72・どうやら勘違いをしていたようです
「初恋… 私なぞにも覚えがあります」
紅茶を注ぎながら遠い目をしたレートが語り始めた。
その話はもう止めてくれ…
隣に座るアッシュ君の腕と私の腕が触れている部分が熱い。
その熱が全身に回り始めているような気がする。
「かつて遠い昔、私も初恋なぞを経験しました。相手はレートの母親だった女です。彼女は美しく、自由な人だった。コロコロ変わる表情、喜怒哀楽な性格、いつしか目が離せなくなり、笑う彼女に恋なぞをしました。どうにか彼女と結婚でき、ナッツェが産まれました。私は子供の為一生懸命働きました。この教会なぞで地位を上げ、妻や子供に楽なぞをさせてやりたい。人々が幸せであれば自ずと妻たちも幸せになれる、そう思ったのです。しかし現実は違った…妻は自由な人…解っていた筈なぞに…育児には向いていなかったのです。彼女は私と小さなナッツェを捨て、若い男なぞと駆け落ちしました。ナッツェは母親を覚えていない、そんな年に彼女は可愛いナッツェを捨てたのです。だから私は可哀想なナッツェを大切に大切に育て上げました。私なぞのせい…でナッツェは母親がいないのですから…」
だからナッツは我儘なのか…
可哀想だとは思うけど…
「教会で働き始めたナッツェは真面目なぞにしっかり働いているそう思った矢先、私は部下たちが話していたナッツェなぞの評価を聞いてしまったのです。我儘で傲慢だと…耳を疑いました、ナッツェは私の前なぞではとても良い子だったからです。ナッツェの評価をこれ以上下げさせない為に苦渋の選択なぞでしたが聖王国へ行かせました。立派に成長するようにと…そしてナッツェは見事この計画なぞを成し遂げた。しかも聖女様から好意を抱かれてる。私はビッグチャンスなぞが訪れたと思いました、これでナッツェの将来は安泰だと…」
「私はナッツ先輩の事は何とも…」
「解っております。息子なぞの勘違い、もしくは思い込みなぞだったのでしょう…本当に聖女様と婚約者殿には申し訳ない事をしました…」
成る程、全ての原因はナッツの報連相が上手くいっていなかったって事か。
「パパッ!」
「ナッツェ!いつから起きていたのだ」
「パパが初恋の話をし出した辺りから起きていました。僕は母親が居なくてもパパさえ居れば幸せです。可哀そうなんかじゃないっ!早く皆に認められたくて…パパに近付きたくて…皆が傅くのはパパのお陰なのにいつしか自分が優秀だからと傲慢になってしまっていた」
「ナッツェ…」
「皆に謝りたい!エルマミヤにも!こうしちゃいられない!直ぐに謝りに…」
「ナッツェ待て!パパなぞも行く」
2人は急に立ち上がりドアへと駆け始めた。
「あっ!待っ…」
遅かったか…
まだ、防護魔法を解除していない。2人はドア寸前で思い切り、見えない壁に突っ込み2人で派手に転んでしまった。
やれやれっ
2人を起こすと回復魔法を掛けてやった。ナッツがお礼と共に私の手を握ろうとしてアッシュ君にアイアンクローを食らっていた。
「先輩、反省していないのですか?私のマリアに触れるなと言ったはずだが?」と笑顔で牽制していてかっこよかった。
ちょっと2人には落ち着いてもらい、改めて明日大司祭とマカダミア親子とエマ姉弟で話し合いをする事になった。
多分これで解決すると思う…
レートの初恋の話を聞いてからアッシュ君の様子が少しおかしいような気がする…
ぎゅっと強く握られた手がそれを物語っている気がした…




