第205話 ヒカリの懸念
次の日、ソラリスたちは世界樹の森へと向かう。
アクアジット鉱石で出来た装置の回収の為に、王都の兵士が借り出された。
世界樹に行けると聞いた兵士たちは興奮した。世界樹に行くには結界を操作する必要があり、特定の人以外は行くことを許されていないからだ。
だが、全員が行けるわけではなく行きたい者の中からさらに選定された15人で構成された特別編成隊となった。
王都兵団の団長、ノイエルは兵士たちに声をかけた。
「世界樹に行けるからといって羽目を外すと大事になるから心得よ」
「は!」
「では、準備にとりかかれ」
兵士たちは出発準備にとりかかった。
荷台付きの馬車を二台準備し、その中に前もって準備していた物を載せていく。
兵士の間からは、世界樹へ行けることへの喜びの声が聞こえてくる。その言葉に、ノイエルは不安を感じていた。
そこへ、ソラリスたちとララがやって来た。
「ノイエル団長よ準備は整ったか?」
ソラリスがノイエルに尋ねた。
「はい、ソラリス様。いつでも出発できます」
ノイエルは不安を押し隠し、毅然とした態度で答えた。
「うむ、では出発する前に一言言っておくかのう」
ソラリスの言葉を聞き、ノイエルはすぐに兵士全員を集めた。
「全員集まれ!」
兵士たちはノイエルの元へと集まった。
「全員揃いました」
ノイエルが報告すると、ソラリスは兵士たちの浮かれ気分を見透かしたように語り始めた。
「これより世界樹に行くんじゃが、世界樹に行くには迷いの森を通らなければならん」
ソラリスは厳しい口調で続けた。
「決められた手順で行くんじゃが、道から外れると迷いの森に呑み込まれる」
「浮かれているようじゃが、迷いの森に呑み込まれたら死ぬぞ」
ソラリスの冷徹な忠告に、兵士たちの顔から一瞬にして浮かれ気分が消え、緊張が走る。世界樹へと続く迷いの森の事は幼い時から言い聞かされていた。その言葉を思い出す兵士たち
ノイエルも身が引き締まる思いで、ソラリスに頭を下げた。
「ありがとうございます、ソラリス様。心得ました」
「うむ。では出発するぞ」
ソラリスの先導で、王都兵士たちと馬車は、静かに世界樹の森へと向かって出発した。
ソラリスの言葉が効いたのか、馬車列は何事もなく世界樹の森へと到着した。
幻想的な森の美しさに、初めて見る兵士たちの心は奪われ、一時的に緊張が緩んだ。
世界樹の森に入ってしまえば、迷いの森のような危険はないため、ソラリスはしばらく兵士たちが森の雰囲気に慣れるのを待った。
「ふむ、もういいじゃろ」
「ノイエルそろそろ移動するぞ」
ソラリスの言葉にハッとしたノイエルは我に返り、兵士に指示を出した。
「移動する。気を引き締めよ」
兵士たちも我に返り、すぐに隊列を整えた。
「ムムよ、案内を頼むぞ」
「ムム、分かった」
ムムを先頭に、アクアジット鉱石でできた装置の回収の為、一行は目的地へと移動した。
三十分ほど移動すると一つ目の装置が見えて来た。
「ノイエルよあれじゃ」
ノイエルはソラリスの指差す方を確認すると淡い水色の物体を視界に捉えた。
一つ目の装置に到着したノイエルは、速やかに荷馬車に載せる準備を始めた。
まずは荷馬車を装置の近くまで持っていき、次に地魔法で装置の下の土を盛り上げ、荷台の高さにする。最後に装置に蔓で出来たロープを掛けて荷台に引っ張り入れる。
それを二回繰り返し、装置を二台の荷台に運び入れると、盛り上げた土を元に戻して作業は終了した。
「ソラリス様、積み込み完了しました」
ノイエルが積み込み作業が終わった事をソラリスに報告した。
「うむ、それじゃあ次の場所に行くかのう」
「は!移動するぞ」
ノイエルは兵士たちに声をかけ、ムムの案内に従って次の装置がある場所へと向かった。
次の装置の場所は、一つ目の装置とは正反対に位置しているため、一行は世界樹の根元付近を通ることになった。
根元には、ヒカリと、まだ眠りについている闇精霊レインが居た。
ヒカリはレインの横でぷかぷかと浮遊しながら、ゲームと現実の違いを再認識し、考え込んでいた。
(これから先の展開が読めないな)
「闇夜の鴉」の思惑をことごとく潰していくヒカリは、次のシナリオが分からなくなっている。
(世界樹の危機は、かなり後で起こるシナリオなんだよな。それを序盤で潰しちゃったから、闇夜の鴉がどう動くか全く読めないな)
(まずは、ひたすらレベル上げだな……でもこの世界にレベルっていう概念が無いんだよな。ステータス有れば楽なのに……)
ヒカリは、精霊たちの強さは上がっていると感じていたが、具体的な数値として確認できないことに焦りを感じていた。
(二週目と考えると、魔王の強さは学園ダンジョンの地下60層くらいだな)
ゲームの記憶を頼りに、現状の精霊たちの戦闘能力を推測する。
(ただ、本当に二週目なのかな……それ以上だったら終わるな)
世界樹の危機が前倒しになったように、魔王軍の強さもゲームの設定から逸脱している可能性を考えると、不安が募る。
(うーん……くそ! 全くわかんねー!)
ヒカリは小さく頭を掻きむしった。ゲームの知識が通用しない世界で、彼は新たな危機に備え、警戒を強めていた。
彼の周りでは穏やかな光が揺れているが、彼の心の中は、先の読めない展開と情報不足による焦燥感で渦巻いていた。
その時、ヒカリは近づいてくる人々の気配を察知した。装置回収隊が、世界樹の根元に近づいてきたのだ。
「ん? 考えごとしてたから気づかなかった」
しばらくすると、ムムを先頭にソラリスとララたちが見えてきた。
ヒカリはムムの方へと飛んで行く。
「ムム、おはよう」
ムムは右手をシュッと上げて答えた。
「ララもおはよう」
ララはクスリと笑った。
「ヒカリ、こんにちは。もう昼前ですよ」
「うぉ、まじか!」
ヒカリは時間に気づかず驚いた。
「お主はそこで何をやっておるんじゃ」
ソラリスがヒカリに尋ねた。
「ちょっと考えごと」
ヒカリはそう答え、レインがいる方をさりげなく隠すように体の向きを変えた。
「ソラリスたちは装置の回収?」
「うむ、一つ目を回収したから、もう一つ回収するところじゃ」
ソラリスは馬車を指さした。
「そうか、ご苦労様」
ヒカリはねぎらいの言葉をかけた。ノイエル団長と兵士たちは、ヒカリのことが見えていない為に困惑していた。ララやソラリスが兵士たちには、見えない何かと親しげに話している光景に、緊張しながらも圧倒されていた。
「それじゃあそろそろ行くかのう」
ソラリスはヒカリに声をかけた。
「お主は付いてこんのか?」
「俺はいいや」
ヒカリは手を振って断った。
「うむ、ではまたのう」
「ヒカリ、またね」
「ソラリス、ララ、ムムまたね」
ムムは右手をスッと上げて、二つ目の装置のある場所へと歩き出した。
二つ目の装置に着くと、一つ目と同様に作業を進める。
先ほどのララとソラリスの会話が気になっていたノイエルは、意を決してソラリスに質問する。
「ソラリス様、先ほどどなたとお話になっていたのですか?」
「ん?ああ、お主らには見えなんだか、光精霊と話をしておったんじゃ」
「え? 精霊とですか?」
ノイエルは驚愕した。
「そんなに珍しいことじゃないじゃろ、ララとムムも話をしておるじゃろ」
「ララ様とムム様は契約してるので特に珍しくは無いのですが、その光精霊とは契約してませんよね?」
ノイエルは、精霊と契約無しに会話をするララとソラリスの姿に違和感を覚えた。
「確かにそうじゃな。変わった光精霊ってことじゃ」
ソラリスはそれ以上深く語ることはせず、回収作業に集中するよう促した。ノイエルは、ソラリスの言葉に納得はできなかったが、それ以上は聞けなかった。




