スライム倒してゲットした称号は?①
「よし、着いたぞダンジョン! 強いスキルが手に入ると良いな〜」
赤髪の少年アルトはサファイアのような青い瞳を爛々と輝かせながらそう言った。
「や、やっと着いたよぉ……。僕もう疲れちゃった……」
黒髪の幼な子ナユタはまだ9歳なので、ダンジョンにやって来るだけで既にいっぱいいっぱいで目からは涙がちょちょ切れていた。
「だから何度も『おんぶしようか?』ってお姉ちゃん聞いたじゃない? お姉ちゃん、ナユくんにおんぶ拒否されてすっごく悲しかったんだよ?」
目に涙を浮かべているナユタを見て心中ではその可愛さに身悶えているのであるが、おんぶを拒否されたことについてはちょっと怒っていたので、つい恨みごとを言ってしまう黒髪の巨乳美少女ルーナであった。
ちなみに、自身もそうなのであるが、ナユタの瞳は宝石のタンザナイトを思わせる深い青の色をしており、その深い青の瞳の中を覗き込むと、紫色に光る小さな蛍が飛んでいるかのような輝きを時折り見ることができるので、ルーナは可愛いナユタの顔を眺めながらそれを見るのが大好きだった。
それはさておき、ルーナに恨みごとを言われたナユタはお姉ちゃんに向かって反論を開始する。
「だ、だって僕男の子だもん! ちょっと遠出したくらいでルーナお姉ちゃんにおんぶしてもらうなんてかっこ悪いじゃん!」
弟分であるナユタのその言葉を聞いてアルトは大きく2回頷いた。
「うんうん、偉いぞナユタ! 見た目は女の子っぽくても、やっぱり男の子だな! そうやって頑張っていればそのうち体力がつくから、その調子で頑張れよ!」
「えぇ〜? お姉ちゃんはもっとナユくんに甘えて欲しいのにぃ〜」
「ルーナ、家の中で甘やかす分には好きにしろって思うけど、こういうことで甘やかすのはナユタのためにならないと思うぞ? 少しは弟離れした方が良いんじゃないか?」
「やだ!」
そう言ってルーナが後ろからナユタを抱き締めて確保したので、アルトは呆れながらこう言った。
「やだってお前なぁ……」
「あっ!? アルトお兄ちゃん、ルーナお姉ちゃん! あそこにスライムがいるよ!」
「あっ、ほんとだ! スライムがいるね! あれを倒せばスキルがもらえるんだよね、アルト?」
「ああ、そうだぜ! まあ、実際は剣士とか魔法使いみたいな称号が得られて、その称号にあったスキルが使えるようになるって話だから、もらえるのは正確に言えば称号なのかもしれないけど、でもまっ、スキルだって使えるようになるんだからスキルがもらえるってことで良いよ、な!」
そんなことを言いながらアルトはスライムへと近寄って、持っていた剣をスライムの体に振り下ろす!
すると、斬られたスライムはパシャっと弾けて地面に飛び散った。
「あっ、なんか目の前に板が出てきた。えっ、マジ? なんか称号の所に勇者って書いてある……」
「アルトお兄ちゃん、すごい!」
「ぷっ、お調子者でおっちょこちょいのアルトが勇者? そんなことあるわけ……えっ、何その、俺ヤバくね?って顔。まさか本当に勇者って書いてあるの?」
ルーナが若干青褪めながらそう尋ねると、アルトはお先真っ暗だと言わんばかりの表情を浮かべながらこう口にした。
「うん、マジで書いてある。そりゃあ強いスキルが使えるようになる称号だったら良いなあとは思ってたけど、勇者って、勇者って……。えー……」
「ルーナお姉ちゃん、なんでアルトお兄ちゃんショック受けてるの? 勇者って魔王をやっつける正義の味方でしょ? すっごい強いスキルが使えるようになるんだよね? 僕、絵本で読んだから知ってるよ?」
「ナユくん、勇者って言うのはね、今ナユくんが言った通り、すっごく強いスキルが使えるようになるから、みんなのために修行して強くなって魔王を倒しに行かないといけなくなるの」
ルーナのその言葉を聞いて、ナユタが大声を上げてびっくりする。
「えー!? 魔王って大昔に勇者がやっつけてくれたから、もういないんじゃないのー!?」
「残念だけど、それは絵本の中だけのお話で魔王は今もいるらしいのよ。前におじ様から、この国の王都の近くにあるダンジョンは魔王が作ったもので時々ダンジョンから魔物の大群が出てきて王都を襲うって話を聞いたことがあるわ。とっても怖い話よね?」
「じゃあ、アルトお兄ちゃんは勇者になっちゃったから王都に行かないといけなくなるの?」
「悲しいことだけど、アルトが勇者だってバレちゃったら、そういうことになるんじゃないかしら?」
「そうだよ! バレなきゃ良いんだよ! どうせ今までの勇者だって魔王に勝ててないんだから俺が魔王討伐に行かなくたって良いよな! よし! 俺が勇者だってことは内緒にしておこう!」
普段は強くてカッコいい憧れの近所のお兄ちゃん・アルトが勇者にあるまじき臆病なことを言い出したので、ナユタはガーンとショックを受けてルーナに告げ口をする。
「ルーナお姉ちゃん、なんかアルトお兄ちゃんがすっごくカッコ悪いこと言ってるよ?」
「ナユくん、そんなこと言ったらアルトが可哀想だから聞かなかったことにしてあげて? ナユくんはアルトが魔王討伐に行って死んじゃっても良いの?」
けれど、ルーナから大好きなお兄ちゃんが死んじゃう可能性を告げられて、ナユタはすぐに意見を翻した。
「そんなのやだ!?」
「でしょ? だから、アルトが勇者になっちゃったのは、ここだけの秘密ね?」
「うん! 僕誰にも言わない!」
ナユタが素直で優しくて可愛いので、ルーナは頬を緩めてデレデレしながら、
「うんうん、ナユくんは良い子ね〜♪ お姉ちゃんが頭をなでなでしてあげよう♪」
と言ってナユタの頭をなで始める。
ナユタも大好きなお姉ちゃんのルーナに頭をなでなでされて嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ〜♪ あれ? でも、ルーナお姉ちゃん? ダンジョンって魔王が作ったんだよね? なんでアルトお兄ちゃんが魔王が作ったダンジョンの中にいる魔物を倒したら勇者になることが出来ちゃったの? 勇者ってすっごく強いスキルが使えるようになるんだよね? いつか自分で自分の首を絞めるようなことになるかもしれないのに、なんでだろう?」
ナユタの疑問にルーナも首を傾げながら考える。
「言われてみればそうね、なんでかしらね? ここのダンジョンを作ったのが魔王じゃなくて魔王を倒したい女神様だからとか? うーん……。ごめんねー、ナユくん。お姉ちゃんにも分かんないや」
「いや、絶対魔王が作ったんだって! 人間にこれなら勝てるかもって希望持たせておいて実は勝てない仕様にしてるんだよ! じゃなかったら今までの勇者のうち誰かが魔王に勝ってるはずだし!」
アルトが横からそんな突っ込みを入れて来たので、ルーナがそれにダメ出しをする。
「はいはい、そうかもねー。とりあえずアルト? それ以上かっこ悪いこと言うとナユくんに幻滅されちゃうから、そこら辺でやめておきなさい? いいわね?」
「くぅ〜〜〜! 勇者以外の称号だったら、こんなことルーナに言われないで済んだのにぃ〜〜〜! ちくしょー! ほら、ルーナも早くスライム倒して来いって! 大聖女とかなんか凄い称号が出るように祈っててやるからさ!」
「ちょっと、そんな変な願掛けするのやめてよね!? ほんとに大聖女とか出ちゃったらどうするのよ!?」
カードの婆抜きで婆を引いてしまった時のような、台所でうっかり茶色い最強生物を目撃してしまった時のような表情を浮かべながらルーナが苦情を言うと、アルトは笑顔でこうのたまった。
「そんときは仲良く俺と一緒に魔王討伐に行こうぜ!」
ニカッと笑う実に清々しい笑顔であった。
けれど、弟ラブなルーナは速攻でアルトのラブコールを拒絶した。
「い・や・よ! そんなことになったらナユくんと離れ離れになっちゃうでしょ!? 絶対にお断り!」
「そ、そんなに強く拒否るなよ……。ルーナは俺が嫌いなのか?」
ルーナが大好きなアルトはルーナに拒否られて涙目になった。
そして、そんなアルトのことを弟の次に大好きなルーナは強く言い過ぎたと反省し、かといって異性として見ている相手に大好きだなんて恥ずかしくて言えないお年頃だったので、こんな風に言って誤魔化すことにした。
「べ、別にアルトが嫌いだなんて言ってないでしょ? 私はただナユくんと離れ離れになるのが嫌って言っただけで……」
「ルーナお姉ちゃん、お顔が真っ赤になってるよ? どうしたの?」
弟にバラされそうになったルーナは慌てて強引に話題を切り替えた。
「な、なんでもないからナユくん、ちょっとお姉ちゃんの正面から移動して欲しいな? ほら、お姉ちゃん今からあそこにいるスライムに矢を放つから!」
「はーい♪ ルーナお姉ちゃん頑張ってー!」
何の疑問も抱かず素直に言うことを聞いてくれて応援もしてくれる可愛い弟に心の底から感謝しながら、ルーナは恥ずかしさを隠すようにことさら明るく張り切ってみせた。
「うん、お姉ちゃん頑張るねー!(すぅ〜)えぃ!」
ルーナが放った矢がヒュンと飛んでいってスライムの体の中央に当たり、スライムはパンと破裂した。