第209話 胃薬飲むか
精霊たちは日中は主と共に行動し、夜は学園ダンジョンの攻略を進めていた。
ヒカリは日中は世界樹へ向かい、結界の確認や、雷蔵、レインに新たに結界を張り直し、夕方にクラリスの元に戻り、夜は精霊たちとダンジョンに潜っている。
ナダルニアの調査団のクラウは、装置の設計図を渡しにソラリスの元を訪れていた。
「これで頼む」
クラウが差し出した設計図は、細部にまで拘った等身大の、モニカ像だった。像は天に手をかざし、指先から魔力を結界に放出するという構図である。
ソラリスは唖然とし、ララは目を輝かせている。
「クラウ様、王都の結界維持用にナタリー様の像の設計図も書いて頂けませんか?」
ララがキラキラとした目で提案した。
「え?嫌だけど」
クラウのあっさりとした言い方に、護衛騎士は頭を抱えた。
(モニカ嬢以外は眼中に無いのは分かるけど、言い方考えて!)
ララはニコリと笑う。
「では、こちらもこの設計図はお返しします」
「な!この素晴らしいモニカ様の何処に不満があるのだ!」
クラウは激昂した。
(モニカって言っちゃってるよこの人……やっぱモニカ嬢か!)
(少女像って報告予定だったのに……)
クラウの護衛騎士は嘆いた。この設計図を宰相にどう報告すればいいのかと。
(何をやっておるのだ、こ奴らは……)
ソラリスは、ララとクラウの奇妙な駆け引きに、内心で呆れながらも介入した。
「もうよい、ナタリー嬢の銅像の設計図を描いてくれ。それがお主の描いた設計図を採用する条件じゃ」
ソラリスはクラウに厳命した。
「嫌とは言わせんぞ」
「ぐ……分かった……」
クラウは、モニカ像の設計図を採用させるため、不本意ながら条件を呑んだ。
「適当に描いても採用せんからの」
ソラリスは、クラウが手を抜かないよう、念を押して釘を刺した。ナタリーの像も王都の結界維持の要となるため、真面目に描かせる必要があった。
クラウの護衛騎士は、心の中で深くため息をついた。今度はナタリー嬢の像の詳細なスケッチを延々と見せつけられることになるだろうと覚悟を決めた。その日の夕刻、宰相レオンの元に、クラウの護衛騎士から定時連絡が来た。
クラウの護衛騎士は、通信石越しに硬い声で、現状を淡々と報告した。
「リンドの国に聖女ナタリーの像とモニカ嬢の像が設置される事になりましたので、許可を頂きたく報告致します」
「世界樹の結界維持装置としてモニカ嬢の像、そしてリンドの国の結界維持装置として聖女の像を、クラウ卿が設計図を作成しました」
報告を聞いた宰相レオンは、書類を持った手がピタリと止まった。
「は?え?」
レオンは理解が追いつかず、間の抜けた声を出した。
(待て、世界樹の装置は極秘かつ厳重な設備のはずだ。なぜそれがモニカ嬢の像になっている? )
「ソラリス様とララ様も合意しております。つきましては、設置の許可を――」
「待て!待て待て待て!いったいどんな像なんだ!?」
レオンは思わず椅子から立ち上がった。彼の頭の中では、厳粛な魔力供給装置が、突如として二人の女性の等身大の像に置き換わるという、国家間に関わる重大な事態と、クラウの個人的趣味が混ざった悪夢のような光景が展開されていた。
「先ほども言いましたが、聖女ナタリーとモニカ嬢を模した魔力供給の像です」
護衛騎士からの報告は淡々としていた。
「それは分かっとる!何故そうなった!」
レオンは、返信石を通じて、護衛騎士に怒鳴った。
「世界樹に設置される装置を、モニカ嬢を模した像としてクラウ卿が設計し、リンドの国に提出しました」
「その際、リンドの国の王都の結界の維持のために、結界を張った英雄、聖女の像を設置したいと申し出がありました」
「当初は、クラウ卿も難色(モニカ嬢以外に興味は無く)を示していましたが、相手方よりモニカ嬢の像の設置を条件に、泣く泣く合意しました」
「何故モニカ像なのだ!」
宰相は、像の必要性ではなく、なぜモニカでなければならなかったのかを問い詰めようとした。
「クラウ卿ですから……」
護衛騎士のその一言で、レオンは全ての疑問を解消し、全てを理解した。
(ああ、そうか……クラウ卿だからか!)
レオンは深く溜息をついた。ナダルニアの天才技術者、クラウ卿の常軌を逸したモニカ嬢への執着を考えれば、国家間で合意した結界維持装置が、美しい少女の銅像になるという一見馬鹿げた事態も、「クラウ卿の仕業」という一言で全て説明がついてしまうのだった。
「もうよい。設置は陛下から承認を貰う。ただし、像の細部については、絶対に秘密裏に作業を進めさせろ……」
レオンは、クラウが描いたであろう設計図の詳細(特にスリーサイズの部分)が世間に漏れることだけは避けたいと願いながら、許可の印を押した。
報告書を胃を抑えながら作成し終えた宰相レオンは、速やかに陛下への報告と像設置の許可を取りに向かった。
陛下の執務室へと着いたレオンは、警備の兵に声をかける。
「緊急性が高い為、速やかに陛下への謁見を……」
宰相が胃の辺りを抑え、顔色も優れないことを悟った兵士は、陛下の元へと急いだ。
コンコンとノックし、中へと入って行った。
「失礼します」
「陛下、宰相様が、緊急の報告で参られております」
「うむ、分かった。通せ」
「は!」
護衛兵士は扉へと向かい、扉を開け宰相に話しかける。
「陛下がお会いになるそうです。お入りください」
レオンが近づくと、陛下は少し心配そうな面持ちで尋ねた。
「どうした、レオン。まだ時間ではないだろう」
「緊急の報告がありまして……これが報告書になります」
レオンは、例のモニカ像とナタリー像の設置に関する、苦渋の報告書を執務室の机の上に置いた。報告書には、クラウ卿の設計図採用の経緯と、それが持つ結界維持の重要性が、なんとか真面目な文体でまとめられていた。
報告書に目を通した国王クライムは、深く溜息をつき、頭を抱えた。
「何故だ!何故こうも次から次へと問題が起こる!」
クライムの怒りは、クラウの行動だけでなく、自身の政治的な苦労に向けられていた。
「やっとの思いで公爵家にヴォルグとナタリーの婚約を取り付けたというのに、次はナタリーとモニカの銅像だと!」
ナダルニア国の王として、国内の政治バランスや名声維持に気を遣っている最中に、このような異例の報告が上がってくることにクライムは疲弊していた。
「何とかならんのか!」
レオンは胃を抑えながら首を横に振った。
「無理です。聖女ナタリーとモニカ嬢の銅像の許可を出さない場合、クラウ卿は任務を放棄しかねません……」
レオンは、クラウという天才技術者の暴走を止めるには、もはやその「愛」を受け入れるしかないという絶望的な結論を、冷静に陛下に伝えた。クライムは、その言葉が持つ重みを理解し、さらに深く唸ることになった。
「許可は出すが、納得はせん!」
国王クライムは、最終的に世界樹の安全を優先し、クラウの要求を呑むことを決めた。
「クラウにしか出来んことをクラウにやらすと、モニカ嬢に繋がる……何とかならんのか!」
クライムは、天才の才能が個人的な執着によって動かされている現状に、頭を抱えるしかなかった。
レオンは、国王の問いに対し、疲れ切った顔で一言。
「無理です」
そしてレオンは、再び胃を抑えた。
クライムは、心身ともに疲弊している宰相を見て、同情の目を向けた。
「レオン、胃薬飲むか?」
その言葉に、レオンは少しだけ救われたような表情を浮かべた。
後日、ナタリーとモニカを模した像の正式な許可書が、ナダルニア調査団に送られた。これにより、クラウの設計した結界維持装置の建設が、正式に決定した。




