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第105話 クラリスの失態

 ヴォルグ団長は、自らの左腕に意識を向け、そっと魔力を流してみた。かつてならばズキリと痛みが走ったはずのその腕が、今は驚くほど静かだった。


「この左腕は……五年前の魔物討伐の際に受けた呪いの傷です。宮廷聖女に診てもらいましたが、解呪は不可能だと……」


 その事実を静かに口にしたヴォルグの声には、長年の苦痛と諦めがにじんでいた。


「それ以来、ずっとごまかしながら、周囲に気づかれぬようやってきました……それが、まさか、治るとは……」


 ふと我に返ったヴォルグは、周囲の騎士団員たちに目を向けた。彼らは一様に驚きの表情を浮かべていたが、誰も何が起きたのかまでは分かっていないようだった。


 それを確認すると、ヴォルグは深く息を吸い、大きな声で命じた。


「今起こったことについて、一切他言を禁ずる!」


 場の空気が一気に緊張し、騎士団員たちは姿勢を正し、声を揃えて「了解!」と応じた。


 その後、ヴォルグはクラリスとアレンに目を向け、穏やかな声で言った。


「クラリス嬢、アレン君。少し私の執務室へ来ていただけますか」


 二人が頷くと、ヴォルグは副団長のハリスにも目配せをした。


「ハリスも同席してくれ」


「はい、団長」


 執務室に通されたクラリスとアレンは、緊張した面持ちでソファに腰を下ろす。ヴォルグとハリスも向かいに座り、まずは深々と頭を下げた。


「長年苦しめられてきた呪いを解呪していただき、本当にありがとうございます、クラリス嬢」


 ヴォルグの感謝の言葉に、ハリスも頷きながら続けた。


「宮廷聖女ですら解けなかった呪いを……クラリス嬢が、こんなに簡単に……いや、失礼。信じられません」


ヴォルグはクラリスから解呪の申し出があったとき承諾はしたが半信半疑だったのだ


 クラリスはぎこちない笑みを浮かべて言葉を返した。


「いえ、ただ……やれることをやったまでです。そこまでかしこまらないでください」


 表情は穏やかだったが、内心では冷や汗をかいていた。まさかあんなにも強い光が放たれるとは、思いもよらなかった。


クラリスは隣でぷかぷか浮かぶヒカリにこっそり話しかけた。


(ヒカリ、なんですぐに止めてくれなかったの?)


(俺、止めたよ? まさかクラリスが即解呪に入るとは思わなかったけどね)


そこへカインが笑いながら口を挟んでくる。


(俺にあれだけ説教してたのに、クラリスも同じことやるとはな。やっぱ契約精霊は主に似るってやつか)


クラリスはカインを睨みつけた。


(カイン!)


さらにヒカリが楽しそうにちゃちゃを入れる。


(これはもう「三つ名」だな、『大聖女クラリス』ってね)


「もうヒカリは……! 私は大聖女じゃない!」


怒りに任せて思わず声に出してしまった。


部屋にいたヴォルグとハリスが、クラリスの叫びのような声にキョトンとする。


その空気の中で、ヴォルグが静かに呟いた。


「大聖女か……たしかに、そうだな」


クラリスはハッとして口を手で覆ったが、もう遅い。


ぷかぷか浮かんだヒカリとカインが、くすくす笑いながら転げ回っている。


「クラリス、自分で言っちゃったし」


「うむ、さすが我が主」


クラリスの横ではアレンが困ったように苦笑いし、フロストは無表情で虚空を見つめていた。


クラリスは赤くなった顔を両手で隠した。


そんな空気の中、ヴォルグが真顔で口を開いた。


「クラリス嬢は、火属性の魔導士と認識していますが……なぜ光属性の解呪が使えるのですか?」


クラリスは少し目を見開いたが、すぐに表情を引き締めて答えた。


「申し訳ありません。そのことに関しては、一切お話しすることはできません」


はっきりと言い切るクラリスに、ヴォルグは軽く目を見張ったが、それ以上詮索するのはやめた。


「……申し訳ありません。今の質問は、忘れてください」


「心遣い、感謝します」


クラリスは丁寧に頭を下げた。


ヴォルグ団長の執務室を出たクラリスは、しばらく廊下で立ち止まったまま深呼吸をした。


「……ふぅ」


さっきの失態が頭から離れない。

大聖女――自分の口からあんな言葉が出るなんて。

しかもそれを団長に聞かれてしまうとは、まさに地の底に沈みたい気分だった。


訓練場へ戻っていくアレンの背を見送りながら、クラリスは自室へと足を運ぶ。

部屋のドアを閉めた瞬間、ベッドにばたりと倒れ込んだ。


「……ああもう! なんで私、あんなこと口走っちゃったのよ……!」


頭から枕をかぶって、もぞもぞと転がる。

すると、上空からのんびりとした声が聞こえてきた。


「なる様になるんじゃない? 団長も他言しないって言ってたしさ」


声の主はヒカリ。精霊の彼は、今日もぷかぷかと浮かびながらクラリスの頭上にいた。


「でもさぁ、魔法士たちからは“爆裂姫”、騎士団からは“大聖女”だよ? すごい二つ名揃ったね」


「全然すごくないっ!」


クラリスはがばっと起き上がって、ヒカリを睨みつける。

その様子を壁際で見ていたカインが、静かに一歩引いた。


「……ふむ。これ以上余計なことは言わぬ方が良いようだな」


カインは早々に危機察知し、沈黙を貫く選択をした。

精霊の中でも特に聡明な部類である自覚はある。とばっちりを受ける気はない。


「まあでもさ、塞ぎ込んでても仕方ないし。切り替えて行こうよ」


「はぁ……そうね。ヒカリの言う通りだわ」


クラリスは肩の力を抜き、少しずつ気持ちを落ち着けるように呼吸を整えた。

やることはまだまだ山積み。こんなことでくよくよしていられない。


「カイン!」


突然名前を呼ばれ、カインがビクリと反応した。


「な、なんだ?」


「だからって暴走を許したわけじゃないからね! 今回のこともギリギリセーフってだけよ!」


「う、うむ……わかっておる……」


やはり、逃れられぬとばっちり。

精霊カイン、沈黙は金なりを痛感する瞬間であった。


「で、ヒカリはいつまでこっちにいるの?」


クラリスがふと話題を変えると、ヒカリはくるりと宙返りしながら答える。


「特に決めてないよー。フロストがこのままずっと滞在するなら、俺だけ公爵家に戻る理由も無いし」


「まあ……たしかに」


ヒカリは公爵家でフロストの訓練に付き合う為に残っていただけで。


「あ、そうだ。クラリス、例の髪飾り。魔力補充するから貸してて」


「ん、わかったわ」


クラリスは頭から小さな聖女の髪飾りを外す。

繊細な彫金が施された銀の装飾に、微かに光属性の気が宿っていた。


ヒカリがそれを受け取ると、ふわりと身体が淡く発光し、髪飾りはすっと彼の体内へ吸い込まれていった。


「よし、これでバッチリ。しっかり満たして返すからさ」


「わかったわ、ありがとうヒカリ」

ヒカリが近くに居ることでクラリスの顔にはどこか安心した色が浮かんでいた。

彼女はゆっくりと立ち上がると、窓辺に寄って外を眺める。


「……私も、ちゃんとやらなきゃね」


クラリスの目に迷いはなかった。

どんなに不器用で失敗が多くても、自分が信じることを貫くと決めた。


『爆裂姫』でも『大聖女』でも、どう呼ばれても構わない。

彼女は、彼女であり続ける。それが、クラリスなのだから。


外の風が、軽やかに部屋のカーテンを揺らした。


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