第215話 嘆きの塔のイベント
嘆きの塔の扉が開く。騒然としていた獣人族は息を呑み、嘆きの塔の入り口を見つめた。辺りには静寂が訪れる。
嘆きの塔の入り口から、ガルド王国の王女ソフィアが出て来た。
その後ろをカルマたち護衛騎士が続くが、ユーリアの姿が確認出来ないため、集まった獣人族の間に戸惑いが広がる。
痺れを切らした国王カイゼルがソフィアの方へと歩みを進めると、ソフィアとカルマたちは、まるで舞台の幕引きのように両サイドへと分かれた。
そして、嘆きの塔の入り口から、闇を打ち破った光を纏っているかのような青年——ユーリアを抱えたザード(ヒカリ)が姿を見せる。
それを見たカイゼルは、すぐにザードの元へと急いだ。
「ユーリア様なのか?」
カイゼルはユーリアを間近で見たことが無かった。何回か部屋の突破を試みたが、闇の瘴気により途中で断念していた。後ろ姿のみ脳裏に焼き付ける日々が続いていたのだ。
ザードは、王の問いに落ち着いた声で答える。
「ああ、そうだ」
ザードの腕の中にいるユーリアは、穏やかな表情で眠っていた。その顔から闇の気配は微塵も感じられず、集まった全ての獣人族が、預言の成就を確信する瞬間だった。
(よし、今だ!)
ヒカリは、この神聖な瞬間に、ユーリアを救った英雄としての印象を決定づけるべく、勇気を振り絞って自己紹介を試みた。
「わ、我が名はザード。ゆ、ユーリア様を、や、闇より助けし者た!」
(だー!まじかー!)
ヒカリは、頭の中で頭を抱えた。
ヒカリは、演技が下手だった。
緊張でセリフ回しは、棒読みも甚だしく、自信に満ちた外見とは裏腹に、声は震えていた。
しかし、その場にいる獣人族の誰も、その拙い言葉遣いを気にする者はいなかった。彼らの目には、ユーリアを抱き、光を纏うザードの姿こそが、まさに預言を成就させた救世主として映っていたからだ。
国王カイゼルは、ザードの言葉が途切れ途切れであったにもかかわらず、深い感動とともに頭を下げた。
「ザード殿、改めて感謝する。ガルド王国は、そなたの功績を決して忘れない!」
ソフィアは、ザードの演技のひどさに一瞬たじろいだものの、すぐに顔を赤くして、彼の勇気ある行動を称賛した。
「うぉーーーん」
カイゼルが雄叫びを上げると、一斉に獣人族が雄叫びを上げた。
(うぉ!びっくりした)
興奮状態が収まってくると、カイゼルがザードを見る。
「すまないが、ユーリア様をこちらに渡してくれ」
「ああ」
ヒカリはユーリアをカイゼルに手渡した。
(ん?カイゼルの指輪の魔力が減っているな)
カイゼルの指輪の魔力が減っている事に気付いたヒカリは、カイゼルに質問する。
「一ついいか?」
「なんだ?」
「何故、指輪の魔力が減っている?」
「何故分かる!?」
(そら、俺が魔力補充したからね)
「見れば分かる」
「違う!何故指輪の魔力が減ったのが分かるのかを聞いている!」
「数カ月前に突如指輪の魔力が戻ったのを何故知っているのだ!」
カイゼルはザード(ヒカリ)と会うのは初めてのはずなのに、その場に居たかのような発言に警戒した。
(あ……あの時、精霊の姿だったからカイゼルからは見えなかったんだ。さらにこの姿だと初めましてになるな)
ヒカリの失言に、カイゼルは警戒を強めた。
(いやーどうしようかな……お!そうだ)
ヒカリは何かを閃くと呟いた。
「こういう事だ」
ヒカリはカイゼルの指輪に触れると、魔力を指輪に多く流し込んだ。金色の光がカイゼルを包み込むと、大歓声が上がった。
「そうか、あの時の金色の魔力はザード、お前だったのか……」
カイゼルは、警戒を解いた。
「質問に戻るぞ」
「何故指輪の魔力が減っている?」
ヒカリは闇夜の鴉の攻撃により指輪の魔力が減っているのかを確認したいだけだった。
「ユーリア様に会いに行った影響だろう」
「指輪の魔力が戻ったのを確認したわしは、ユーリア様の居る部屋に何回か訪ねた」
「瘴気で部屋の中へは入れなかったがな」
(その時に瘴気に当てられた影響で、指輪の浄化が発動して魔力が減ったのか)
「その指輪の意味を知っているな?」
「ああ……」
(もう部屋に行くことも無いだろうし問題無いかな)
「それと似た指輪をユーリアにはめている」
(性能は段違いだけどね)
「その指輪をはめている限り、ユーリアが闇落ちする事は無いだろう」
「おおー!そうか、何から何まで助かる」
「そこで一つ頼みたいことがあるんだが」
「ユーリア様の恩人だ、何でも言ってくれ」
カイゼルはユーリアを抱きしめながら、ザードに向き直った。
「二ヶ月後に開かれる武闘会に出たいのだが俺は冒険者では無い」
「そんな事でいいのか、いいだろう」
カイゼルが民衆の方へと振り返ると宣言する。
「ユーリア様は戻られた!」
うぉーーー!
大歓声が響く
「ユーリア様を闇より解放したザードに二カ月後に開かれる武闘会の出場権を送る。異議のあるものは前に出よ」
カイゼルの言葉に誰一人として前に出るものは居なかった。
「うむ、ザードよ、武闘会の出場権利をガルド王国の王として承認する」
「感謝する」
ザードがお礼を言うとカイゼルは笑った。
「ガハハハ、そんな事でいいのならお安い御用だ」
(よし!武闘会出場権利も取れたし世界樹に行くかな)
「それじゃあ俺はこれで失礼する」
ザードは宙に浮くとこのまま飛び去って行った。
「我らも戻るぞ、ユーリア様の部屋の準備を急がせよ」
カイゼルたちも王都ガオンへと戻って行った。
ソフィアはヒカリが飛び去った方角をずっと眺めているとトントンと肩を叩かれた。振り返ると冒険者ギルドの職員が立っていた。
「金色の牙(ソフィアのパーティー名)のB級への昇級試験の事で聞きたい事が有ります」
ソフィアは昇級試験の事をすっかり忘れていた。
「あ、はい、嘆きの雫を取ってきました」
カルマが嘆きの涙を取り出し、職員に渡した。
「いえ、聞きたいのはそれではありません」
職員の言葉にソフィアは首を傾げる。
「では、何を聞きたいのでしょうか?」
ソフィアが尋ねると、職員はザード(ヒカリ)の事を聞き出した。
「先ほどのザードという方は、金色の牙のパーティーメンバーでは無いですよね」
「はい、違います」
「どの様な経緯でご同行されたんですか?」
ソフィアは興奮気味に経緯を説明する。
「攻略中に突如現れ塔を浄化した上にユーリア様を救い出した方です!」
「はぁ……」
職員は溜め息をついた。
「では、金色の牙に昇級試験結果を言います」
「金色の牙の昇級試験を失格とし、向こう一年間の昇級試験の資格を剥奪します」
ソフィアは驚いた表情を浮かべ、職員に詰め寄る。
「な、何故ですか!?」
「納得いきません!」
「理由を聞かせてください!」
職員は、冷静にそして淡々と答える。
「B級の昇級試験条項に他者の手を借りてはならないと有ります」
「それは昇級試験前に説明しましたよね」
「今回、パーティーメンバー以外の方の力を借りたことを確認しましたので、失格となります」
ソフィアはハッとして崩れ落ちる様に座りこんだ。
「そんなー、じゃあ私は武闘会の参加資格を取れないってこと……」
「ヒカリさんと一緒に優勝することも出来ないの……」
「規則は規則です」
「では、私も職務がありますので戻ります」
ギルド職員が去り、ソフィアと護衛のメンバーだけが取り残された。
「何でこうなるのよー」
ソフィアは泣き崩れる。
ソフィア以外のメンバー(カルマたち護衛騎士)は皆B級冒険者のライセンスを持っている。ソフィアだけが、武闘会出場資格の「B級」を取得する事が出来なかった。




