第168話 王命とは
宰相はクラウのお目付け役の騎士からの報告書を確認した後に、大きく溜息をついて天井を見つめた。
「ドレス作りで大人しかったのに、終わるとこれか……」
宰相の呟きに、近くにいた騎士が静かに答える。
「私はどんな王命をクラウに出したんだ?」
「クラウ卿に出した王命は、モニカ嬢の装備を製作し、お届けすることです」
騎士の言葉に、宰相は眉間に皺を寄せた。
「うむ、じゃあ何故、何かに付けて王命と言ってるんだ?」
「まずギルドに関しては、下着装備の延長です。ドレスも光の糸を大量に使い、装備としてもドレスとしても一級品です。さらにクラウ卿にモニカ嬢へのお届けも王命で依頼されていますし、聖女の羽衣も王命で作られていますので、それを傷つける行為は王家への反逆と見なされます」
騎士は淡々と説明を続けた。
「つまり、モニカ嬢に関わること全てが『王命です』と解釈されたものと思われます」
(実際は、モニカが困っていれば助けたいと思う気持ちなだけで、体よく王命を使っているだけだと思っているが……)
騎士はそう心の中で思ったが、口には出さなかった。
「逆に、モニカ嬢以外のことで王命を口になさったことはありません」
「さすがに学園の舞踏会のエスコートはやり過ぎだろう」
「はぁ……」
宰相からは溜息しか出ない。
「学園の舞踏会に部外者がエスコートするとなると、婚約者と疑われかねないな」
「いっそのこと、婚約者と思われれば良いのか……」
宰相にはもう一つ、頭を抱える問題が舞い込んでいた。それもまた学園絡みの案件で、彼は溜息をつくばかりだった。
「とりあえず、クラウだけでも大人しくしてくれないものかな」
それを聞いた騎士は、無理な相談だと心の中で思った。
いよいよ新入生舞踏会の当日になった。モニカは商業ギルドから送られた下着を身に着けていた。
「モニカの下着って、少し大きくない?」
ファナがモニカを見て言ってきた。
「あ、はい、少し大きく作られているそうです」
「それにしてもぶかぶかだよね」
明らかにモニカの下着は大きすぎた。
「何でも、下着に魔力を通すとフィットすると書いてました」
下着とコルセットが入っていた箱の中に、使い方の書かれた紙が入っていた。モニカは半信半疑ながらも、書かれている通りに下着に魔力を流し込む。すると、下着がまるで生きているかのように体のラインに綺麗にフィットした。
「え?何その下着?魔力流すと小さくなって体のラインに合うとか、下着にどんな細工してるの……」
ファナとクラリスは目を丸くする。
次にモニカはコルセットを付け、ドレスを着ると、同じように魔力を流し込んだ。すると、コルセットはキュッと締まり、ドレスはモニカの体のラインにぴったりとフィットする。
「えー、全てが高性能すぎるんだけど……」
ファナとクラリスは、開いた口が塞がらない。
「でも、胸元の強調、すごいね!」
モニカのドレスは、胸元の谷間がはっきりと見える大人仕様だった。
「さ、さすがに恥ずかしいので、クラウ様のメモの通りに聖女の羽衣を着けると胸元が隠れるそうです」
モニカは頬を赤らめながら説明した。
クラリスが素朴な疑問を口にする。
「聖女の羽衣ってどこにあるの?」
その言葉に、ヒカリが反応した。
(やばい!ずっと俺の中に仕舞いっぱなしだ!)
ヒカリの魔力が動揺で激しく揺れる。その様子をモニカたちは訝しげに見ていた。
「あ、それはヒカリ様が保管してくれています」
モニカは、ヒカリを見つめながら答えた。
(聖女の羽衣って、光の鉱石を糸状にして編んだんだよな……まじでやばいな……)
クラウが作成した光糸で編まれた聖女の羽衣は、当然魔力を蓄積できる。つまり、ヒカリの中に保管されている聖女の羽衣は、ヒカリの魔力を長時間蓄積している状態になっているのだ。
「モニカ、ごめんね」
「え?何がですか?」
先に謝るヒカリと、謝られている理由がわからないモニカ。
だが、次の瞬間、その理由がわかった。せめてもの救いは、まだスタイリストの人が部屋に来ていないことだった。部屋にはまだクラリス、ファナ、モニカの3人しかいない。あとで髪やドレスの着付けで人が入ってくるのだ。
(出すなら今だね)
ヒカリは諦めたように聖女の羽衣を体内から取り出すと、聖女の羽衣が金色の光を激しく放っていた。
(やっぱりか!)
ヒカリは静かに聖女の羽衣をモニカに手渡した。クラリス、ファナ、モニカは、その輝きを放つ聖女の羽衣を見て、固まったように動けなくなっていた。
聖女の羽衣の輝きと精霊の魔力
「な、なにこれ……!」
クラリスが震える声で呟いた。
聖女の羽衣から放たれる圧倒的な光に、三人はただただ呆然とするばかりだった。それは、単なる光ではなく、生命力に満ちた、温かく、そして神聖な輝きだった。
「ヒカリ様……これ、どういうことですか……?」
モニカは、おずおずとヒカリに尋ねた。
彼女の手に渡された羽衣は、ヒカリの魔力を吸収し、まるで太陽のように輝いていたのだ。
「ごめんね、モニカ。聖女の羽衣って、光の魔力を蓄積しやすい素材でできてるんだ。それに、俺がしばらく体内に保管してたから、俺の魔力を吸収しちゃって……」
ヒカリは苦笑いしながら説明した。
精霊であるヒカリは、常に周囲の魔力を吸収し、自身の力に変えている。特に、聖女の羽衣のような魔力に敏感な素材は、精霊の体内にあれば際限なく魔力を吸い込んでしまうのだ。
「つまり、ヒカリの魔力が、この羽衣に充填されているということなの?」
ファナが、興味津々といった様子でヒカリに問いかけた。
「うん、その通りだよ。だから、こんなに眩しくなっちゃって……」
ヒカリは、申し訳なさそうに肩をすくめた。
しかし、クラリスとファナは、その輝きに魅入られているようだった。
「すごい……こんなに綺麗な羽衣、見たことないわ!」
「で、でも、こんなに光ってたら、目立っちゃいます……」
モニカが困惑したように言うと、ヒカリは慌てて補足した。
「あ、大丈夫だよ」
そう言うとヒカリは聖女の羽衣から魔力を自身に戻した。先ほどまでの激しい光が徐々に収まり、穏やかな輝きへと変化していった。淡い金色の光を放つ聖女の羽衣に
そして、胸元の谷間も、ふわりと広がる布地で隠される。
モニカは驚きと同時に、安堵の息を漏らした。
「良かったね、モニカ」
ヒカリが優しく声をかけた。
(まぁ、俺のせいだけどね)
その時、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「モニカ様、クラリス様、ファナ様スタイリストが参りました」
外からの声に、三人は慌てて姿勢を正した。
スタイリストの女性が部屋に入ってくると、モニカのドレス姿を見て、感嘆の声を上げた。
「まあ、モニカ様!なんてお美しいドレスでしょう!そしてこの羽衣は……!初めて拝見する輝きですわ!」
スタイリストは目を輝かせながら、モニカの髪を結い、最後の仕上げをしていく。
その手際の良い動きに、ヒカリたちは感心した。
(プロの技ってすごいな)
ヒカリは心の中で呟いた。
しばらくして、モニカのドレスアップが完了した。純白のドレスに身を包み、聖女の羽衣を纏ったモニカは、まるで絵画から抜け出してきた聖女のようだった。その姿は、普段の控えめなモニカとはまるで別人のようだ。
「モニカ、本当に綺麗ね!」
クラリスとファナがモニカのドレスに魅入っていた。
モニカは、少し照れながらも、鏡に映る自分の姿を見つめた。これまで経験したことのない、特別な感覚が胸に広がる。
「ありがとうございます……」
クラリスとファナも各々のスタイリストが髪を結い、コルセットからドレスアップまでの最後の仕上げをしていく。
やがて、舞踏会へと向かう時間になった。モニカは、クラリスとファナに挟まれて、寮の玄関へと向かった。玄関には、すでに多くの生徒とその家族が集まっていた。
そして、その人混みの中に、クラウの姿があった。彼はモニカを見つけると、まっすぐな視線を向け、ゆっくりと歩み寄ってきた。彼の隣には、宰相のお目付け役の騎士が、いつになく疲れた表情で立っている。
「モニカ様、お迎えに上がりました」
クラウは深々と頭を下げ、モニカに手を差し出した。
その瞳には、モニカへの深い敬愛の念が宿っている。
モニカは少し戸惑いながらも、クラウの手を取った。クラウの指先は、ひんやりとしていながらも、確かな温もりを感じさせた。
二人が手を取り合う姿に、周囲の生徒たちはざわめいた。特に、クラウの真剣な表情と、彼の服装が、ただの学園の部外者ではないことを示唆している。
「あれが、モニカのエスコート役の人?」
「見たことない顔だけど、すごく偉そうな人ね」
生徒たちの囁きが聞こえてくる。
いよいよ舞踏会の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。生徒たちが次々と会場入り口のホールへと集まる。
会場内には子息の父親や令嬢の母親たちが子供たちの入場を待っていた。首席から順番に名前が呼ばれ会場へと入って行く。
いよいよイベント『闇夜の舞踏会』が幕を開ける




