≪はい≫のところ押してみようっと♪
「えっと称号は……≪ガチャをする者≫? ガチャって何だろう?」
「どうだったナユタ? 称号には何て書いてあった? ま、まさか大賢者や大魔法使いみたいな称号が書いてあったとか言わないよな!?」
「このお馬鹿!? そんなこと聞いて私のナユくんの称号がそれになっちゃったらどうするのよ!? ナユくんはまだ9歳なのよ!? 魔王討伐に行かないといけなくなっちゃったらどうするのよ!?」
スパコーンと後ろからアルトの後頭部を手でしばくルーナ。
それを見てナユタが慌ててアルトのフォローに走る。
「だ、大丈夫だよルーナお姉ちゃん! 僕の称号は大賢者でも大魔法使いでもなくて≪ガチャをする者≫だったから!」
「ナユくん、それ本当!? 本当に大賢者でも大魔法使いでもなかったの?」
「うん、本当だよルーナお姉ちゃん! 僕の称号は≪ガチャをする者≫って書いてあったから!」
「ガチャって何だ? ルーナ知ってるか?」
「私が知ってるわけないでしょ? とりあえずスキルを使ってみれば何か分かるんじゃないかしら? ナユくん、板のスキルの欄にはなんて書いてあるの?」
ルーナに聞かれ、ナユタは黒い板を確認する。
「えっとねー、≪1連ガチャ≫と≪10蓮ガチャ≫って書いてあるよ?」
「またガチャか……。ガチャって何だよ?」
「火の玉を1発出すか同時に10発出すか、みたいな感じのスキルなのかしら? ナユくん、板の≪1連ガチャ≫の文字の所を指で触ったら詳しい説明が出て来たりしない?」
ナユタはルーナに言われた通り、黒い板の金色の文字列に触れてみる。
「あっ、≪1時間毎に1枚貯まるチケットを1枚消費して何かを1つ召喚できる≫って文章が出て来たよ!」
「……ナユくん、≪10蓮ガチャ≫の文字の方も調べてみてくれる?」
「えっとねー、こっちには≪1時間毎に1枚貯まるチケットを10枚消費して何かを10個召喚できる≫って文章が出て来たよ! ガチャって召喚ができるスキルなんだね! でも、どうやって召喚するのかな? チケットを消費してって書いてあるけど……」
ナユタは眼前に浮かんでいる黒い板、正式名称は魂の黒板と言うのであるが、それに記されている金色の文字列をタッチしたりなぞったりし始めた。それを横目に、ルーナとアルトは2人で内緒話をし始める。
「ね、ねぇアルト? ナユくんの称号って勇者や大聖女と比べても遜色ないぐらいヤバい称号のような気がするんだけど、私の気のせいかな?」
「いや、俺もヤバい称号なんじゃないかって思ってる。俺達の称号がバレてもナユタの称号だけは隠しておかないといけないぐらいに……」
「やっぱりそう思うよね? じゃあ、ナユくんの称号のことは私達が王都に行くはめになったとしても絶対隠し通そうね? 約束よ?」
「ああ、約束だ。まだ9歳のナユタを魔王討伐に連れていくことなんて絶対にできないからな」
ルーナとアルトの2人は自分達の称号がバレて魔王を討伐するために王都に行くことになっても決してナユタの称号について誰かにバラしたりしないことを固く心に誓ったのであった。
「あっ、≪10蓮ガチャ≫の文字の所にずっと指を当ててたら『10蓮ガチャは初回だけチケット消費なしでガチャできます。10蓮ガチャしますか? ≪はい≫or≪いいえ≫ 』って文字が出て来たよ! ≪はい≫のところ押してみようっと♪」
「ちょ!? ナユくん待って!? 押しちゃダメー!?」
ルーナが慌てて止めに入るが、時すでに遅く、
「えぃ♪」
とナユタが≪はい≫にタッチしてしまう。
すると、洞窟の地面に魔法陣が浮かび上がった。
「うわぁ〜♪ 何が出て来るのかな♪ 何が出て来るのかな♪」
「押しちゃダメって言ったのにー! でもでも、あぁ〜ん、わくわくしてるナユくんが可愛いくて堪らないよぉおお!!」
「やべぇ!? なんか魔法陣から虹色の光が!? うっ!?」
魔法陣から放たれる虹色の光に目が眩みそうになった3人は手で目を覆う。
けれど、光はすぐに収まったみたいなので手を下ろして再び魔法陣に目を向ける。
すると、魔法陣の上に豪華な赤い宝箱が出現していたので、自分達の称号が今後引き起こすであろう面倒事にどう対処していくかの話し合いをしようとしていたルーナとアルトの2人も目の前の前代未聞な出来事にそれはもう興奮し、ナユタと一緒になって宝箱の前へと殺到した。
「な、中に何が入ってるのかな?」
「こんな見た目豪華な宝箱なんだから、すっげー武器とか入ってるんじゃないか!? 早く開けてみようぜ!」
「ナユくん、良いものが入ってると良いね♪」
ドキドキわくわくしながら3人が宝箱のふたを開けると、中には丸くなって眠っている黒猫の姿があった。
「えっ、なんで宝箱の中に猫ちゃんが……」
「きゃー♪ 可愛い可愛いー♪ ナユくん、ナユくん! この子お姉ちゃん抱っこしても良いかな!? 良いよね!?」
「にゃ!?」
ルーナの興奮する声を聞いて身の危険を感じたのか、眠っていたはずの黒猫が飛び起きて宝箱の中から飛び出した。
そして、そのまま洞窟の外に向かって一直線に逃げていく。
「あぁ!? 猫ちゃんがー!?」
「逃げちゃったな」
「うん、逃げちゃったね……。ルーナお姉ちゃんが大声出して眠ってる猫ちゃんをびっくりさせるから……」
ナユタにジト目を向けられてルーナが狼狽える。
「だ、だってだって、お姉ちゃんすっごく抱っこしたかったんだもん!」
「おっ、宝箱の中に武器も入ってるじゃん? これは……鞘付きの、刀? ナユタ良かったな! ちゃんと武器も入ってたぞ! しかもなんか軽いから、これならナユタの腕力でも使えるんじゃないか?」
「ほんと!? アルトお兄ちゃん!?」
ナユタはルーナからアルトへと顔を向けて目を輝かせる。
そんなナユタに向かってアルトは刀を手渡しながら太鼓判を押した。
「ほんとほんと。良かったな!」
「うん!」
「良くないよ! 猫ちゃんがー!」
「「…………」」
涙目になって、ぐすんぐすんと泣いているルーナにアルトとナユタは一瞬無言になる。
けれど、すぐにアルトが口を開いてなんとかルーナを泣き止ませようと、
「そ、そのうち戻って来るんじゃないか? ほら、ナユタのスキルで出て来たんだから、あの猫ってナユタの使い魔になるわけだろ? なら、待ってればご主人様であるナユタの所に戻って来るって! そうだよな、ナユタ!」
と適当なことを言い出したので、いきなり話を振られたナユタが悲鳴を上げる。
「えー!? そんなこと僕に言われても分かんないよ、アルトお兄ちゃん!?」
「馬鹿!? そこはとりあえず『うん!』って頷いておく所だろ!?」
「えー!?」
ナユタの兄貴分・アルトはルーナお姉ちゃんと一緒でちょっと理不尽な時があるので、ナユタは不満の声を上げた。
けれど、アルトの発言にルーナが希望を見出してしまい、
「ナユくんが猫ちゃんのご主人様? な、なら、ナユくんが呼べば戻って来てくれるかも!? ナユくぅ〜ん、猫ちゃんに戻って来てってお願いしてみてぇ〜! ダメ元でいいからぁ〜! ねっ? お願いだよぉ〜」
とナユタの肩に両手を置いて、びえ〜んと泣きながらナユタの体をユッサユッサと揺さぶり始めてしまったので、『こうなったらルーナお姉ちゃんのお願いを聞いてあげないとずっと続いちゃう』と経験上わかっていたナユタは黒猫が戻って来てくれるか怪しかったけど、ルーナのお願いを聞いてあげることにした。
ナユタはお姉ちゃん思いの優しい男の子なのである。
「ル、ルーナお姉ちゃん、分かったから揺らさないで!? 今呼んでみるから〜!?」
「本当!? じゃあ、早くお願いね♪」
ルーナがあっという間に泣き止んで、にこにこと笑顔になったので、その笑顔が逆にプレッシャーとなってナユタの肩に重くのし掛かる。
『これで名前を呼んでも猫ちゃんが来なかったらどうしよう?』とナユタはちょっと憂鬱になったが、呼び掛けないという選択肢は取れなかったので、どこにいるか分からない、側にいるのかも分からない黒猫に呼び掛けてみた。
「う、うん。ね、猫ちゃ〜ん! 戻って来て〜!」
シーン……。
けれど、ナユタが頑張って大きな声を出して呼び掛けても黒猫ちゃんは戻って来なかったのであった……。