80・浄化作戦 中編
「何があったのだ!」
額にびっしりと汗を垂らした蛍のケツが崩れ落ちている私の所へ駆け寄ってきた。
先に着いていたであろう聖王国の騎士達はナバス皇帝を囲っている。
ナバス帝国の兵士達はどうしていいか分からず、只々呆然と見ているだけだった。
「アッシュ君が…刺されて…湖に…」
止めどなく涙が流れ、はぁはぁと呼吸が激しく、うまく話せない…
「過呼吸か…マリア嬢、ゆっくり息をするんだ。後は私達に任せてくれ」
「マリア!?」
「マリアちゃん!!」
息を切らした2人が見え、縋るように2人に手を伸ばす。(アッシュ君を助けて)そう言いたくても上手く声が出せない…
『お母様、落ち着いて下さい』
『父様は、生きています。ただ…』
胸元から白とシェイロンが現れ、巨大化すると私達を護るように包み込み、そっと私にキスをしてくれた。
すると、嘘のように呼吸が落ち着きを取り戻した。
「アッシュ君が生きているってどうゆうこと?無事なの?」
『無事… とは言い切れませんが、生きてはいます。そして、父様を助けられるのは母様だけなのです』
助けられるのは私だけ…
アッシュ君の為ならなんだってやってやる!
白とシェイロンの隙間からナバス皇帝が見えた。遅れてきたヤルトガに拘束されていた。
「何故貴方がここにいるのです?」
「あの悪魔が生きていたのだぞ?殺さなくてはならないではないか。その役目を果たしただけだ」
「あの方は聖女様の婚約者ですよ?正気の沙汰とは思えません…貴方はそこまで落ちてしまったのか…」
「っ一一うるさいっ!私は皇帝だ!私に逆らうとは…くっ…私は皇帝だぞ!離せ一一一っ」
ヤルトガは指で兵士に指示を出すと、皇帝は自国の兵士達に拘束された。
「我々の国では、聖女様に背くことは大罪になります。これは皇族であろうと絶対なのです。初代聖女様に国を助けていただいた時から変わらず守ってきたしきたりなのです。聖女様、誠に申し訳ありません…」
ヤルトガを始め、帝国兵士もこちらに向き深々と頭を下げた。
悪いのは皇帝だけだと心では分かっているけれど、素直に「貴方達に罪はありません」と言えなかった…
こんな私を聖女だと勘違いしているだなんて…
『来ます』
白が向く方に目線を向けると、真っ黒な魔の穢れが渦を巻き、ひととこに集まり球を作り出した。それが宙に浮く…
「何だ、あれは…」
校門野郎がぼそっと呟く…
皆の視線が浮いた球に注がれると同時に球の中に人影が。
「あれは…アッシュなのか?」
蛍のケツが目を凝らして確認しているが、間違いない。あれはアッシュ君だ。
魔の穢れが刺されたと思われる場所から体の中に吸収されていくのが分かる。
一体何が起きているのだろう。
「見ろ!はっ、やはりあいつは悪魔だったのだ。母上の言っていた事は間違いでは無いことがこれで証明できたであろう?」
狂ったように目を見開き、騒ぎ出す皇帝と何が起きているのか見当もつかない面持ちの兵士達。皆、ぽかんとただただ見ているしか出来ないでいた…
どのくらいの時が経ったのだろう…
アッシュ君を囲っていた水球が本来の色を取り戻し、弾け飛んだ。
中から出てきたアッシュ君がゆっくりと目を開ける。その瞳は本来の黒い色に赤みがさした美しい色をしていて、私は吸い込まれる様に魅入ってしまっていた。
だが、その視線は私達を見下す様な荒んだものであった…
「アッシュ君?」
その問いに返事は無かった…




