第101話 クラリスの憂鬱
「はぁ……爆裂姫って……」
王城の一室。窓辺に腰かけながら、クラリスはため息を吐いた。
その呼び名が王都の魔法士たちの間でささやかれ始めたのは、数日前の出来事が原因だった。
魔法訓練場でカインが暴走し、焔の槍を大量にぶっ放したあの日。クラリスはその中心に居たというだけで、すべての責任を被せられたのだ。
「クラリス、お前が悪いわけではない。俺がやったことだ」
クラリスの肩に乗り、腕を組んで浮かぶカインが言った。
「そう落ち込むな。むしろ“爆裂姫”とは力ある者にこそふさわしい名だぞ」
「全然嬉しくないわよっ!」
クラリスは膨れた顔でカインを睨む。
「そもそもカインが言うこと聞いてくれれば、あんなに派手なことにはならなかったのよ!」
「ふむ……だがあのランカとかいう小娘、どうにも我慢ならなかったのだ。“次期王妃の力が見たい”などと舐めた真似をしてきたからな」
「だからって、焔の槍を十本も追加することないでしょうがっ!」
「俺は、ほんの少し“本気の真似事”をしただけだぞ?」
「その“真似事”で訓練場が一部使用不可になったのよ!? 知らないの?」
「むぅ……」
クラリスはふぅと大きく息を吐いた。
「今では廊下で会うたびに、魔法士たちが目を逸らして逃げていくの。誰も私に近づこうとしないのよ?」
「ふははっ、威厳が備わってきたではないか。王妃にふさわしい」
「そうじゃないでしょ! 私は別に脅しの象徴になりたいわけじゃないのよ!」
思わず声を上げてしまい、クラリスは慌てて口を押さえた。
「……はぁ、これじゃ、王妃教育どころじゃないわ」
午後、クラリスは講義を受けるため、図書室の奥にある個別指導室に入っていった。
講師の婦人が机に書類を並べながら口を開いた。
「クラリス嬢、あの件……訓練場での魔法はあなた一人で?」
「……はい、一応」
「ふぅ……さすがは王妃候補。火属性の扱いも申し分ありませんわね」
(いや、ちがうのよ、カインが全部やったのよ……)
内心ではツッコミを入れながら、クラリスは苦笑いを浮かべた。
「それと、他の魔道士があなたを過度に恐れているようですので……なるべく穏やかに振る舞っていただけると……」
「えっ、それ、私のせい!?」
「まぁ……“爆裂姫”という噂も立っておりますし……」
「うぅ……」
またもやクラリスの心に重たい石が乗せられたような気がした。
その日の夕方、クラリスは訓練場の隅にある静かなスペースで、一人軽い魔力の調整をしていた。
「ふぅ……今日は大人しく、控えめに……ね」
《火精の灯》と呼ばれる初歩魔法を小さく唱える。
手のひらに浮かんだ小さな炎が、静かにゆらゆらと揺れた。
「うん、これくらいなら大丈夫……」
「おーい、クラリス嬢!」
突然背後から声がかかり、クラリスは驚いて振り向いた。
そこには、例のランカがいた。
(うわ、来た……)
「……なにか用かしら?」
クラリスはなるべく冷静な声を心がけたが、ランカの表情は少し引きつっていた。
「い、いえ! 今日はその、お詫びを……」
「お詫び?」
「ほら、その……訓練場で、無理に魔法を見せてもらったこと……あれ、私が悪かったなって」
「そう。じゃあ、もう二度と無理強いはしないでね」
「は、はいっ!」
ランカは深々と頭を下げて逃げるように立ち去っていった。
「……これじゃ、完全に脅し役じゃない……」
クラリスはうなだれて、地面にぺたりと座り込んだ。
すると、ふわりと肩に乗ってきたカインが呟いた。
「クラリス、お前はお前らしくあれば良い。周囲がどう言おうと、気にするな」
「言ってくれるわね……原因のくせに……」
「む、俺はただ、お前の強さを証明したまでだ」
「だったらせめて、今度は魔力抑えてよね」
「努力はする……約束はしないがな」
「カインっ!」
クラリスの怒声が、訓練場の夕暮れに響いた。
その夜。
クラリスはベッドに座りながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(私、ちゃんと王妃になれるのかな……)
そんな弱音が思わず心の奥から零れ出る。
カインがそっと横に寄ってきた。
「クラリス。王妃になれるかどうかではない。お前が、どんな王妃になりたいかだ」
「……どういう意味?」
「形だけの王妃など、誰も信頼しない。だが力を持ち、仲間を思いやる者は、誰からも慕われる」
クラリスは静かに目を閉じた。
「うん……ありがとう、カイン」
「ふふん、我を見直したか?」
「ううん。最初から反省してたら、もっと見直してたかも」
「……それは酷い」
カインがふくれっ面を浮かべ、クラリスはくすっと笑った。
そして、ぽつりと呟く。
「“爆裂姫”でもいいか。どうせなら、その名にふさわしい強さと優しさを持てばいいのよね」
「その意気だ、クラリス。我が主よ」
クラリスは、少しだけ憂鬱を晴らしながら、ゆっくりと目を閉じた。




