第207話 レインの中の雷の残滓
視界阻害と隠密の訓練が始まった。
「ちなみに、二つとも使えないと意味無いからね」
ヒカリは念を押す。
「分かってるっす!」
レインは集中するが、魔力操作がうまくいかず、唸り声を上げる。
「むぉー、だー、クソー!」
「レインって全然ダメだね」
プニがレインを煽ると、レインはムキになってプニに文句を言う。
「すげー難しいんだぞ! じゃあ、お前もやってみろよ!」
「お前じゃないもん! プニだもん!」
プニはムッとして反論する。
「はいはい、プニさん、やってみてはどうですか?」
ヒカリが笑いながらプニに促すと、プニはほっぺを膨らませてレインの煽りに乗っかった。
「むー、そんなん簡単だもん」
『シャインカモフラージュ』
プニはそう言うと、次の瞬間、その姿が淡い光の粒となって拡散した。完全に姿は消えたが、ヒカリとレインには、プニがどこにいるのかが魔力で明確に分かった。
次にプニは、魔力の波をピタリと止め存在感を完全に消した。
「え、どこだ!?」
レインは周囲を探すが、プニの魔力も気配も感じ取れなかった。
「もういいよ、プニ」
ヒカリが言うと、プニはヒカリの頭の上にポンと現れた。
「どうだった!簡単だったでしょ!」
レインは悔しそうに唸った。
「くっそー、チートだろ!」
「プニは光精霊だから、背景に溶け込むのは得意なんだよ。さて、レインも頑張れ」
プニの実演を見たレインは、火が付いたように再び修行に集中し始めた。
「うぉー、こんちきしょう!」
レインは悔しさと焦りから、さらに魔力を暴走させる。
「威勢だけじゃどうしょうも無いよ」
ヒカリは冷静に指摘する。
(チートってレイン言ってたよな……)
この世界に「チート」という言葉は存在しない、ヒカリはレインがなぜその言葉を知っているのか疑問に思った。
「逆に心を落ち着かせ無いとダメだよ」
ヒカリの言葉に、ヒカリの前世の言葉で返すレイン。
「心頭滅却すれば火もまた涼しってことか」
ヒカリは目を見開いた。その言葉もまた、異世界由来のはずだ。
「レイン、何処でその言葉覚えたの?」
「秘密だぜ!」
何故か勝ち誇った顔をするレインと、困惑するヒカリ。ヒカリはレインの過去について、また一つ謎が増えたことに頭を悩ませた。
しかし、レインはヒカリの言葉と、その異世界の格言をヒントに、すぐに実行に移した。
「精神統一」
レインがそう呟いた瞬間、荒れ狂っていた魔力の波がピタリと収まった。魔力の波が消え、その気配が消えた。
「!?」
ヒカリとプニは驚き、レインが完全に隠密を習得したことに気づいた。
「うそ……もうできたの?」ヒカリが思わず声を漏らした。
「俺様にかかればこんなもんだぜ」
レインは得意げに胸を張った。「隠密」の成功により、自信を取り戻したようだ。
「次は、視界阻害っすね」
「う、うん」
ヒカリは、レインの異常な習得スピードと、異世界由来の言葉の謎に困惑しつつも、修行を続行した。
「何をイメージすればいいっすかね」
ここでヒカリは、レインが持つ「秘密」を探るために、前世の知識に関連する言葉を交えながら問いかける。
「イメージか……風景に溶け込むカメレオンとか、忍者とか、あとは逆に姿を隠さないで擬人化するとかかな」
ヒカリは、この中にレインの知っている言葉があるか試した。
レインはカメレオンと擬人化には反応しなかったが、「忍者」という言葉に僅かに目を見開いたように見えた。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
「忍者……その言葉は知らねぇっすね。景色に溶け込む方がシンプルで良さそうだぜ!」
レインはそう言って、再び闇の魔力を体に纏わせ始めた。ヒカリはレインが「忍者」を知っていることを確信しつつも、今は修行に集中させることにした。
レインはヒカリの助言に従い、「風景に溶け込むカメレオン」をイメージして闇の魔力を操作し始めた。
「闇の膜を極限まで薄くして、周囲の光を乱すんすね……」
闇属性があるレインにとって、光を完全に遮断するのは容易いが、微妙に光を吸収・屈折させて背景に溶け込ませるという繊細な作業は難しかった。
最初は身体のあちこちがモヤモヤと歪むだけで、すぐに魔力の制御が乱れて元に戻ってしまう。
「くそー、あと一歩なのに!」
「レイン、力みすぎだよ。もっと優しく、周りの光に合わせるイメージ」
プニがヒカリの頭の上からアドバイスを送る。
その時、レインの身体を覆う闇の膜がピタリと安定した。
レインの姿が、森の木々の影や光の中に曖昧に揺らめくように見え始めた。完全に消えたわけではないが、意識して見なければそこにいるとは気づけないレベルに達していた。
「できた!これだぜ!」
「うん、上手だよレイン!これで『視認阻害』もクリアだね」
ヒカリは満足そうに頷いた。
「隠密と視認阻害、二つを同時に使えるようになったら、もう捕まる事は無いだろうね」
「当たり前だぜ!この闇のレイン様に不可能はねぇ!」
「それじゃあ行って来るぜ!」
レインが飛び立とうとした瞬間、光の牢獄がレインを捕らえる。
『シャインプリズン』
「何するんすか!?もう課題はほぼ完璧じゃないっすか!」
レインは怒りに声を荒らげた。
「まだ終わってないよ!」
ヒカリは冷静に言い放った。
「視界阻害と隠密はでしょ。でも、今のレインだと攻撃する瞬間に気づかれて捕まるよ!」
ヒカリの言葉に、レインはハッとした。
「攻撃する時は、どうしても魔力が大きく動く。その一瞬で、隠密の効果が破られる。レインを狙っている奴らは、その一瞬を見逃さないくらい訓練されているよ」
「最後の課題は、『視界阻害と隠密の状態を維持したまま、最大火力の攻撃を放つ技術』これができないと、復讐どころかまた捕まって消滅しかけるよ」
レインは悔しそうに光の牢獄の壁を叩いた。
「くそっ、そんなの反則だろ……!どうすればいいんすか、兄貴!」
「安心して最強の講師にお願いしてみるから」
ヒカリは心の中で雷蔵に呼びかける。
(雷蔵くん、ちょっといいかな?)
(ヒカリ殿、何でござるか?)
(鍛えてもらいたい精霊が居るんだけどいいかな?)
少し間が空いてから、雷蔵の返信が返ってきた。
(良いでござるよ)
(少し間があったことに、何か事情があるのかな。強い敵と交戦中だったのなら邪魔しちゃったかな)
ヒカリは特に雷蔵に確認する事なくレインに向き直った。
「その講師って誰なんすか?」レインは光の牢獄の中で尋ねた。
「刀の腕がピカイチな雷精霊の雷蔵くんだよ」
レインは驚きの声を上げた。
「え?精霊が武器を使うんすか?」
「そだよ」
しばらくすると雷鳴と共に、雷蔵が静かに世界樹の根元に降り立った。その手には、以前と同じくサクヤの忘れ形見の刀が握られている。
「ヒカリ殿、鍛錬するのはこの精霊でござるか?」
雷蔵は光の牢獄の中のレインを見て言った。
「そうだよ、雷蔵くん。レインが、攻撃する瞬間に視界阻害と隠密が切れちゃうからそれを克服するために、視界阻害と隠密を維持したまま最大威力の攻撃を放つ技術を教えてやってほしいんだ」
雷蔵は静かに頷き、刀の柄に手をかけた。
「承知したでござる。己の存在と魔力の流れを、刃筋と同じく繊細に制御する。それが出来れば、自ずと道は開かれるでござる」
雷蔵はレインに向かって言い放った。
「何言ってるか分からないっす」
レインは雷蔵の言っている事が理解出来なかった。
ちなみにヒカリも理解出来ていない。
(達人の言葉は理解出来ないな)
「よろしくね雷蔵くん」
ヒカリはレインに光の結界を施しさらに雷蔵にも光の結界をかけ直す。
「かたじけないでござる」
雷蔵は静かに礼を述べた。
「それじゃあ、よろしくね」
「心得たでござる」
「じゃあレイン、雷蔵くんに付いて行って」
「分かったぜ!」
ヒカリはレインの光の牢獄を解除した。
「付いてくるでござる」
「任せろ!」
レインと雷蔵は、鍛錬の場である死の森へと消えて行った。
「プニ、ありがとね。ナタリーの所に戻っていいよ」
「はーい、またねお兄ちゃん」
プニは手を振ると、光の速さで町へと飛んで行った。
「ふぅー、やっと落ち着けたな」
ヒカリは大きく息を吐いた。
(しかし、レインの言葉が気になるな)
ヒカリの頭の中には、「チート」「心頭滅却すれば火もまた涼し」といった、この世界には存在しないはずの言葉を口にしたレインの姿が引っかかっていた。レインの過去には、自分が知らない異世界的な何かが関わっている可能性が高まった。
(もしかして、レインも俺と同じ、転生者か……?)
死の森へと辿り着いたレインと雷蔵は、しばらくの沈黙後に言葉を交わした。
「サクヤ殿、久しぶりでござる」
雷蔵の言葉に、レインは訝しげに反応した。
「ん? 俺はレインだぜ」
「あなたの中の雷の気配が、サクヤと全く同じでござる」
雷蔵は静かに、しかし確信をもって言った。
レインは顔を引きつらせた。
「はぁ、そうか。よく分かったでござるな」
レインの言葉遣いが、一瞬にして雷蔵と同じ古風なものに変わった。その口調と、纏う雷の気配。
「忘れることはないでござる」
雷蔵は深く頭を下げた。雷蔵が感じていたのは、レインの中にある、雷精霊サクヤの魂の残滓、あるいは意識だった。
レインの身体を借りて、雷精霊サクヤが一時的に意識を表に出したのだ。
「だが、今はレインでござるよ」
レインは、自らに宿るサクヤの意思を抑えるように、再びいつもの砕けた口調に戻りかけたが、雷蔵の真摯な視線を受け止め、古風な言葉遣いを維持した。
雷蔵は、目の前の精霊がサクヤの意思を宿していることに疑いを挟まなかった。
「雷蔵、強くなったでござるな」
雷蔵は首を振って答えた。
「あの頃のサクヤ殿に比べれば、まだまだでござる」
「今の俺は、弱くなったでござるがな」
レイン(サクヤ)は自嘲気味に言った。雷精霊としての強大な力を失い、今はレインの中に宿る、わずかな残滓である事実を自覚していた。
「そのようなことはございませぬ。サクヤ殿の意思は、この刀と共に、心の中に生きているでござる」
雷蔵は手に持つ刀を静かに掲げた。
「さて、ヒカリ殿からの頼み、果たさねばならぬでござる」
雷蔵は、すぐに本題に戻ることを促した。サクヤの意思も、ヒカリの目的を理解していた。
「うむ。今のレインの弱点、克服せねば、奴はまたすぐに闇夜の鴉に利用されてしまうでござる」
雷蔵は深く頷いた。二人の精霊の間には、言葉以上に強い絆と理解が流れていた。
レインの中のもう一つの精霊サクヤは、闇夜の鴉の実験の影響で生まれた。
闇精霊のレインの中に違う精霊の核を定着させることに成功させた闇夜の鴉たちは、さらに光以外の全ての属性の核の定着に成功する。その中の一つ、雷精霊の核にサクヤの残滓が存在し、実験によりサクヤという意思が覚醒した。
本来、低級精霊は意思を持たないが、雷精霊の中のサクヤの残滓だけは意思を持つ、極めて稀なケースであった。だが、残滓が覚醒することはなく、表に出ることはない。
サクヤの意思がレインに干渉していることにより、ヒカリが疑問に感じた異世界の言葉(「チート」「心頭滅却すれば火もまた涼し」「忍者」)が、レインから発せられていたのだった。
「では、雷蔵よ。儂のことは、ヒカリ殿にはしばらく内密にしておいて欲しいでござる」
レイン(サクヤ)は雷蔵に頼んだ。
「ヒカリ殿は純粋すぎる。儂のような存在を知れば、闇夜の鴉の真の恐ろしさに気づき、無闇に危険を冒すことになりかねぬ」
雷蔵は静かに目を閉じ、そして開いた。
「承知したでござる、サクヤ殿の意思、しかと守るでござる」
雷蔵は、レインの中に宿るサクヤの意思を守るため、そしてヒカリを護るために、口を閉ざすことを誓った。
「では、修行を始めるでござるぞ」
「うむ。今のレインの力を最大限に引き出す術を、儂も教えるでござる」
雷蔵は刀を鞘から抜き、静かに構えた。
(レイン、分かったでござるか?)
レイン(サクヤの意識は引っ込んだ状態)は、いつもの口調で返した。
「お手柔らかに頼むぜ」
「では、やるでござる」
雷蔵が静かに言い放った瞬間、凄まじい雷の魔力が死の森に満ちた。これは、ヒカリの「シャインプリズン」とは全く違う、純粋な力と速度のプレッシャーだった。
レインのための苛酷な鍛錬が始まる。
雷蔵の姿がブレ、雷鳴が遅れて届くほどの速度でレインに迫る。雷蔵は刀を振るわず、刀の柄と体術だけで、レインの魔力を誘導し、あえて攻撃の瞬間に魔力を漏出させるよう仕向けた。
「ぐっ!」
レインは「隠密」を維持しようと懸命になるが、雷蔵の動きに対応しようと魔力を動かすたびに、その存在が露呈する。
「隙だらけでござる!」
雷蔵の柄がレインの側腹を掠める。
「うおっ、速ぇ!」
レインは絶叫した。
(まじかー!オレ大丈夫なのか……)
ヒカリから教わった「隠密」と「視認阻害」の技術は、雷蔵の究極の制御技術の前では、基礎に過ぎなかった。レインの意識の奥底では、サクヤの残滓が静かにその鍛錬を見守っていた。




