4.「いやいや、流石に忘れられん」
「いやいや、流石に忘れられん」
昨日は悟った気分で路地裏に帰ったタクトであったが、結局悶々として眠れなかった。
ゆらめもを推し始めてから4年弱。ほぼ毎週のように現場に行っていたタクトにとって、異世界に来てからの2週間という期間、アイドルのライブを摂取していないという状態はタクトに深刻なダメージを与えていた。
そしてアイドルなど出会えるはずもないこの異世界で、まさかあんなアイドル然としたアイドルに出会えるなんて。
ゆらめも、くずにゃん一筋とはいえ、地下の合同ライブ等で他のアイドルもたくさん見てきたタクト。その生真面目な性格ゆえ、売れていく地下アイドルの要素を独自に密かに分析もしていた彼の目からして、昨日の少女にポテンシャルがあることは間違いないと言い切れる。
そしてこの世界のアイドル文化はほぼ存在していないか、まだまだ発展途上と思われる。つまりは彼女はこの世界のアイドル文化とともに、今後とんでもない成長をするかもしれないのだ。
路地裏とギルドと草むしりを行ったり来たりする生活でここまで断定するのは早計中の早計だが、もうくずにゃん妊娠からトラックに異世界までぶっ飛ばされてきたのだ。少々何かを思い込むぐらい許して欲しい。
「流石に考えすぎか…いやでもどうせ拾った2度目の人生だし…悔いのないように突っ走るのもありか……」
などと考えながら今日もギルドへの道をたったと歩く。
昨日の少女のミニライブが開催されていた広場に差し掛かると、目が自然と人だかりを探してしまう。
しかし今は朝である。人はそこそこいるが、朝っぱらからギターを鳴らして道端で歌うアイドルはこっちの世界にはあまりいなさそうだ。
そもそも昨夕のライブも、こっちの世界にきて2週間ほどで初めて遭遇したのだ。
次にお目にかかれるのはいつか……それまでに自分の気持ちのある程度の方針だけでも決めておくか……
「あ!昨日のひとだ!」
!?
こちらにたたっと小走りでやってくる可憐な少女。
彼女はそのまま目の前までやってくると、
「昨日はありがとうございました!聴いてくださったの初めてでしたよね……?途中で帰っちゃったからちょっと残念だったんですけど……あ、すみません、ご用事とかありますもんね。とにかくお礼を言いたかったんです!」
なんと昨日のアイドルその人だった。まさかこんな展開が来るとは??
「え、あ、あう……」
まずい!こっちの世界に来てからろくに他人と話していなかった!ギルドの受付嬢に「……草むしりで」とクエストを指定する時くらいだ!
「あ、あはは、突然話しかけちゃってごめんなさい……びっくりしましたよね……」
彼女はあからさまに困った顔をしてたははと笑っている。やはり感情が如実に表情に出ていて面白い。
そして俺はこんなにきょどっていてはいけない。彼女はなぜだか分からないが自分を認知し、話しかけてきてくれたのだ。とにかく会話を成立させなければ!
「ナンデ、オレー(何で、僕なんかにお礼を?)」
「あ、あのですね、なんか私の歌を聴いてくれていた時なんですけど、なんか上手く言えないんですけど……」
彼女はやや照れたように俯いたが、すくっと顔をあげて、タクトの目を真っ直ぐに見ると満面の笑みを見せた。
「すっっっごく!優しいお顔で観てくれていたので!!勇気をもらえました!ありがとうございました!!!」
あ!もうだめだ!そんなことを言われると!
「それでは!またここで時々歌いますので!ぜひ聴いてくださいね!」
踵を返し駆け出そうとする少女。
タクトは気付けば腹から声を出していた。
「待ってください!」
「は、はい!」
少女はびっくりした顔で振り返り立ち止まる。
タクトは異世界転生以来一番凛々しい顔、雄々しい声で言い放った。
「俺に!あなたを!推させてくださいっっっ!!!」
タクトの目の前、少女の頭上に、一気に青い大空が広がった。