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幻想的な夜空の下、青い光の柱を目指して空を飛ぶドラゴンとゴーストと紫色の光達②

「はぁ……じゃあ今度こそ続きを再生するから黙って見ていなさいよ?」


 エウリュディーナは勇者一行に向かってそう注意してから、過去の記憶の中で時が止まっているかのように空中で静止している、青く光る巨大な光の柱に向かって空を飛んでいるドラゴン姿のハミュエルと、その横を並行して飛んでいる、遥か大昔の前世の自分である幽霊(ゴースト)になってしまったペチュニアがいるほうに体の正面を向けて左手に持っていた水晶玉を(かざ)し、水晶スキルを行使する。


 すると、一時停止していた過去の記憶が再び少し巻き戻ってから再生された。


 ──永久ではないよ。ただ僕がカイザーを食べてしまったことで、この世界の神様が奴に与えた力が僕達に分散される形で宿ってしまったみたいなんだ。それでその力が、邪神様が僕達に与えてくれたカイザーに復讐するための力と変に混ざってしまって僕達が暴走するようになってしまったらしいんだけど、その力は邪神様でも簡単に取り除くことができなくて解析にかなりの時間が必要みたいなんだ──


 ハミュエルのその言葉を聞いてペチュニアは絶望した表情から、ぱあっと明るい表情になって両手をパンと合わせながらこう言った。


 ──では、いつかは封印を解除してもらえるのですね! 解析にはどのくらいの時間が必要なのでしょうか? 邪神様は邪神でも神様には違いないのですから、きっと数年ほど我慢すれば解析も終わって封印を解除してもらうことができますよね!──


 自分達には邪神様がついていると言う希望があったので、ペチュニアはそう言ってハミュエルににっこりと微笑んだ。


 けれど、ハミュエルから返って来た言葉はペチュニアの希望を撃ち砕くものだった。


 ──数百年は掛かってしまうらしいんだ──

 ──えっ? そんな、嘘ですよねハミュエル様?──


 ──こんなことで嘘なんかつかないよ──

 ──そんな!? 邪神様なんですよね!? 仮にも神を名乗る存在なのですから、もっと早く解析できてもいいじゃないですか!? なんでそんな、す、数百年も掛かってしまうのですか!?──


 ──邪神様がね、試しに僕の中にいたカイザーの魂からこの世界の神様の力を取り除こうとしてみたんだ。そしたら、ね……──

 ──失敗しちゃったってことですか?──


 ハミュエルがその時のことを思い出して表情を暗くしたので、ペチュニアは失敗を悟ってそう聞いてみた。


 ──うん、失敗しちゃってカイザーの奴は今世の記憶だけでなく今までの前世の記憶全てが消えてしまったらしいんだ──


 ハミュエルから返って来た言葉を聞いてペチュニアは首を傾げる。


 ──それって何か問題があるのですか? 稀に前世の記憶を持ったまま生まれて来る人もいるみたいですけど、大抵の人は前世の記憶なんてなくても生きていけますよね?──

 ──僕もそう思って聞いてみたんだけど、前世の記憶がなくても培われた品性とか品格みたいなものは来世に引き継がれるから、人間達が何度も生まれ変わりを果たして積んで来た徳を消すような真似はしたくない、みたいなことをおっしゃっていたんだよ、邪神様は──


 ペチュニアは邪神様なのに、その考え方が邪神様っぽくないというギャップに思わず笑みが溢れ、笑ってしまう。


 ──うふふ。ハミュエル様のお話を聞いておりますと、そのお方は本当に邪神様なのですか? 邪神と言うより普通に神様のような気がするのですけれど?──

 ──うん、そこだけ聞くと善良な神様に聞こえるよね! でも、怒らせるとすっごく怖い神様なんだよ? うっかり怒らせてしまったら体に手を突っ込まれて心臓を鷲掴みされてしまってね。それで、こうニギニギと心臓を(もてあそ)ばれて……。いや〜あの時はさすがに生きた心地がしなかったよ──


 ハミュエルがドラゴンの左手でそこに何もないのに何かがあるかのように物を掴む仕草をして、それをニギニギと揉む動きをみせてから、その時のやらかしを反省するように「あはははは」と苦笑する。


 ──心臓を鷲掴み……。そういうこともなさるお方なのでしたら神様より邪神様の呼称のほうが合っているのかもしれませんね。それにしてもハミュエル様? いったいどのようなうっかりをなさって邪神様を怒らせてしまったのですか?──

 ──あー、うん。邪神様にその、感謝の言葉を言ったらね? 邪神様があざと可愛いポーズを取りながら僕に「どういたしまして、お兄ちゃん♪」って、にっこりと微笑んで来たからつい「邪神様は今何歳なのですか? お歳を考えてお歳相応の振る舞いをなさったほうが」と口を滑らせてしまったんだよ──


 ハミュエルのその言葉を聞いてペチュニアは少しばかり目を見開いて驚いたあと、ハミュエルにジト目を向けながら、どうしてデリカシーに欠けた質問を邪神様にしてしまったのか理由を尋ねてみた。


 ──それは邪神様がお怒りになるのも当然だと思います。ハミュエル様? どうして女性に年齢をお聞きになってしまわれたのですか? 普段のハミュエル様ならそのようなことなさらないですよね?──

 ──まあね? でも、邪神様のお姿がね、10歳ぐらいの女の子の姿をしてたんだよ──


 すると、ハミュエルから予想外の言葉が飛び出たので、ペチュニアは目をぱちくりと瞬かせながら、


 ──じゅ、10歳ぐらいの女の子の姿、ですか?──


 とハミュエルの言った言葉を復唱して、自分が聞いた言葉が間違っていないか確認をする。


 なぜそんなことをしたのか?


 それはペチュニアが邪神様のことを最初は『女神様が戯れに姿を偽っているだけではないのかしら?』と思って、たれ目でおっとりした感じの巨乳女神をイメージしていたのであるが、そのあとにハミュエルが邪神様に心臓を鷲掴みにされてしまったという話を聞いて、『他者を慈しむ面もあるけれど、サディスティックな面もある女性ならこんな感じかしら?』と邪神様のイメージがツリ目で妖艶な堕ちた巨乳女神の姿に修正されていたので、実際の邪神様が10歳ぐらいの女の子の姿をしているというのが信じられなかったからである。


 そして、そんな風に当惑しているペチュニアの表情を見てハミュエルが満足そうに頷きながら、ペチュニアの質問に答えていく。


 ──うん。だから、どうしてもお歳が気になってしまってね? もし、もの凄くお歳を召されているのに幼女みたいな言動をしていたら周りから痛々しい目で見られてしまうから、それはよろしくないと思ってつい聞いてしまったんだよ。邪神様には大恩があるから少しでも恩を返せればと思ってね──


 それを聞いてペチュニアは思った。


 ハミュエル様はかつて公爵令息でしたし、王家に叛逆する直前までは公爵家のご当主様でしたから、そうお思いになるのも仕方がないことなのかもしれませんけれど、それはやっぱり悪手と言わざるを得ませんわ!


 きっと邪神様は凄いお歳を召されているからこそ、若かりし頃の姿に憧れて幼女の姿をなさっているに違いありません!


 幼女のような言動も、邪神様が一生懸命頑張って若造りしていらっしゃるんです!


 なのに、敏感なそこを突いて刺激してしまうなんてハミュエル様は命が惜しくないのですか!?


 ペチュニアはハミュエルよりもかなり不敬なことを考えているのであるが、本人は至って大真面目だった。


 ペチュニアはハミュエルが邪神様にこれ以上不敬なことをして殺されてしまうことのないように、もの凄く真剣な表情でハミュエルにお説教を開始する。


 もちろん自分の憶測をそのまま言ってハミュエルが邪神様にまた失礼な質問をしてしまったら大変なので、邪神様が幼女の姿をしているのは自然なことなんだとハミュエルに勘違いさせるべく、ペチュニアはハミュエルの思考誘導を試みる。


 ──ハミュエル様、それでも女性に年齢をお聞きになっては駄目ですよ。女性はいつまでも心は若いままでいたいんです。それにひょっとしたら邪神様は、100歳まで心身ともに幼女として生きるエルフの亜種みたいな存在で、1,000歳まで幼女としてお過ごしになる存在なのかもしれないじゃないですか?──


 ペチュニアのその言葉を聞いてハミュエルがハッとした表情を浮かべ、ペチュニアの慧眼(けいがん)に恐れ入ったかのように、ペチュニアに賛辞の言葉を送る。


 ──さすがペチュニアだね。言われるまでそういう可能性があったことに思い至らなかったよ──


 それを聞いてペチュニアは『思考の誘導に上手くいきましたわ♪』と胸を撫でおろし、けれど、表情は澄まし顔でハミュエルに次のような提案をする。


 ──次に邪神様とお会いになる機会がありましたら、改めて謝罪なさってくださいねハミュエル様?──

 ──ああ、もちろんだよ。大変失礼なことをしてしまったみたいだからね──


 ──まったくです。私ちょっとがっかりしちゃいました──

 ──あはは……返す言葉がないね。どうしたら機嫌を直してくれるかな?──


 ハミュエルのその言葉を聞いてペチュニアの心は一気に色めき立った。


 ──じゃ、じゃあ、ダンジョンの最下層に行ったら色んなお話を聞かせてください!──

 ──色んなお話って例えばどんなことだい?──


 ──メアリーお義姉(ねえ)様がハミュエル様の専属侍女として仕えるようになってからの出来事を全て聞きたいです♪──

 ──え、えっと、ペチュニア? 僕には意味がよく分からないのだけど、もう少し何を聞きたいのか具体的に教えてくれるかな?──


 ハミュエルは内心しまったと思っていた。目をキラキラと輝かせながら幽霊(ゴースト)なのに頬もしっかりと上気させているペチュニアを見て、ハミュエルのドラゴン頭にダラダラと大量に冷や汗が流れ始める。


 そんなハミュエルに向かってペチュニアがご機嫌な笑顔でこう言った。


 ──もう仕方ないですねー、ハミュエル様は。メアリーお義姉(ねえ)様の失敗談とか、メアリーお義姉(ねえ)様の大活躍とか色々あるじゃないですかー♪──

 ──ああ、そういう話で良いんだね!──


 ハミュエルは、酔っ払ったメアリーが僕に絡んで来た時のような話をペチュニアが所望して来るんじゃないかと戦々恐々の思いで身構えていたのであるが、そうではなかったらしいと安堵し、ほっと安心した表情でそんな言葉を口にする。


 けれど、その表情はペチュニアの次の言葉ですぐに崩されることになった。


 ──もちろん1番聞きたいのはメアリーお義姉(ねえ)様の想いに気付いたハミュエル様が、メアリーお義姉(ねえ)様のどんな仕草やどんな行動を目にした時に胸がドキドキするようになってしまったか、ですね!──

 ──えっ!?──


 ハミュエルは驚き絶句する。


 そして、大きく目を見開いたまま愕然とペチュニアを見やっていると、ペチュニアが「追い討ちです♪」と言わんばかりにこんな追撃を加えて来た。

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