第161話 宰相の苦悩
王にクラウが作成した装備……いや、正確には「装備?」を報告するため、宰相は重い足取りでゆっくりと王の部屋へと歩を進めた。
どうすれば王に納得してもらえるか、彼の頭はフル回転していた。
王の待つ部屋へとやって来た宰相は、扉の端に控えている騎士へと告げた。
「少々お待ちを」
騎士は部屋の中へと入り、すぐに戻ってきて宰相を招き入れた。
王は、宰相の顔を見ると、その表情から何かを察したのか、先に口を開いた。
「エドワードの装備が出来たようだな」
宰相の顔色は冴えない。彼は深く一礼し、言葉を選びながら言った。
「あ、はい……クラウが作成いたしましたエドワード王子の装備を持ってまいりました」
宰相の言葉に、王は早く見せるよう急かした。宰相は一緒に来ていた騎士に目をやると、騎士は頷いて、小さな木箱を王の前へと運んだ。
「こちらになります」
騎士が箱を開けると、そこには畳まれた下着の上下が入っていた。
王の顔つきが、みるみるうちに変わる。眉間に深い皺が刻まれ、怒りの色が浮かんだ。
「宰相よ、ふざけているのか?」
王は怒りのあまり声を荒げた。
しかし、宰相は冷静だった。これも計算済みである。
「いえ、それがエドワード王子のために特別に作成された装備になります」
「ただの下着ではないか!」
「今からご説明いたします。その下着には、雷の鉱石で作られた特別な糸が使用してあります」
「ほう」
王は、宰相の言葉に少し落ち着きを取り戻した。
宰相は、さらに説明を続けた。
「その下着に魔力を流すと、魔力障壁が展開され、物理防御と魔法防御が飛躍的に上がります」
王の表情は、怒りから感心へと変わっていった。
「実際に手に取り、魔力を流してみてください」
王は言われるがままに下着の上着を取ると、雷の魔力を下着に流した。すると、下着は青白い光を放ち、その質感が変化した。
「おおー、凄いなこれは」
王は感心したが、やはり疑問があった。なぜ下着なのか、と。宰相は、このための言い訳を用意していた。
「下着にした理由は、毎日着用できるからです!公務の時に常に鎧を着ていることはできません。しかし、この下着ならば、何か不測の事態が起こった際にも、すぐに魔力を通すことで魔力障壁が展開され、素早く身を守ることができます。これが、この下着が採用された最大の利点かと存じます」
王は、宰相の説明に深く感心していた。確かに、何かが起こった時に常に鎧を着ているわけではない。自分の身を素早く守るのに適した下着だ。さらに、この下着は防御と魔防が飛躍的に上がると説明があったことで、騎士団にも配布すれば、軍部の面でもより強固になるのではないかと、王は考えていた。
宰相は、この難局を乗り切ったと思い、安堵した。次に、クラウがモニカの装備について説明する番だ。
「こちらが、モニカ様の装備になります」
クラウが、光り輝く箱を開けると、純白に輝く光糸で編まれた羽衣が、淡い光を放っていた。
「おおー!」
王は、あまりの美しさに歓声を上げた。
その高貴な輝きは、見る者の心を惹きつける。
「こちらは光の魔力を通すことで、自然にバリアが形成され、聖女モニカ様が戦闘中も安全に活動できます!」
クラウは、羽衣をそっと広げ、その機能について、宰相に説明したことと全く同じ熱量で王に説明した。
王も、エドワードとモニカのために作られた装備の差に、やはり異を唱えた。
「なんかすごい差があるな……」
それもそのはず。真剣にモニカのためだけに作った物と、時間もなく適当に作った物の差が、如実に現れていたのだ。しかし、クラウは言い切る。
「エドワード王子の装備は実用性重視で、モニカ様の装備は実用性と美しさを兼ね備えています!」
「男に美しさは必要ありません!」
王は、顎を擦りながら聖女の羽衣を見つめた。
「モニカの装備も下着で良かったのではないか?」
王がクラウに問うと、クラウは一言、強く言い放った。
「私は変態ではありません!」
流石のクラウでも、そこまではしないかと王は納得したのだが、クラウが余計なことを呟いた。
「そもそもモニカ様の下着のサイズが分かりません」
王は、ピクリと反応した。
「ん?分かっていたら作ったのか?」
「私は変態ではありません」と、クラウは再び言いながら、目を反らした。
(こやつ……サイズが分かっていたら作ってたな……)
王は、深いため息をつきながら、クラウに問うた。
「クラウ、そなたに騎士団と私のその下着装備を作って貰えぬか?」
クラウは、あからさまに嫌な顔をした。これ以上の作業は、彼のモチベーションに繋がらない。
すかさず宰相がクラウに条件を付けた。
「クラウ、もし下着装備を作ってくれるのであれば、モニカの装備を直接手渡しに学園に行ってもらおうと思っていたんだがな」
その言葉を聞いた瞬間、クラウの目が輝いた。久しぶりにモニカ様に会える!その一心で、彼は即座に王に膝まずいた。
「はっ!王命、確かに預かりました。しかし、私の力だけでは全ての下着装備を作るのも限界がありますので、あくまでも糸のみを提供し、作成は商会のギルドで行って貰えれば幸いです」
クラウの言うことは一理あると、宰相は考えた。全てを彼に任せていては、いつになるか分からない。
「分かりました。そのように手配します」
「ありがとうございます!」
クラウは、まるでご褒美を与えられた子供のように喜んでいた。しかし、宰相は不安もあったので、一緒に来ていた騎士に、今後もクラウを見張るように命じた。騎士もまた嫌な顔をしたが、さすがに嫌だとは言えなかった。
話が終わると、クラウと騎士は王の部屋を後にした。クラウは、足取りも軽く、夢見心地のまま、次のプロジェクトへと向かっていった。




