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第143話 新入生の舞踏会

クラリスたちが王立セントラル学園へ入学して、早くも一週間が過ぎた。午前は座学と魔法の授業、午後はマナーやダンスの授業を受けクラリスたちは慌ただしくも充実した日々を送っていた。


ヒカリは、そんな日常の中で、常にミリアの行動を注視していた。ゲームのシナリオでは、この時期からミリアが攻略対象と接点を持ち始めるはずだったからだ。しかし、この一週間、ミリアから特におかしな行動は見受けられない。


「ねぇ、ヒカリ」

クラリスが、自室のベッドで参考書を読みながら、隣に浮いているヒカリに声をかけた。


「どうしたの?」 


「ううん、何でもないわ。ちょっと考え事をしてただけ」

クラリスは、ヒカリの顔をちらりと見て、微かに微笑んだ。


彼女は、ヒカリが度々考え事をしているのに薄々感づいていたが、それ以上は深く聞かなかった。


ヒカリは、クラリスの隣で、再び思考の海に沈んだ。変わったことと言えば、ゲームの最重要攻略対象であるエドワード王子が、この一週間、あまりミリアに近寄らないことだ。教室でも廊下でも、二人が言葉を交わす場面はほとんど見られなかった。


(うーん、王子の親密度がまったく上がってないな……)


むしろ、ヒカリが気になったのは、エドワード王子の側近であるロードとラファエルが、ミリアにかなり接近していることだった。授業の合間や昼食時など、二人がミリアに話しかけているのを何度も目撃している。


(ロードとラファエルの親密度がかなり高いのが気になるな……)

ヒカリは、前世のゲーム知識を総動員して、彼らの行動を分析する。


(ゲームだと、一番簡単に攻略できるのがロードだったな。次にラファエルで、一番難易度が高いのがエドワード王子だったっけかな……他の攻略対象三人は、まだこの時点では接点がないからな……)


ロード・ギルバートの父は、代々続く騎士の名門出身であり、聖女を深く崇拝していることで知られていた。かつて、ロードの父が激しい戦いで致命的な傷を負った際、聖女の奇跡的な治癒能力によって命を救われたことがあった。


それ以来、ロードの父は聖女への信仰をより一層深め、その崇拝の念は家庭にも強く根付いていた。そのような環境で育ったロードもまた、幼い頃から聖女を聖なる存在として崇拝するようになったのだ。だからこそ、ミリアが聖女として認められた今、彼女に近づくのはごく自然なことだった。


次にラファエル・シルヴァスタイン。彼を一言で表すなら「ナルシスト」だろう。自らの美意識と優雅さを何よりも重んじる彼は、褒め言葉や賞賛の言葉に弱い。ゲームでは、彼を「ヨイショ」していれば、勝手にプレイヤーになびいてくるという、ある意味で最も単純な攻略対象だった。


そして、この中で一番難易度が高かったのが、エドワード王子だ。王太子という立場が持つ重責と、将来の国王としてのプレッシャーは計り知れない。彼はその葛藤と重圧から、精神的にかなり病んでいた時期があった。ゲームでは、ヒロインである聖女ミリアが、彼の心の闇に光を当て、徐々にその精神的な病を和らげることで攻略できるようになっていた。しかし、現状、ミリアとエドワード王子の間にそのような関係性は築かれていない。


(このままだと、ゲームのシナリオが大きく変わっちゃうな……)

ヒカリは、今後の展開に不安を感じながら、今夜開かれる歓迎舞踏会へと思考を移した。


その日の夜。学園の広大な大広間は、新入生を歓迎する舞踏会のために、豪華絢爛に飾り付けられていた。天井からは、煌びやかなシャンデリアがいくつも吊るされ、柔らかな光が室内を照らしている。壁には、花々が惜しみなく飾られ、甘く芳しい香りが漂っていた。


生徒たちは皆、今日のために仕立てられた華やかなドレスやタキシードを身につけ、会場はまるで絵画のような美しさだった。

クラリスは、淡い水色のドレスに身を包み、会場の片隅に立っていた。ファナは鮮やかなピンクのドレス、モニカは控えめな白のドレスを纏っている。彼女たちの周りには、すでに多くの貴族の子息や令嬢が集まり、賑やかに談笑していた。ヒカリは、いつものようにクラリスの隣を漂っている。


「クラリス、このドレス、すごく似合ってるわ!」

ファナが、クラリスのドレス姿を褒めた。


「ありがとう、ファナもとても素敵よ」


「モニカも、その白いドレス、清楚な雰囲気にぴったりね」

クラリスがモニカに微笑みかけると、モニカは少し照れたように俯いた。


「ありがとうございます……お二人とも、とてもお綺麗です」

三人の間にも、すっかり友人のような空気が流れている。


ヒカリは、そんなクラリスたちの様子を微笑ましく見守りながらも、会場全体に視線を走らせていた。彼のターゲットは、もちろんミリアと攻略対象たちだ。


会場の中央では、エドワード王子が近衛騎士団長の息子であるロードと、財務大臣の息子であるラファエルを従え、多くの生徒に囲まれていた。


彼の顔には、王太子としての義務感と、わずかな疲労の色が浮かんでいる。彼の視線は、時折、会場の隅にいるクラリスのほうへちらりと向かっているように見えた。

(ん?王子、ミリアじゃなくてクラリスの方を気にしてるのか?)


ヒカリは、エドワード王子の視線の動きを察知し、少し驚いた。これはゲームにはなかった展開だ。

その時、ヒカリの目に、会場の隅で静かに立っているミリアの姿が飛び込んできた。


彼女は、質素だが上品なグリーンのドレスを身につけ、少し落ち着かない様子で周囲を見渡している。その隣には、従者のカイが控えている。すると、ロードがミリアに気づいたのか、エドワード王子に一言断りを入れると、ラファエルと共にミリアの元へと向かった。


「ミリア嬢、今夜は一段と美しいですね」

ロードが、恭しくミリアに頭を下げて挨拶をした。その声には、聖女への敬意と、わずかな熱意が感じられる。


「ありがとうございます、ロード様」

ミリアは、少し戸惑いながらも、控えめに微笑んで答えた。


「よろしければ、この私、ロード・ギルバートと一曲踊っていただけませんか?」

ロードは、ミリアに手を差し出した。そのエスコートは、まさに貴族の鑑といった優雅さだった。


ミリアは、少し躊躇した後、ロードの手を取った。

「はい……光栄ですわ」


二人は、会場の中央へと向かい、優雅に踊り始めた。ロードは、ミリアを大切に扱うように、ゆっくりとしたステップを踏んでいる。

その様子を、ラファエルが少し不満げな表情で見ていた。彼もまた、ミリアと踊りたかったのだろう。しかし、ロードに先を越されてしまった。


(ロードの親密度、さらに上がりそうだな……)

ヒカリは、ロードとミリアが踊る姿を見ながら、内心でそう呟いた。


ゲームのシナリオ通り、ロードはミリアに心酔していくのだろう。

ロードと踊り終えたミリアは、次にラファエルに誘われ、彼と一曲踊っていた。ラファエルは、ロードとは対照的に、自信満々の笑顔をミリアに向け、華やかなステップで彼女をリードしている。


「ミリア嬢、あなたの美しさは、この舞踏会で最も輝いていますよ」

ラファエルは、耳元で甘い言葉を囁いた。ミリアは、少し顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んでいる。


(ラファエルも、着実に親密度を上げていくな……)

ヒカリは、二人の様子を見て、ゲームの展開との違いを改めて感じていた。エドワード王子が動かない分、ロードとラファエルが積極的にミリアにアプローチしているのだ。


その頃、クラリスは、ファナやモニカと談笑しながら、会場の賑わいを楽しんでいた。彼女の周りには、既に何人かの貴族の子息たちが声をかけに来ていたが、クラリスは彼らの誘いを穏やかにかわし、親しい友人との会話を優先していた。


ふと、クラリスは視線を感じて、会場の中央に目を向けた。そこに立っていたのは、エドワード王子だった。彼は、どこか落ち着かない様子で、時折クラリスのほうへ視線を向けている。その瞳には、何か言いたげな感情が揺れているように見えた。


(エドワード王子……どうしたのかしら?)

クラリスは、王子の様子を少し不思議に思った。


エドワード王子は、ミリアとラファエルが踊る姿にはほとんど目を向けず、むしろクラリスの方を気にかけているようだった。彼の仕草が何故かぎこちなく感じた。


周囲の生徒たちは、彼に話しかけたい素振りを見せるが、彼の威厳ある雰囲気に気圧されて、誰も近づけないようだ。


ヒカリは、クラリスの隣で、エドワード王子の微かな感情の動きを捉えていた。

(これは……王子、ミリアじゃなくてクラリスと踊りたいと思ってるのか?ゲームと全然違うぞ……)


ヒカリは、内心で驚きを隠せない。ゲームのシナリオでは、エドワード王子はミリアに強く惹かれるはずだった。しかし、この世界では、どうやらクラリスに興味を抱いているようだ。


エドワード王子は、意を決したように、ゆっくりとクラリスの方へと足を踏み出した。彼の顔には、緊張と、わずかな決意の色が浮かんでいる。


クラリスたちの輪に近づくと、エドワード王子は、周りの生徒たちの会話が止まるのも気にせず、クラリスに向かって一礼した。

「クラリス・フォン・ルクレール嬢」

彼の声は、わずかに緊張で上ずっていた。


「エドワード王子殿下」

クラリスも、驚きながらも優雅に一礼を返した。ファナとモニカも、エドワード王子の突然の出現に、目を丸くしている。


「よろしければ……この私と、一曲踊っていただけませんか?」

エドワード王子は、真っ直ぐにクラリスの目を見て、手を差し出した。彼の顔は、わずかに赤らんでいる。

クラリスは、予想外の申し出に、一瞬言葉を失った。


しかし、すぐに気を取り直し、微笑んで王子の手を取った。

「光栄でございます、殿下」


二人は、会場の中央へと向かい、優雅に踊り始めた。エドワード王子は、最初こそ少しぎこちなかったが、次第にクラリスとのダンスを楽しんでいるようだった。彼の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


(まさか、エドワード王子がクラリスを誘うなんて……!)

ヒカリは、目の前の光景に、驚きを隠せない。


ゲームのシナリオが、大きく、そして予想もしない方向に変化していることを、改めて実感した。これは、一体何を意味するのだろうか。


舞踏会の音楽が、華やかに会場に響き渡る。それぞれの思惑が交錯する中、物語は静かに、しかし確実に、ゲームとは異なる方向へと進み始めていた。


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