第20話 クラリスの魔法訓練
クラリスが火の精霊・カインと契約したことを知ると、公爵である彼女の父はすぐに動いた。
「クラリス、お前に魔法の正式な訓練を受けさせることにした」
父の厳格な声が響く。
「……魔法の訓練?」
「そうだ。精霊と契約したからには、魔法の基礎から学び、きちんと力を制御できるようにならなければならん」
クラリスは少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。
「わかりました。よろしくお願いいたします、お父様」
こうして、公爵家には新しく魔法講師が雇われることになった。
***
「初めまして、お嬢様。私はイザーク・フォードと申します」
講師としてやってきたのは、銀髪に眼鏡をかけた細身の男性だった。
「これから魔法の基礎をしっかりと教えていきますので、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします、先生」
クラリスは礼儀正しく挨拶をする。
ヒカリとカインは少し離れた場所からそれを見ていた。
「……ヒカリ、俺たちは黙って見てればいいのか?」
カインが少しつまらなさそうに言う。
「まぁな。クラリスの実力を知るためにも、まずは様子見だ」
「ふん……」
カインは腕を組みながらクラリスを見つめた。
***
「では、まず魔法とは何かという基本から説明しましょう」
イザーク先生がクラリスに向かって語りかける。
「魔法は、魔力を使い、属性ごとに異なる力を発現させる技術です」
「はい」
「お嬢様は火の属性を持っています。火の魔法の基本は"制御"です。炎は生き物のようなもの。勢いよく燃やすこともできれば、小さな灯火のように抑えることもできます」
クラリスは真剣に聞いていた。
「では、実際に魔法を使ってみましょう。お嬢様の魔力を手のひらに集め、炎を生み出してください」
クラリスはゆっくりと目を閉じ、手を前に出した。
(……炎を、生み出す)
契約したばかりのカインを意識しながら、魔力を手に集める。
「――っ!」
ぽっと、手のひらに小さな火が灯った。
「おお……!」
「素晴らしい、お嬢様! 初めてにしては上出来です」
イザーク先生が感心したように微笑む。
「……すごいじゃねえか、クラリス」
カインが満足そうに頷いた。
「だが、まだまだこれからだぞ」
クラリスは炎をじっと見つめた。
「これが、私の魔法……」
(まだ少し、不安定な気がする)
そんなクラリスの気持ちを察したのか、イザーク先生が言った。
「お嬢様、火の魔法は感情の影響を受けやすいです。特に、怒りや焦りが強くなると、炎も暴走しやすくなります」
「……気をつけます」
「では次に、炎を消す練習をしましょう。生み出すだけではなく、制御できるようにならなければなりません」
クラリスはこくりと頷く。
「火よ、静まれ――」
そう念じると、炎がゆっくりと消えていった。
「……できた!」
「とても素晴らしいです、お嬢様」
イザーク先生は満足そうに頷く。
「次は、もう少し大きな炎を作る練習をしてみましょう」
クラリスは再び集中し、魔力を手に集めた。
(もっと、大きな炎を……!)
ふっと火が大きくなった。
しかし――
「……っ!」
炎が少し暴れ、クラリスの指先をかすめた。
「お嬢様!」
イザーク先生が驚いたように叫ぶ。
「クラリス!」
ヒカリとカインもすぐに駆け寄った。
「……大丈夫です」
クラリスはすぐに火を消し、手を見つめる。
軽いやけどだったが、痛みは感じた。
「お嬢様、無理をしてはいけません」
「はい……すみません」
クラリスはしょんぼりとした顔をする。
「おい、クラリス」
カインが真剣な表情で言った。
「炎はな、扱いを間違えると自分も傷つける。だからこそ、慎重にならなきゃならねえ」
「……わかっています」
「わかってねえよ。お前、さっき焦ってたじゃねえか」
「……!」
クラリスは言葉を詰まらせた。
カインはため息をつき、クラリスの手にそっと触れた。
「……まぁ、最初から完璧にできるわけねえよ。少しずつ慣れていけ」
クラリスはカインの言葉に少しだけ微笑んだ。
「……ありがとう、カイン」
「ふん」
***
その日の訓練はそこで終わった。
クラリスは部屋に戻り、そっと手を開いてみる。
(まだまだ、私は未熟だ……)
炎を扱うことは難しい。だが、少しずつでも成長していきたい。
「クラリス、焦らずにな」
ヒカリが優しく言う。
「お前はもう火の精霊と契約してるんだ。その時点で十分すごいんだからさ」
「……ありがとう、ヒカリ」
クラリスは少しだけ微笑んだ。
(私は、もっと強くなる)
クラリスの決意が、胸の奥で燃え上がった――。




