第106話 暇な精霊たち
ヒカリが王城へやって来て三日が経った。
「暇だ……」
その第一声が、現在の彼の心境をすべて物語っていた。
クラリスは朝から王妃教育に追われ、アレンとフロストは訓練場で剣を振るっている。ヒカリとカインはというと、ただ王城内を漂って時間を潰していた。
「カイン、よく耐えてたね」
「うむ、発散場所を求めた結果、ああなったがな……」
「それはなるよ……」
「こらヒカリ、カインを擁護しないで!」
クラリスが睨みを利かせるが、ヒカリは悪びれず笑っていた。
「クラリスは今日、何やるの?」
ヒカリがふと思いついたように訊ねると、クラリスは手元のスケジュール帳を開いた。
「今日は、外国語とマナー教育って書いてあるわ」
「そっか……ちょっと王城見学でも行ってこようかな」
その言葉に敏感に反応したのはカインだった。
「うむ、王城見学か。それは良いな、ヒカリよ。俺も暇を持て余しているから、共に行ってやろう」
普段無表情気味な火の精霊が、珍しく目を輝かせていた。
「え、カインも行くの? 別に一人でも大丈夫だよ?」
「何を言うんだ! 初めての王城で迷わぬとも限らん。それに、俺としてもこの退屈を紛らわせたいのだ」
「でもカインが来ると何かやりそうだしな」
「むむむ……ヒカリまでも俺を疑うのか!」
「え? 事実やん」
ヒカリは笑いながらさらりと言ってのける。
「まあ、別に良いけどさ、どうせ暴走したら閉じ込めればいいし」
「ぐぬぬ……」
「じゃあ行こうか、でもその前にクラリスに一言、言っとかないと」
そう言ってヒカリがクラリスの方を振り向くと、カインが制止した。
「いや、今はクラリスは忙しいだろう。それに、王城内を散策するだけだ。特に危険な場所へ行くわけでもあるまい」
「それもそうだね、じゃあ行こうか」
二体の精霊は、ふわりと浮かび上がりクラリスの部屋を抜けて王城内へと向かっていった。
王城の中は広く、美しく、そして静かだった。
「色々な精霊が居るね」
「うむ、だが単独で動く精霊は居ないな」
ヒカリとカインは、各所にいる精霊たちの姿を観察していた。契約者のそばから離れないのが通常の精霊の在り方だ。だが、ヒカリとカインは例外中の例外。自由気ままに王城を漂っていた。
と、ある部屋の前でヒカリが急に立ち止まった。
「どうした、ヒカリ?」
「この部屋の中から……光の力を感じるんだよね」
そう言って、ヒカリは扉をすり抜けて中へと入っていく。
「……ここって、宮廷聖女の部屋だね」
中には数体の光の精霊が浮かんでいた。そして、部屋の奥では複数の女性が祈りを捧げている。
彼女たちは一斉に顔を上げ、ヒカリの存在に気づいた。
「あ、そっか。俺のこと見えるんだ」
光属性の精霊は、同属性の人間にのみ視認される。それは彼女らにとって当然の法則。
ただし、ヒカリの放つ魔力は常軌を逸していた。
宮廷聖女たちの視線が一点に集中する。困惑と、どこか神聖な畏怖の入り混じった空気が室内に漂う。
その中で、一人の聖女がヒカリの方へと歩み寄った。
「聖女のモニカと申します。あなたは……どなたの契約精霊なのですか?」
「俺? 俺は誰とも契約してないよ」
「えっ……?」
モニカの目が大きく見開かれた。
契約もしていないのに、ここまで強大な魔力を持ち、自由に行動する精霊。
「じゃあ、なぜここに?」
「今はクラリスって子と一緒に行動してるんだ。言うなればクラリスの付き精霊かな」
「暇だったからさ王城探索中なんだ」
ヒカリはモニカをじっと見つめた
「そうだ、モニカさん、王城内を案内してよ」
ヒカリの何気ない一言に、モニカはぽかんと目を丸くした。
「わ、わたしが……ですか?」
「うん、王城知ってる人に案内されたほうが、いろいろ分かるし助かるし?」
にこっと笑って言うヒカリ。その顔はまるで無邪気な少年のようだが、内包する魔力は上級精霊クラスを超越している。
モニカは周囲の聖女たちに助けを求めるように視線を送ったが、皆そそくさと目を逸らした。完全に「よろしく頼みますね」ムードだ。
「わ、わかりました……お供いたします」
「やった、ありがとう!」
そうして二人は部屋を出た。
廊下に出た瞬間、壁の影から勢いよく何かが飛び出してくる。
「遅いぞ、ヒカリ!」
「ごめんごめん。モニカに案内頼んだらちょっと遅くなっちゃってさ」
その姿を見て、モニカはピタリと動きを止めた。
「ヒ、ヒカリ様……今、どなたと……?」
「ああ、見えないか。クラリスの契約精霊、カインが居るんだよ。」
ヒカリが振り返り、にっこり笑って空中を指差す。
そこには真紅の炎のような姿をした、精霊・カインが堂々と腕を組んで浮かんでいた。
「こやつに案内を頼んだのか」
「そそ、二人だとわからないしね」
そんな会話の横でクラリス様の契約精霊と聞いてモニカの顔が引きつった。
「ク、クラリス様の精霊もいらっしゃるのですか?」
「うん、カイン。クラリスの精霊だよ。火の精霊ね」
モニカは小さく震えながら、唇を震わせた。
「(ば、爆裂姫の精霊っ……!?)」
顔がみるみる青ざめていく。
「モニカ? どうしたの? 顔色悪いよ?」
「ヒィ……い、いえっ! な、何でもありませんっ!」
「そっか。じゃあ案内お願いね」
「……わ、わかりました……」
モニカの受難はまだまだ続くのだった




