第174話 確認と対策
舞踏会の翌日、学園はいつも以上のざわめきに包まれていた。昨夜の襲撃事件と、それに続く聖女ミリアの活躍が、貴族たちの間で噂の的となっていたのだ。食堂でも廊下でも、生徒たちが興奮気味にその話題で持ちきりだった。
「ミリア様が、本当に呪いを解いたらしいぞ!」
「ああ、聖女の力が覚醒したんだ!これで王国も安泰だな」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
しかし、その賛辞の裏には、どこか不自然な熱狂が感じられた。
「何か異常だね」
ファナが周りの生徒を見て呟いた。
彼女の表情は、まだどこか戸惑いを残しているようだった。
「ファナもあんな感じだったけどね」
ヒカリは笑いながら答えた。ファナはムッとした顔でヒカリを睨む。
そんな中でも、ミリアを批判する声も聞こえてきた。
「所詮、男爵の養女のくせに」
「平民の成り上がりでしょ」
ミリアを批判している令嬢たちは、ゲームではクラリスの取り巻きだった面々だ。自分たちがやっていた嫌がらせを最終的にはクラリスに擦り付け、クラリスを断罪へと招いた連中だ。
(あれも魅力なのかな。何か操られてるって感じだね)
ヒカリは、ゲームの通りに物語を進めようとしている感じに、違和感だらけだった。
そして一番の違和感は、舞踏会での漆黒の矢だ。光の盾を貫通したように見えたが、実際には光の盾に漆黒の矢が当たった感じすらしなかった。
(漆黒の矢のビジョンが流れていたって感じにしか見えないんだよな)
ヒカリは、漆黒の矢が物理的な攻撃ではなかったことに気づいていた。まるで、幻影か、あるいは精神に直接作用するようなものだったとしか思えない。
(誰かがミリアから話を聞いてて、それに合わせて魅力を使ってる可能性があるな)
ヒカリは前世の記憶で、漫画などで出てくる「魅力」というスキルが危険なものであることを理解している。
(そもそも、この世界にそんなスキルが存在するのかな)
少なくとも、ゲーム『エテルニアの誓い』には存在しなかったスキルだった。
その夜、精霊たちはダンジョン攻略は行わず、舞踏会での出来事の確認のために集まっていた。ヒカリたちは訓練場で、報告会を行う。
「雷蔵くんはあの矢、どう思った?」
ヒカリの問いに、雷蔵は舞踏会でヴォルグに放たれた漆黒の矢を思い浮かべていた。
「あの矢からは魔力を感じなかったでござる」
雷蔵は首を傾げながら答える。
「ただ、変な気配は感じたでござる。纏わりつくような感じでござった」
その言葉に、他の精霊たちも頷いた。
「アレンはミリアを讃えていたのじゃ」
フロストがそう言うと、ルーファとエルも続いた。
「セシリアもミリアはすごいとか言ってたわ」
「エリーナも同じ感じだったよ」
精霊たちの報告を総合すると、クラリス、モニカ、そしてクラウ以外は、何者かによる「魅力」に影響された可能性が高いとヒカリは結論付けた。
精霊には影響を与えないことが判明したので、ヒカリは次に対策を練ることにした。
ファナたちには後日、クラウ作成のアクセサリーにヒカリの魔力を充填したものを渡すことで魅力から守れる。
そしてあの場に居た主要人物である国王と宰相に変化があったのか確認するため、ヒカリは筆頭聖女に会いに行くことを決めた。
とりあえず今日は解散して、何かあったら報告する。
「さて、一回リセットするかな」
そう言うと、ヒカリは寮へと戻ってきた。
寮の外で、ヒカリはファナに使った魅力解除の魔法を寮全体へと放つ。男子寮と女子寮の両方に行うことで、当面は問題ないと判断する。
翌日、ヒカリは筆頭聖女の元へと向かう。部屋の位置は把握していたので、あとは筆頭聖女が部屋にいるかどうかだ。
ヒカリはスッと筆頭聖女の部屋へと入っていった。
「ナタリー、いる?」
部屋の中では、筆頭聖女ナタリーが書類整理をしていた。彼女はヒカリの姿を認めると、流れるような優雅な動きで椅子から立ち上がり、ヒカリの元へとやって来て膝をついた。
「ヒカリ様、お久しぶりでございます。今日はどのようなご要件で?」
(いやー、相変わらずだな)
ヒカリはもう突っ込むのをやめた。
この筆頭聖女は、ヒカリに対して異常なまでの忠誠心を示し、何かと膝をついてくるのだ。
「ちょっと国王と宰相のことで聞きたくてさ」
ヒカリの言葉に、ナタリーは小さく溜息を漏らした。
その表情には、どこか疲労の色が浮かんでいる。
「はぁ~……ミリアのことでしょうか?」
ナタリーは、まるで全てを察しているかのように問い返した。その言葉に、ヒカリは頷く。
「話が早くて助かるな」
ナタリーは、宰相からの要望に頭を抱えていたのだ。宰相から次期筆頭聖女にミリアを、と強く要望があったらしい。国王は難色を示していたものの、宰相が強引に押し切ってきている状況だという。
「悪いけど、宰相に会わせてくれないかな?」
ヒカリの申し出に、ナタリーはすぐに立ち上がった。
「少々お待ちください」
ナタリーは部屋を出て、宰相の執務室へと向かった。
少しすると、宰相を連れてナタリーは戻ってきた。宰相は、ブツブツと文句を言いながら部屋に入ってくる。
(かなり強引に連れてきたな)
ヒカリは、ナタリーの強引さに内心で苦笑した。
「連れてきました」
ナタリーが宰相を促すと、宰相はムスっとした表情でナタリーを睨んだ。
「誰も居ないではないか!一体何を馬鹿なことをしているのだ、ナタリー!」
宰相にはヒカリの姿が見えないため、ご立腹な様子だ。
(まずは魅力を解除してからだな)
ヒカリは、宰相に意識を集中し、糸を断ち切るイメージで魔法を唱えた。
(うーん、ネーミングどうしようかな……)
『カットチャーム』
(何か違うけど、イメージだしいいや)
ヒカリの魔法が発動すると、宰相は頭の中のモヤが晴れたような錯覚を感じた。一瞬、眉間に皺を寄せ、何かを振り払うような仕草をする。
「ナタリー、宰相にミリアを筆頭聖女にするか確認してみて」
ヒカリの指示に、ナタリーは少し戸惑いつつも頷いた。
「分かりました」
ナタリーは宰相に向き直る。
「宰相様は、まだミリア様を筆頭聖女に推すつもりですか?」
宰相は、ナタリーの言葉に何を言っているのか理解できないといった表情を浮かべた。
「私が何故、ミリアという令嬢を筆頭聖女に推さなければならないのだ?そのような話は、初耳だが?」
(問題なく魅力は切れたね)
宰相の言葉に、ナタリーもホッとした表情を見せた。肩の力が抜けたように、ふっと息を吐く。
「ありがとうございます、ヒカリ様!」
ナタリーは、心底嬉しそうにヒカリに感謝の言葉を述べた。
「これでナタリーも安心できるね」
「はい!本当にありがとうございます!」
ナタリーは満面の笑みで答えた。その笑顔は、これまでの疲労感を吹き飛ばすかのようだった。
「それじゃあ、行くね」
ヒカリは筆頭聖女の部屋から出て行った。ナタリーは、ヒカリの背中に深々と頭を下げていた。
筆頭聖女の部屋を出たヒカリは、廊下をぷかぷかと飛びながら考え込む。
(問題は、あの時に会場内に居た他の人達だな)
舞踏会場にいた貴族たちは、宰相と同じように「魅力」の魔法の影響を受けていたはずだ。一人ひとりに魔法をかけて回るのは、時間も魔力もかかる。
(一人一人は面倒くさいな)
ヒカリは、効率的な方法を模索した。そして、一つの結論に達する。
(広範囲に、一気に解除するしかない)
ヒカリは、王城の中庭へと移動した。周囲に誰もいないことを確認すると、魔力を極限まで高め始めた。彼の体から、淡い光が放たれ、徐々にその輝きを増していく。
「……よし」
ヒカリは、深呼吸をして、意識を集中した。彼の魔力が、まるで波紋のように広がり、王城全体を包み込んでいくイメージを描く。
『カットチャーム!』
ヒカリが魔法名を唱えると、彼の体から放たれた光の魔力が、一気に王城全体へと拡散した。王城の建物が、まるで黄金色に輝くかのように、眩い光に包み込まれる。その光は、王城の隅々まで行き渡り、そこにいる人々の精神に微かな揺らぎを与えていく。
王城のあちこちで、人々が頭を抱えたり、眉間に皺を寄せたりする姿が見られた。彼らは、まるで深い眠りから覚めたかのように、ぼんやりとした表情で周囲を見回している。昨夜のミリアへの異常なほどの熱狂が、まるで嘘だったかのように、彼らの心から消え去っていく。
ヒカリは、魔法の効果を確認するように、王城全体を見渡した。
(これで、当面は大丈夫だろう。あとは、この『魅力』の魔法を誰が、何のために使っているのか……その正体を突き止める必要があるな)
(ただ会場に居た人全員が王城に居るとは限らないからな警戒はしないと)
ヒカリの心には、新たな決意が宿っていた。この世界の裏で暗躍する「第三者」の存在。そして、ミリアがその駒として利用されている可能性を考えながら対策を考えていた。




