵以外への攻撃手段、無くね……?)
これまでの敵は、嘆きの塔のアンデット系の敵や瘴気を纏った魔物など、ヒカリの得意とする「浄化」や「光属性」がクリティカルに刺さる相手ばかりだった。
(やべー、武闘会どうやって戦えばいいんだろ……)
武闘会で戦うのは獣人族、つまり「生身の人間(種族)」だ。
ヒカリに攻撃が通ることはまず無いが、ヒカリの放つ光の攻撃が、闇属性を持たない相手にどこまで有効打になるのかという問題がある。
まともに当たれば眩しいだけで終わるかもしれないし、かといって『シャインプリズン』を使えば、相手を光の檻に閉じ込めて一歩も動けなくし、無力化することはできる。
(でも、全試合『シャインプリズン』で棒立ちにさせて勝つのって、演出的にどうなんだ……? ブーイングの嵐になるのは明白だよな)
「ザード」として颯爽と登場し、ユーリアを救った英雄として期待されている手前、あまりに地味すぎる(あるいは卑怯に見える)勝ち方は獣人族は、許さないだろう。
(派手な殴り合いとかがウケるんだろな)
(物理的に殴る手段……いやー無理だな絶対にダメージは出ないよな、光を固めて剣にするとか、そういう『物理的な光』の使い道、もっと研究しないとダメかもな)
ヒカリが一人で深刻な表情を浮かべていると、前方で足を止めたカインが振り返った。
「おい、ヒカリ。何をボサッとしている。階段を見つけたぞ!」
「あ、ああ、今行くよ!」
悩みは尽きないが、今はまずダンジョン攻略だ。ヒカリは頭を振り、階段の先にある三十二階層へと意識を向けた。




