第21話 クラリス、王城の舞踏会へ
「クラリス、準備はできたか?」
父の厳格な声が部屋の中に響いた。
「はい、お父様」
クラリスは優雅に一礼し、長いドレスの裾を整えた。
今日は、王城で開かれる舞踏会の日だ。今年10歳を迎える貴族の子女たちを祝うための大きな社交の場。
「……本当に行かなきゃいけないの?」
ヒカリがクラリスの肩の上で小さく光りながら呟いた。
「当然よ、ヒカリ。私も公爵令嬢として、きちんと社交の場に出なければならないわ」
「だけど、こういう場って気を張るんだろ? クラリス、無理してないか?」
「……少しだけ」
クラリスは苦笑した。
「でも、大丈夫よ。お父様もお母様も一緒ですし、何よりカインとヒカリも居るもの」
「おう、当然だ」
火の精霊・カインがどこからともなく現れ、腕を組む。
「俺がついてる限り、下手なことは起こさせねえよ」
「お、俺も!」
「ありがとう。カイン、ヒカリ」
クラリスは微笑んだ。
***
王城の大広間は、煌びやかな装飾で彩られ、豪華なシャンデリアが眩い光を放っていた。
すでに多くの貴族たちが集まり、それぞれの子息、令嬢たちと談笑している。
「クラリス、公爵家の令嬢として、堂々と振る舞うのだぞ」
父が厳しく言う。
「はい、お父様」
クラリスは背筋を伸ばし、ゆっくりと会場へ足を踏み入れた。
「うわぁ……すげぇな」
ヒカリが驚きの声を上げる。
「これが貴族の世界か……」
「ふん、こんなのただの見せびらかしみたいなもんだろ」
カインはつまらなそうに言うが、どこか警戒しているようにも見えた。
***
「おや、公爵令嬢のクラリス嬢ではありませんか」
優雅な声が響く。
クラリスが振り向くと、そこには金髪の美少年――王子、レオンが立っていた。
「レオン王子……!」
「久しぶりですね。あなたも今年、10歳の誕生日を迎えられたと聞きました」
「はい。レオン王子もおめでとうございます」
クラリスは優雅に一礼する。
「ありがとうございます。今日は、ぜひ一緒に踊っていただきたいのですが……」
「えっ……」
突然の誘いにクラリスは驚いた。
「どうしました?」
「い、いえ……その、踊りはまだ完璧とは言えませんので……」
「大丈夫ですよ。私もまだ練習中ですし、何よりクラリス嬢と踊れることが嬉しいのです」
レオンが微笑む。
(……これが、将来婚約する相手)
クラリスは一瞬、複雑な気持ちになったが、やがて静かに頷いた。
「では、よろしくお願いいたします」
***
舞踏会の中央に立つと、音楽が流れ始めた。
レオンが手を差し出し、クラリスはそっとその手を取る。
ゆっくりとステップを踏みながら、二人は舞踏会の中心で舞い始めた。
「……うまいですね、クラリス嬢」
「そ、そんなことはありません……」
(うまく踊れているかしら……)
クラリスは少し不安になったが、レオンが優しくリードしてくれるおかげで、なんとかついていくことができた。
「クラリス嬢はとても優雅ですね。将来が楽しみです」
「……っ」
その言葉に、クラリスはわずかに胸を痛める。
(私は……本当に、この人と婚約するの?)
レオン王子は優しい。でも、婚約の話を聞いたときのあの不安な気持ちは、まだ消えていなかった。
***
舞踏会が終わり、クラリスは少し疲れた様子でバルコニーへと出た。
「……ふぅ」
「お疲れさん」
カインが寄ってくる。
「初めての舞踏会で、王子と踊るなんて大変だったな」
「……ええ。でも、レオン王子は優しかったわ」
「だからこそ、悩んでんだろ?」
カインの言葉に、クラリスは驚いたように顔を上げた。
「……カイン、わかるの?」
「お前のことぐらいわかるさ」
カインはそっぽを向きながら言う。
「クラリス、お前は何がしたいんだ?」
「……私は」
答えを探そうとするが、うまく言葉にならない。
そんなクラリスの肩に、そっとヒカリが乗った。
「クラリス、俺たちがついてるからな」
「……ありがとう、ヒカリ」
クラリスは小さく微笑み、夜空を見上げた。
(私は……どうすればいいのかしら)
舞踏会は終わったが、クラリスの心の中には、まだ答えの出ない疑問が残っていた――。