表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/84

月が耀く夜空の下、村は赤々と燃え、青い光達が宙を舞う〜想いを胸に〜

「魔物達に襲撃されたように見せ掛けるため、火を放ったのじゃな……ロキウスの奴め……」


 瑠璃は地面へと着地し、村の広場を目指して歩いていく。


(むご)いことを……。このように死者の亡骸(なきがら)冒涜(ぼうとく)するとは、まさに鬼畜(きちく)の所業じゃな……」


 瑠璃は通りの至る所で、大型の魔物に殺されたかのように激しく体が損壊している村人達の死体を目にして顔を(しか)める。


「じゃが、『痛みを感じぬよう眠らせて安らかな死を』などとぬかしておったことに(いつわ)りはなかったようじゃな……。死んでおる者達は誰も彼もが苦痛の表情を浮かべておらんようじゃ……。それがせめてもの救、っ!? お、お主達、どうしてそのような顔を!?」


 瑠璃は、じゃがバター屋が近くにある通りで4匹の猫達が激痛を味わったような表情を浮かべて息絶えている姿を見て激しく動揺した。


「ロキウスの奴が使った眠りの魔法は人間にしか効かんかったとゆうことか……。お主達はアイルロ達を守ろうと、いや仇を討とうと頑張ったのじゃな……」


 瑠璃は猫達の後方、じゃがバター屋の前で無惨な姿になっているアイルロとジャガーの姿が目に入ってそう思った。


「痛かったじゃろう……無念じゃったろう……。いつか必ず、わらわが皆の仇を取ってやるからな……」


 瑠璃は4匹の猫達の見開いた目を閉じ、その場から立ち去っていく。


 そして、村の広場に辿り着き、数ある死体の中からアルトの両親であるフランクとイリーネの損壊している遺体を発見した。


「お主達にはよくしてもらったのじゃ。なのに、仇を取ることもできず、お主達の大事なアルトとルーナも連れ去られてしまって本当にすまぬのじゃ。お主達の遺体を丁重に埋めて墓を作ってやりたいところなのじゃが、それをすると、この村が魔物達に襲撃されて全滅したことにしたいロキウスの思惑を損ねることになるやもしれんから迂闊(うかつ)なことはできぬのじゃ。このまま捨て置くことを許して欲しいのじゃ……」


 瑠璃はそう言って2人に詫びると、広場にある物見櫓(ものみやぐら)の屋根の上へと跳躍する。


「はぁ……疫病を流行(はや)らせないために、あっという間に遺体を焼いて骨へと変えることができる火葬魔法・極みなんぞ、わらわが使うことはまずないと思うておったのじゃが、こうして使う時がやって来ようとはな……。ふぅ……」


 瑠璃は呪文を唱え、火葬魔法・極みを発動した。


 元々ケルネッティア村では魔物達の襲撃があったように見せ掛けるために破壊されてしまった沢山の家屋が、ロキウス将軍達が放った火によってメラメラと燃えて夜空を赤く染めていたのであるが、瑠璃が魔法を発動させたことによって村にあった全ての遺体が発火し、さらに夜空を赤く染め上げた。


 けれど、それもほんの数秒のこと。


 遺体は発火後すぐに燃え尽きて骨と化した。


 すると、遺体があった場所から、ふわり、ふわりと青い光が浮かび上がる。


 もちろんそれらの青い光達は、ロキウス達に眠らされて殺されてしまった村人達の魂であった。


非業(ひごう)の死を()げた者達よ、お主達は何故(なにゆえ)自分達が死んでしまったのか分からのうて困惑しておるじゃろう。つい先程まで皆、勇者と大聖女がこの村から現れたことを祝っておったのじゃからな……」


 瑠璃は広場にある物見櫓(ものみやぐら)の屋根の上から地上で唖然(あぜん)とする者、困惑し狼狽(うろた)える者、放心して動けない者、傷心し悲泣(ひきゅう)する者、悲嘆(ひたん)にくれる者、悲憤(ひふん)(なげ)く者などを見下ろしながら言葉を紡いでいく。


「お主達は今日やって来たロキウス将軍達によって殺されてしまったのじゃ。お主達が、魔王が作ったダンジョンから出て来た魔物達に殺されてしまったことにして勇者と大聖女であるアルトとルーナに復讐心を持たせるためにな」


 その言葉を聞いて地上にいた大勢の青く光る人の姿をした魂達が憤慨(ふんがい)(あら)わにした。


 地面にペタンと座り込む者、地面に崩れ落ち泣き始める者、夫にしがみついてその胸の中で泣き始める者もいた。


 瑠璃は彼ら彼女らに向かって語り掛け続ける。


「今は人間の姿をしておるが、わらわは最近ナユタ達と行動を共にしておった黒猫じゃ。わらわはご主人様であるナユタのために、連れ去られたルーナとアルトをロキウス将軍の手から取り戻してやりたいと思うておる。じゃが、あの陰険優男(やさおとこ)はルーナとアルトをナユタに近付けたらナユタが衰弱死する呪いを掛けおった」


 その言葉を聞いて俯き泣いていた村人達の魂が顔を上げ、驚愕の表情を見せた。


 憤慨していた魂達はさらに激怒した。


「しかも、抜け目のないあやつは自分が殺されてもナユタが死ぬ呪いを掛けておったのじゃ。だから隙を見て奴の寝首を掻くこともできなくて八方塞がりなのじゃ。困ったことにな。じゃが、わらわはふと思ったのじゃ。ロキウスの目的である魔王を倒せばナユタの呪いは解呪されるのではないかと」


 その言葉を聞いて『希望はまだ残されているのか(のね)!?』と地上にいた魂達の表情が明るくなる。


「これは人から聞いた話なのじゃが、通常、解呪条件のない強力な呪いというものは、例えば自身の寿命や目玉に臓腑、視力や聴覚などといった人間が生きていく上で大事なものを供物(くもつ)として捧げなければ相手に掛けられないものらしいのじゃ。魔王を倒すことに尋常ならざる執念を燃やしておるあやつが魔王との戦いで自身の動きを阻害するそのような手段を取ると思うか? 思わんじゃろう? じゃから、わらわは魔王を倒せばナユタに掛けられた呪いは解呪されると思うておる。そのほうが、この村で起きた真実がルーナとアルトに露呈しても、ナユタに掛けた呪いを解いて欲しかったら魔王を倒せと2人を脅して協力させやすくなるからの。業腹(ごうはら)じゃがな……」


 地上にいる青く光る人の姿をした魂達が瑠璃の考えに同意するように、うんうんと頷いている。


 瑠璃はそんな彼ら彼女らに懇願する。


「そこで皆にお願いがあるのじゃ。わらわはいつか魔王を倒してナユタに掛けられた呪いを解呪してやりたいのじゃ。ナユタの元にルーナとアルトを連れ帰ってやりたいのじゃ。そのために皆の魂をわらわの体に取り込ませて欲しいのじゃ。そうすれば、わらわは力の底上げができる。力の底上げができれば、難関ダンジョンの序盤にいる魔物達を大量に(ほふ)って一気にレベルを上げることが可能になるのじゃ。無論、悪魔のようにお主達の魂をしゃぶり尽くすような真似は決してせぬ。難関ダンジョンで余裕を持って戦えるようになったら、すぐに解放すると約束するのじゃ。だから、どうか力を貸して欲しいのじゃ。お願いなのじゃ」


 瑠璃は言葉を尽くして助力を願ったあと、目を閉じて深々とお辞儀した。


 ──黒猫ちゃん、ありがとうね。喜んで協力させてもらうよ。なんせうちの子ども達のためなんだからね!──

 ──ああ、母さんが言う通りだ。自分の息子と親友夫婦の(わす)形見(がたみ)達を助けることに繋がるなら、どんとこいだ!──


 瑠璃が目を開けて顔を上げると、物見櫓(ものみやぐら)の屋根の上まで浮かび上がって来たイリーネとフランクの幽霊(ゴースト)がそう言って瑠璃に微笑んで来た。


 ──ルーナには腰を治してもらったからな! 儂も協力するぞ!──

 ──じゃあ、俺も腰を治してもらったから協力しないわけにはいかねえな!──


 ルーナとナユタに1個ずつ垂れ耳うさぎの木彫りを、アルトにグリフォンの木彫りをプレゼントしてくれたカーヴァーじいさんと、ぶどう酒とぶどう酢を作って販売しているアムフォラのおっさんが、肩を組んで「ガッハッハッハ」と笑いながら協力を申し出てくれた。


 ──あたしは別に腰を治してもらったわけじゃないけど協力させてもらうよ、黒猫ちゃん! ご先祖様から代々伝わって来た秘伝のタレを駄目にされちまったからね! 魔王を倒したらそのついでに将軍様もぶっ殺して来ておくれ!──


「う、うむ。わらわもあの陰険優男(やさおとこ)はぶっ殺したいと思うておるから、可能ならぶっ殺して来るのじゃ!」


 ──弱気はいかんぞ黒猫! 気合いだ気合い! 気合いを入れて秘伝のタレの仇を取って来るんだ! 頼んだぞ!──


「そこは自分達の仇を取って来いではないのか……」


 焼きとり屋の女将(おかみ)スキュアーとその旦那の発言に瑠璃がちょっとドン引きしていると、今度はじゃがバターを売っている猫好き夫婦のジャガーとアイルロが声を掛けて来た。


 ──おーい黒猫! 仇と言ったら俺んところの猫達の仇も頼むわ! 女房も絶対許さないってキレてんし!──

 ──お願いよ、黒猫ちゃん! シルちゃんとリコちゃんとレドちゃんとブランちゃんの仇を取って来てちょうだい! なんでも協力するから!──


 アイルロが涙を流しながらサバトラと三毛猫と茶トラとキジトラの仇を取ってと哀願して来たと思ったら、今度はその猫達から、


 ──うにゃうにゃ!──

 ──うにゃっ!──

 ──みゃあみゃあ!──

 ──にゃあにゃあ!──


 と一斉に鳴かれ、『ご主人様達の仇を取って欲しいにゃ!』と同胞からお願いされてしまったので、瑠璃は、


「うむ! 大船に乗った気持ちで、わらわに任せるのじゃ! ロキウス達は必ずわらわが、けちょんけちょんのボッコボッコにしてからぶっ殺して来てやるのじゃー!」


 と大見得(おおみえ)を切ってしまう。


 すると、他の村人達の魂も物見櫓(ものみやぐら)の屋根の上にいる瑠璃の周りに集まって来て、


「協力するから殺された仇を取ってくれ!」


 と大勢が口にし、


「非力な私の魂でもいいなら使ってちょうだい! 夫が死んで意気消沈していた私をナユタは毎日励ましに来てくれて元気づけてくれたの! 恩返しがしたいのよ!」

「随分昔の話だが、アルト達は俺が足を骨折して動けない時、色々と助けてくれたんだ。こんなじじいの魂がお前さんの役に立つなら是非使ってくれ」

「ばばあの魂でも役に立つのかい? 最近は新しい遊びに夢中なのか来てくれてなかったんだけど、以前はよく遊びに来てくれて、ばばあに笑顔と元気を振り撒いてほっこりする時間をくれたから何かしてやれるならしてやりたいんじゃが……」


 などと復讐ではない気持ちから協力を申し出てくれる魂達もいた。


「安心せい。わらわの場合、魂から得られる力はレベルが変わらなければ老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず一定の力が得られるからの。そして皆の者、協力の申し出ありがとうなのじゃ。ナユタを守りながら(つよ)うなって、いつか必ず仇を取ってみせるのじゃ。それでナユタの大好きなルーナとアルトを取り返して来るのじゃ。だから、すまぬ。退屈やもしれぬが、わらわの中で静かにわらわとナユタのことを見守っていておくれ……」


 瑠璃は感謝の気持ちで胸がいっぱいになりながら目を瞑って謝罪の言葉を口にしたあと、物見櫓(ものみやぐら)の屋根の上で右手を前に差し出し、目を開けると同時に暴食スキルを発動させた。


 破壊された家屋がパチパチと音を立てて燃える音が地上からは聞こえて来る。


 夜空の上半分は月が出ているので青かった。


 夜空の下半分は村が燃えているので赤く染まっていた。


 前方へと差し出した瑠璃の右手に発生した黒と紫の色が入り混じった亜空間の中に、人の姿から青く燃える光の玉へと姿を変えた村人達の魂が上下左右斜めと全方位から集まって次々と吸い込まれていく。


「綺麗な光景じゃ……。ナユタにも見せてやりたいところじゃが見せるわけにはいかぬよな……。このような悲しい光景は……。むっ、突風が」


 瑠璃は突風で舞い上がった火の粉が目に入らぬよう左手で顔を(かば)い、目を瞑る。


 そして、舞い上がったのは火の粉だけでなく曼珠沙華(まんじゅしゃげ)──別名、彼岸花(ひがんばな)──の赤い花びら達もまた舞い上がり、宙を舞っていた。


 まるで死者達を(いた)手向(たむ)けの花であるかのように……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ