第1話 転生したら光精霊になりました
工藤一樹は、生まれつき体が弱かった。幼い頃から病院で過ごす時間が長く、自由に外で遊ぶことはほとんどなかった。
唯一の楽しみは、ベッドの上でプレイする乙女ゲームだった。
その中でも彼が夢中になっていたのは、『エテルニアの誓い』というゲームだ。
しかし、彼が推していたのはヒロインではなく、悪役令嬢だった。
「お決まりの展開とはいえ、悪役令嬢っていつも報われないよな……」
このゲームの悪役令嬢、クラリス・フォン・ルクレールは、名門貴族の令嬢。
美しい金髪と赤い瞳を持ち、華やかなドレスを纏いながら、誇り高く振る舞う少女だった。
本来ならば彼女は、攻略対象の一人である王太子の婚約者。
しかし、物語が進むと王太子はヒロインに心を奪われ、クラリスは嫉妬深い悪女として扱われ、最終的に断罪される。
だが、一樹はそんな彼女の「努力」に気づいていた。
彼女は決して傲慢なだけの令嬢ではない。
王太子の隣にふさわしい貴族としての品格を身につけ、礼儀作法も完璧。
王家のために身を粉にして努力しているのに、ヒロインが現れた途端に「嫉妬深い悪役」にされてしまう。
「こんなの、あんまりだろ……」
一樹は何度も彼女のバッドエンドを回避しようと試みたが、結局どのルートでも彼女は不幸になってしまった。
そんな悔しさを抱えたまま、一樹は病気のため、この世を去った。
次に目を覚ましたとき、一樹は眩しい光に包まれていた。
「……え? 俺、生きてるのか?」
一樹は断片的な記憶しかなく戸惑う。
「え、ちょっ……何これ!? 俺、光ってる!?」
周囲を見渡すと、無数の光の粒が飛び交っていた。
それらは時折、人間の形のように見えたり、小さな光の球体のようになったりしている。
(なんだ、このファンタジー空間は……あれ?ファンタジーってなんだろ?)
戸惑いながらも、周囲を観察するうちに気づいた。
ここは「世界樹の森」と呼ばれる場所で、精霊たちが生まれる場所らしい。
精霊としての時間は穏やかに過ぎていった。
光精霊として生まれた一樹は、同じ光の精霊たちとともに、空を舞い、魔力を蓄え、成長していった。
そんなある日、突然、彼の中に眠っていた記憶が一気によみがえった。
「――っ!?」
頭の中に、かつての自分の記憶が流れ込んでくる。
病院で過ごした日々。
夢中になってプレイした乙女ゲーム。
そして――悪役令嬢クラリスの無念な結末。
「……マジかよ……俺、転生したのか?」
精霊としての自分と、かつての自分の記憶がつながったことで、一樹は自分の置かれている状況を理解した。
「ってことは……この世界って、まさか……」
ゲームの世界オープニングに出てくる世界樹の森に似ている。
ここがまさに、あの乙女ゲームの世界なんじゃないか?
それからさらに月日が流れ、いよいよ精霊たちが世界樹の森を旅立つ時が来た。
精霊たちは、各地へと散らばり、自分を視認できる人間と契約を結ぶことになる。
光精霊である一樹も、その流れに従うことになった。
(もしこの世界が本当に『エテルニアの誓い』の世界なら……)
彼は考えた。
クラリスを救えるかもしれないと。
「悪役令嬢推しとして、これはやるしかねぇだろ!」
強く決意し、一樹は世界樹の森を飛び立った。