4.楽しい?
後半戦が始まって1分経過。私は今、椿さんの動きについていくのに必死だ。
「……っ、はっ、まだまだぁ!」
前半戦と同じように回避を続けるだけでは勝てないと判断。後半戦は私も座席から立ち上がり、共有率を70%まで上げて、私自身が椿さんの動きになるべく連動することで、より高度で細かな動きと思考共有を実現させた。
代わりにスタミナの減りは早くなるけど、早めに決着をつけるつもりだ。
「引き付けてっ、避ける……もう一回っ」
叩き斬ろうとしてくる騎士型の剣を、日本刀を模した侍型の刀でまともに受けるのは悪手だから、ひたすら避けつづけて機会を待つ。
そうして、冷房が効いているはずの部屋で自分の汗が床に落ちはじめた時、待っていた機会がきた。
「下がって……かわして……」
ずっと待っていた力強い大振り。その機会を見逃さず、騎士型の重心を引き付けるようにギリギリのタイミングで下がり、前のめりにさせる。
そしてその勢いと自身の鎧の重みで騎士型の頭が下を向いた瞬間、こちらは半回転するように身体の向きを変えて、背後から見下ろすように狙いを定める。
刀を振り下ろすのは、頭の装備と胴体の鎧の間に出来る僅かな隙間だ。
「……ここっ!」
寸分の狂いなく椿さんの刀が下ろされたと同時に、ゴトリという鈍い音と共に騎士型の首が落ちた。
『そ……そこまで! 後半戦終了』
会場に終了のアナウンスが流れる。マイクには審判が息を呑む音が入ったのが分かる程、観覧席はシンと静まり返っている。
『勝者。弥生貴花と、ロボディア侍型弥生椿!』
それまで静寂に包まれていた観覧席から、一斉に歓声と拍手が沸き起こった。
勝てたんだ。勝ったんだ、私達。
「二人ともおめでとう!」
「わっ。メリーちゃん」
ボーッとしたまま、表彰式を終えて帰りの準備をしていると、メリーちゃんがぎゅっと飛びついてきた。
「ずっと観てたわ。やるじゃないの」
「へへ。うん、なんとか。ありがとう」
少し照れくささを感じながら、お礼を言ってふと気付く。
「あ、ごめん。私汗臭いかも。後半戦は共有率を上げて汗だくだったから」
今はもう乾いているけれど、さっきまで汗びっしょりだったのだ。抱きつくほど私に近付かない方が良いと思う。
「なるほど。それで、前半よりも動きが細かくなったのですね」
臭うかもと慌ててメリーちゃんから距離を取っていると、右横から低い声で誰かが会話に参加してきた。
「ぎゃっ! デュラハン!?」
声がした方を見れば、そこにいたのは小脇に自らの頭を抱えた騎士型ロボディアだった。
「ははっ。デュラハンって。僕のロボディアをこうしたのは君達だよ?」
「あら、アルフレッド」
「どうも。君、メリーの友達だったんだね」
騎士型の後ろから笑いながら出てきたのは、決勝の対戦相手だった。アルフレッドと呼ばれた彼は、メリーちゃんと親しげに話している。
「メリーちゃんの知り合いなの?」
「私のいとこよ。ほら、同じ青い瞳でしょ」
確かに同じ綺麗な青い瞳だ。さっきは決勝前で緊張していて、瞳の色にまで気が回らなかった。
「アルフレッド=ノリスです。よろしく。それと、優勝おめでとう」
「あっ。ありがとうございます。弥生貴花です。えっとアルフレッドさん?」
「ああ。呼び捨てでいいよ」
気軽に接して、とアルフレッドは優しく微笑んだかと思えば、ずいっと近付いてきてお願いするように両手を合わせた。
「ね。それでさ、もう少し近くで君のロボディアを見てもいい?」
「ちょっとアルフレッド。知り合ったばかりでしょう。いきなり迫る男は嫌われるわよ」
私があわあわしていると、メリーちゃんが間に入り助け舟を出してくれた。
「ごめん。でも侍型の女性型なんて、そうそうお目にかかれないからさ」
「全く、相変わらずね。貴花、断ってもいいのよ。アルフレッドは、ロボディアヲタクなだけだから」
メリーちゃんの態度を見る限り、アルフレッドは本当にロボディアが好きなだけなのだろう。侍型にも好感をもってくれているみたいだし。
「大丈夫だよ。椿さんもいいかな?」
「はい。どうぞ、アルフレッド様」
私と椿さんが許可すると、アルフレッドはかけ足で近付き鑑賞し始めた。
落ち着いた第一印象だったけど、今は目を輝かせて無邪気に椿さんの周りを回っている。ベタベタ勝手に触らない様子は更に好感がもてる。
「でも、よく鎧のわずかな隙間を狙おうと思ったね」
鑑賞タイムに満足したのか、アルフレッドは椿さんにお礼を言った後、こちらに話し掛けてきた。
「それは、硬い鎧の打開策が他に思いつかなくて」
「鎧で覆いきらなかったのがこちらの敗因か。まあでも全身鎧ってのも、現実的じゃないからなあ」
アルフレッドはポリポリと頭を掻いた。隙間なく全身鎧で防御していれば強いだろうけど、機動力と重さの問題が出てくるはず。確かにそれは現実的じゃない。
「まあ、まずは頭を繋ぎ直してから考えるしかないか」
「あ、その、ごめん。大事なロボディアを……」
私は反射的に謝った。戦闘競技だから仕方がないとはいえ、大事なロボディアの頭を切り落としたのだ。
そう思って頭を下げた後、アルフレッドをちらりと見ると、キョトンとした顔で頭上にはてなを浮かべていた。
「別に謝らなくていいのに。決勝前、本気を出さないのかって質問したでしょ。あれって首を落とさないのかって意味だったんだよ。そもそも、傷や破損は戦闘には付き物なんだし」
「……でも、あまり気分の良いものじゃないかなって」
私も正直そう思うけれど、過去に言われた陰口が思い起こされて、少し怖い。また言われたら、心の中で思っていたらと考えると不安になる。
「そういう人もいるかもしれないけど、僕は本当に全然。大事なデータはバックアップしておくのが常識だからその点は心配ないし。それに、パーツは破損しても直したり強化できるのが、ロボディアの魅力だからさ」
アルフレッドはそう言うと、不意に騎士型から頭を受け取ってこちらへ向けた。
「それより僕は、この断面図にロマンを感じるね。ほらこの切り口。君の侍型が、ぶれなく真っ直ぐ切り落としたことが分かる。はあ、すごいよ。侍型を旧型だって蔑む人もいるけどさ、全くわかっていないよね。こんなに美しい太刀捌きは他に無いのに」
まるで美術品でも鑑賞するかのように、騎士型の頭を眺めながら語る姿に、私は思わず吹き出した。
最初は私に気を遣って建前で話しているのかと思ったけれど、どうやら違うみたい。
「メリーちゃんのいとこって面白い人だね」
「はあ。私はもう見飽きたわよ」
騎士型はアルフレッドの語りに相槌を打ち、メリーちゃんは呆れたようにため息をついているけど、私の心のつかえはこの瞬間にやっと消え去った感じがした。
「案外、私あの陰口気にしてたんだな」
昨日の夜、椿さんにもう陰口は気にしていないなんて強がったけど、今やっとすっきりした。
「貴花」
「ん? どうしたの、椿さん」
「今日は楽しかったですか」
「……うん。やっぱり楽しいね。ロボディア戦闘!」
「それは良かった」
「バンダナコミック 縦スクロールマンガ原作大賞~メカ・ロボット篇」に応募中。一旦こちらで完結です(連載再開の可能性アリです)