第15話 クラリスと火の精霊
クラリスは火の精霊をじっと見つめていた。
彼女の目には、決意と迷いが混ざり合っている。
「……私、本当にあなたと契約できるの?」
火の精霊はふわりと宙を舞いながら、静かに炎を揺らす。
「それはお前次第だ」
「私次第……?」
「そうだ。俺はお前を試す。お前が本当に火の精霊と契約するにふさわしいかどうかをな」
「試すって……どういうこと?」
火の精霊はゆらゆらと揺れながら、低い声で答えた。
「火は力だ。破壊の象徴であり、同時に再生の象徴でもある。お前がその力を扱えるかどうか、確かめさせてもらう」
クラリスは少し戸惑った表情を浮かべた。
「どうすればいいの?」
「単純なことだ。俺の出す試練を乗り越えろ。それができれば、俺はお前と契約する」
「試練……?」
「そうだ」
クラリスは一瞬、不安そうに俺――ヒカリを見た。
(大丈夫だ、クラリス)
俺はそっと光を揺らして彼女を励ます。クラリスは小さく頷き、火の精霊を見つめ直した。
「……分かった。私はあなたの試練を受けるわ」
火の精霊は満足そうに炎を揺らした。
「いいだろう。では、最初の試練だ」
試練 その一:炎の意志
「お前に火を灯してもらう」
火の精霊がそう言うと、宙に小さな火の玉が浮かび上がった。
「この炎を、手で掴め」
「えっ!?」
クラリスは思わず後ずさる。
「でも、それって……」
「怖いか?」
火の精霊は試すような目でクラリスを見た。
「火は危険だ。しかし、それを恐れていては何も掴めない」
クラリスは唇を噛んだ。
「……分かったわ」
ゆっくりと手を伸ばし、炎に触れようとする。
俺は思わず叫びそうになった。
(クラリス、やめろ!火傷するぞ!)
しかし、クラリスは躊躇いながらも、その炎を両手でそっと包み込んだ。
「……あっ」
驚いた表情を浮かべるクラリス。
「熱くない……」
火の精霊が満足そうに揺れた。
「当然だ。火を恐れず、正しく向き合う者に、炎は害を及ぼさない」
クラリスは安心したように微笑んだ。
「私、できたのね……!」
「よし、第一の試練は合格だ」
試練 その二:火の心
「次の試練は、お前の内にある炎を目覚めさせることだ」
「私の中の炎……?」
「そうだ。お前は火属性の持ち主だが、まだ火を理解していない。お前の内にある炎を感じ、それを形にしてみろ」
クラリスは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
(火の力……私の中にあるの?)
しかし、何も感じられない。
「……何も分からないわ」
火の精霊は静かに言った。
「お前はまだ火を恐れている。火はただの力ではない。それはお前の情熱、願い、怒り、全ての感情の象徴だ」
「私の……感情……」
クラリスはふと、これまでのことを思い出す。
幼い頃から公爵家の令嬢として完璧であることを求められたこと。
ヒカリと出会い、初めて自由に感情を表せるようになったこと。
でも、ヒカリとは契約できないと知ったときの絶望……。
(私は……ヒカリと一緒にいたい。でも、それが叶わないのなら……)
その瞬間、クラリスの中に熱いものがこみ上げた。
「……私、ヒカリとずっと一緒にいたいの!」
彼女が強く願った瞬間、ふわっと空気が熱を帯びた。
「おっ……!?」
クラリスの周りに小さな炎が灯った。
「お前の中の炎が目覚めたな」
火の精霊は満足そうに頷いた。
「第二の試練も合格だ」
試練 その三:火の制御
「最後の試練は、その火を制御することだ」
「制御……」
「火は暴れればすべてを焼き尽くす。だが、上手く使えば人を温め、道を照らす。お前の意思で、火を操れるか試させてもらう」
クラリスは集中し、炎を見つめた。
(私の火……私の意思で動いて……)
ゆっくりと手を動かすと、炎もそれに合わせて揺れた。
「……できる!」
「よし、それでこそ火の精霊と契約する者だ」
火の精霊がふわりと舞い、クラリスの前に浮かんだ。
「試練はすべて合格だ。お前は俺と契約する資格を得た」
クラリスは驚きながらも、目を輝かせた。
「……本当に?」
「ああ。俺はお前を認める」
火の精霊がゆっくりとクラリスの前に降り立った。
「さあ、誓え。お前の力を俺に預け、俺の力をお前に預けると」
クラリスは深く息を吸い込み、力強く頷いた。
「私は、火の精霊と契約し、共に歩むことを誓います!」
すると、眩しい光と共に炎がクラリスの手を包み込んだ。
「……成功した……!」
火の精霊が微笑み、静かにクラリスの肩に舞い降りた。
「これでお前と俺は契約した。これからは共に歩もう」
クラリスは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう……!」
俺はその光景を見守りながら、胸が締め付けられるのを感じていた。
(これでクラリスは、火の精霊と契約できた……)
それは喜ばしいことのはずなのに、俺の心にはどこか寂しさが残っていた。




