1.「わたし、妊娠しました!!」
「わたし、妊娠しました!!」
さっきまで熱気に包まれていたライブハウスが、水を打ったようにしんとなる。
所狭しと並んだオタクたちの瞳孔が開き、腕はだらりと垂れ下がり、ペンライトが床にバラバラと落ちていく。
「なので、このわたし、緩見葛葉は・・・・・・ゆらめきメモリーズを卒業します!!」
全身全霊をかけて推していた地下アイドルの宣言を、あろうことか拓人は最前列のどまん中で浴びてしまった。
ゆらめきメモリーズ、通称「ゆらめも」不動のセンター「くずにゃん」こと緩見葛葉は、なんと妊娠したらいい。
グループ発足時から文字通りすべての現場に参加しくずにゃん一筋、「睡眠」「食事」「大学の講義」以外の時間をすべてお金に換え(もちろん健全なバイトで)てつぎ込み、いつしか誰もが認めるくずにゃんトップオタとなった奥山拓人、21歳。
現在就活中の彼は、社会人になってからも全現場に参加する時間を確保しつつ今まで以上のお布施することを第一目標としており、1年で投資家のプロになるため外資系投資銀行を志望、ようやく1行目の内定が出たところであった。
その病的な献身性から、くずにゃんからも当然認知されており、居酒屋でのファンミーティングでは毎度くずにゃんの隣の席は必ず拓人であった。
なのに。
「くずニャンが・・・・・・妊娠・・・・・・??」
そこからは何も覚えていない。
生きる意味全てを失った拓人は、遮断機が降りかけていることに気付かぬまま、踏切内に侵入していた。
そしてパアーと鳴る汽笛とピカっと光るヘッドライトを全身に受けながら、気づけば拓人は宙に舞っていた。