第212話 隠し部屋の深奥
塔の中を進むと如何にもボス部屋と言わんばかりの豪華な扉が視界に入った。
「お!ここかな」
「お邪魔します」
豪華な扉をすり抜けると、部屋の中央に光る物が落ちている。
「あれが嘆きの雫か。ボスは浄化されてるね」
ヒカリは嘆きの雫を無視して、さらに奥の通路へと進んだ。通路は行き止まりになっている。
「お、ゲーム通りだな」
ヒカリは行き止まりの壁に手を当て、魔法を唱えた。
「解除」
ヒカリの魔法で壁が消え、奥へと続く通路が現れ、さらに進むと、次の扉が視界に入る。
「この先だな。ボスが浄化されています様に」
ヒカリは祈る気持ちで扉をすり抜ける。
ヒカリが祈ったのには理由があった。隠し部屋のボスは、闇落ちした少女の設定だからだ。長きに渡り闇落ちしていた少女には、ヒロインであるミリアの浄化魔法も効かず、倒して浄化するしかなかった。
「倒して浄化だもんな⋯⋯」
「さらに少女の最後の一言が『ありがとう。これでやっと死ねます』ってセリフが流れるんだよね」
「イベントの最後には、『少女の瞳から一粒の涙(嘆きの涙)が零れ、少女は静かに目を閉じた』ってナレーションが流れてアイテムをゲットするけどさ」
「ゲームではいいけど、リアルでは流石に耐えれないな」
ヒカリは、自分が直接少女を浄化することになるのを避けたいと強く願っていた。
部屋に入ったヒカリは、頭を抱えて仰け反る。
ヒカリの視界に、長い髪の獣人族の少女の姿を捉えたからだ。
「だー、まじかー、勘弁してくれ……」
少女はヒカリの言葉に反応し、振り向いた。
「あら、精霊さん私を殺しに来たの?」
その問いに、ヒカリはパニックになりながら少女へ浄化を連発する。
「ごめんなさい、浄化、浄化、浄化!」
ゲームで次に言われる少女の言葉を、ヒカリは思い出す。
(私に浄化は通用しないわって言われるんだよな……クソ……)
だが、ヒカリの知識とは違う言葉が少女から発せられた。
「貴方だったのね、ありがとう」
「え?」
少女は微笑みながらヒカリを見ている。次の瞬間、崩れるようにその場に倒れ込んだ。
「えー、ちょ、だ、大丈夫?」
ヒカリは慌てて少女の側へと移動した。
少女はニコリと微笑みながら、話し始めた。
「貴方のその……光。ずっと、ずっと……私を縛っていた闇を溶かしてくれました……」
少女の瞳から、一筋の光の涙が零れた。
「ありがとう……これで、やっと……死ねます」
少女は静かに目を閉じ、その身体は光の粒子となって消滅し始める。
「死んじゃダメだよ」
ヒカリは、少女と自分を照らし合わせた。少女は闇に苦しめられ、前世の自分は病魔に苦しめられこの世を去った。ヒカリは、少女が消えゆく姿に、前世でどうすることもできなかった自分の死を重ねた。
「ねー、死なないで、お願いだよ」
ゲームでは何回か嘆きの塔に行ったが、この少女が永遠にリポップ(再出現)することは無かった。一度浄化されれば、彼女の存在は完全に消滅するのだ。
イベントの為だけに用意された命、だがこの少女の苦しみは耐え難いものだっただろう。
ヒカリは、悲痛な叫び声を上げた。
「クソ!どうすればいいんだよ!」
その時、ヒカリの脳裏に、この世界に存在しないはずの言葉が浮かび、ヒカリは無意識のまま詠唱を開始した。
「安らぎの風よ、迷い子の魂を抱きしめ、光の糸よ切れし命をそっと紡ぎ直せ。
——命を繋ぐ、あなたの居るべき場所へ。」
『命繋』
光の粒子となって消滅しかけていた少女の身体が、その詠唱と共に一瞬で停止した。ヒカリの身体から放たれた虹色にも見える強烈な光が、少女の全身を優しく包み込み、消滅しかけていた粒子を逆再生させるように集め、再び少女の形を成した。
少女は息を吹き返し、薄っすらと目を開けた。
「あれ……わたし……」
彼女の瞳から闇の色は消え、透き通った瞳がヒカリを見つめていた。
「よかったー」
ヒカリは泣きそうな顔で少女を見つめ蘇生が成功したことに心底安堵していた。
しかし、しばらくすると、闇の下級精霊たちが少女の周りに集まってきた。
「えー?なんで?」
ヒカリが困惑している間も、どんどんと闇精霊が増えてくる、すると闇の魔力に少女が苦しみだした。
「やばい!どうしよう、どうしよう!」
ヒカリはパニックになり、少女に光の結界魔法を施せば闇精霊から守れる事に気付かず、何か無いかと自身の体内を探る、すると何故か体内から指輪が出てきた。
「指輪なんていつ拾ったんだろ……」
「取りあえずこれでいいや、浄化と光の結界と解呪と解毒と後は、後は回復だ!」
ヒカリは、手当たり次第に指輪に光の付与を施した。
付与が終わるとすぐに、少女の指に指輪をはめた。すると、少女の身体が金色の光に包まれ、闇精霊たちは何故か何事も無かったかのように、何処かに去って行った。
「ふー、助かった……なんだったんだろ」
闇精霊の誘引が収まり、少女は静かに眠りについている。
「助けたはいいけど、どうしようこの子」
ヒカリは、蘇生させたものの、この少女をどこに連れて行くべきか、途方に暮れた。
「ここに置いていくわけにもいかないしな」
「どうやって連れて行こう」
ヒカリは獣人の少女を運ぶ方法で悩んだ。そして、当初の目的を忘れていた。
「あ、そうだ人化すればいいのか」
「久々だな」
少しワクワクする。
「イメージしてと……人化!」
ヒカリは子供の姿になった時より魔力がかなり上がっていることに気づく。
「おー!かなり背が伸びた!」
ヒカリは、青年の姿に人化できるまで魔力が上昇したことを実感する。
「すげー、これで運べる」
ヒカリは少女をそっと抱き上げる。
「初お姫様抱っこだ」
コトン!
少女を抱き上げると、何かが落ちる音がした。
「なんだろう?」
ヒカリが確認すると、そこには嘆きの涙が転がっていた。
「うぉ、忘れてた。あぶな」
嘆きの涙を回収し部屋を後にする。
通路を進み、本来のボス部屋まで来たヒカリと、ちょうど部屋に到達したソフィアのパーティーと鉢合わせしてしまう。
ソフィアのパーティーリーダーはヒカリを見るなり、すぐに戦闘態勢に入った。
「お前は誰だ?!ソフィア様、後ろへ!」
(ん?なんかおかしくね)
ヒカリが疑問に思った事が二つ。
一つは、初めての昇級試験にも拘わらず、ヒカリを見てボスではないと判断したこと。
もう一つは、ソフィアに様付けをした事だ。ソフィアが普通の冒険者ではないことを示唆していた。




