第190話 魔導師ソラリス
ララとクラウたちは、女王エルミナが待つ部屋へと向かった。王都にナダルニア王国のような壮麗な謁見の間は存在しない。さらに、部屋の前には見張りの兵士すら立っていなかった。
謁見をするための部屋に着くと、ララは扉をノックした。
「ララです。ナダルニアの方をお連れしました」
その言葉に反応するかのように、部屋の扉に魔法陣が現れた。カチャンと音が鳴り、魔法陣が消える。それは扉が開く合図だった。
「ほう、結界魔法か」
一行の中で、ひときわ興味を示したのはクラウだった。彼は扉に施された魔法陣を食い入るように見つめている。
(あの結界魔法をモニカ様の装備に使えたら……)
クラウの思考は、すでにモニカの次の装備にこの結界魔法を応用できないかという探求へと移っていた。
ララが部屋へ入ると、続いてクラウたちも部屋の中へと足を踏み入れた。部屋の中では、女王のエルミナと、一人の魔導師が静かに座っていた。
ララはクラウたちをエルミナの前まで誘導すると、すっと身を引いてエルミナの横に立った。
「私が、リンドの国の女王、エルミナです」
エルミナが名乗ると、クラウも続けて名乗った。
「私はクラウ・フォン・ベルナール。本日はリンドの国の女王様に謁見でき、大変嬉しく思います。クラウとお呼びください」
「クラウ殿、世界樹の調査依頼に来ていただき、感謝する」
エルミナは静かにそう告げると、隣に座る魔導師に視線を向けた。
「今後のことは、隣の魔導師ソラリスが説明します」
魔導師のソラリスが、立ち上がることなく口を開いた。
「魔導師のソラリスじゃ。明日から世界樹にある瘴気生成装置の調査に向かってもらう。瘴気生成装置には、光精霊によって光の結界で瘴気を抑えている。その調査をしてもらいたい。瘴気生成装置は全部で二台ある」
「今も瘴気を生成しておるが光の結界で浄化されとるから外部には漏れておらん」
ソラリスは簡潔に、しかし明確に、クラウたちの任務を伝えた。
ソラリスの説明に疑問を抱いたクラウは確認した。
「瘴気生成装置から今も瘴気が出ているのなら、どうやって調査するのですか?」
「うむ、その件に関しては、そこにいる光精霊が何とかするじゃろう」
ソラリスはナタリーの隣を指差した。
(え?おれ?てか、このエルフも俺が見えてるのか……)
ヒカリは、いきなりの名指しに動揺していた。
クラウと護衛騎士のアベルは、ソラリスが指差した方向を見るが、ヒカリの姿は見えない。
「分かりました。ヒカリ様に確認します」
ナタリーは頷いてそう答えると、ヒカリに視線を向けた。
「そうじゃ、言い忘れておった」
ソラリスは、さらに話を続けた。
「クラウ殿には、新たに我々が世界樹全域に結界を展開するにあたって、結界増幅装置を作ってもらうことになっておる」
クラウの顔は険しくなったが、その内心では喜んでいた。新しい未知の技術に触れられる機会は、彼にとって何よりの喜びだった。だが、全ては、モニカの為である。
「ちなみに、王命じゃそうじゃ」
ソラリスはにやりとしながらクラウを見た。
「私は結界の構造や魔法陣を知りません。そこから教わることになりますが、よろしいでしょうか?」
クラウが尋ねると、ソラリスは鷹揚に頷いた。
「まあ、よかろう。だが、まずは瘴気生成装置の調査が先じゃがな」
「世界樹へは、明日の早朝に出発して夕刻には戻る予定じゃ、だから野営の準備は要らぬ、食事に関しては毎回こっちで用意するから問題ない」
神聖な世界樹の森で野営は出来ない事を伝えた。
「心得ました。明日のため、準備がありますので、私どもはこれで失礼します」
クラウはそう言って、ナタリーと騎士と共に部屋を後にした。
クラウたちは一夜の休息をとった翌日、朝早くに叩き起こされた。
魔導師のソラリスが、調査団が眠る家へとやってくると、地面に魔法陣を展開した。その魔法陣から、ソラリスの声が増幅されて響き渡る。
「いつまで寝てるんじゃ!行くぞ!」
ソラリスの大声に、全員が一瞬身構える。
部屋から出てきた調査団の面々は、まだ眠気が覚めないうつろな目でソラリスを見つめた。
早朝に世界樹へと出発し、夕方には戻るためには、時間が限られている。調査団が支度を済ませると、ソラリスを先頭に世界樹へと出発した。
リンドの国からは、ララとソラリスに加え、さらに二名の魔道士が帯同する。彼らは、調査団を世界樹の奥深くへと導く、重要な役割を担っていた。
「我々から外れるなよ」
ソラリスは、ナダルニアの調査団に忠告した。
リンドの国に広がる森は、強力な結界が張り巡らされており、冒険者の間では「迷いの森」とも呼ばれている。特に、世界樹へと向かう森は、案内人がいなければ辿り着くのは不可能に近い。
今回、魔導師ソラリスが同行するにあたって、女王エルミナは「なぜ世界樹の森に敵が侵入できたのか」を調査するように命じていた。
ソラリスは、調査団を率いながら、その原因を探るべく、森の結界を注意深く観察していた。
ソラリスは要所要所で立ち止まり、結界を操作しながら世界樹へと向かう。道があるようで実はなかったり、無いようである、かと思えば突然道が消えたりする、人を惑わす結界だ。ソラリスはそれを慎重に確認しつつ、歩を進めていた。
その行為を注意深く見ていたのはクラウだった。
(幻覚の結界が張られているのか。この結界の魔法陣をモニカ様の装備に組み込めば、敵が来た時に姿をくらませられるかもしれない……だが、姿が見えなくても、嗅覚が優れた魔物や体温を感知できる魔物には意味をなさないか……)
クラウはぶつぶつと呟きながら、次のモニカの装備を構想していた。その横で、護衛騎士は呆れたようにため息をつく。
(また始まったよ……)
護衛騎士は、クラウの終わりのない研究熱心な思考に慣れきっていた。




