村人達との交流③〜黒猫の追憶〜
──ほら、柚子お姉ちゃん! 見て見て! この魔法で作り出した鳳蝶達! とっても綺麗でしょ?──
──ええ、淡く色とりどりに透けて光っていて、とても綺麗ですよ小太郎。鳳蝶達がひらひらと飛んだあとに舞い散る光の鱗粉も風情があって見惚れてしまいます──
──えへへ〜♪ 柚子お姉ちゃんに褒められちゃった♪──
黒猫が夢の中で木の枝の上から下に目を向けてみると、今日は体調が良い日だったのか縁側で日向ぼっこをしている柚子にご主人様である小太郎が庭園で刀の演舞を実演していて、刀を振る度に刀から赤や青、紫といった色に透けて光る幻想的な蝶々達を生み出して柚子の目を楽しませていた。
懐かしい光景じゃな。小太郎も柚子も実に楽しそうなのじゃ。
しばらく小太郎の演舞を見ていると、場面が切り替わって黒猫は柚子の膝の上にいて柚子に背中を優しく撫でられていた。
──柚子も元気になったら小太郎が見せてくれた魔法の鳳蝶のように空を自由に飛んでみたいものです。なんて言ったら瑠璃、貴女は笑いますか?──
元気になっても人間は空を飛べぬじゃろう? 柚子はアホなのか?
黒猫はそう思ったが、言わぬが花なのじゃと知らんぷりを決め込み、狸寝入りする。
すると、場面がまた切り替わって黒猫は再び木の枝の上にいた。
──瑠璃は今日も木の上でお昼寝ですか? 降りて来て一緒に庭を散歩しませんか? 今日は体調が良いのです──
──姫様? 体調が良いからと、はしゃぎ過ぎてはなりませんよ? 先日、はしゃぎ過ぎて熱を出したのをお忘れですか?──
柚子と乳母の咲茉か。まったく、わらわの夢なのにどうして小太郎がおらんのじゃ?
──もう咲茉は心配し過ぎではありませんか? 柚子はきちんと反省したのです。同じ過ちは繰り返しませんから大丈夫です!──
──その自信はどこから来るのですか……。咲茉の脳裡には姫様がこのあと熱を出してお倒れになる姿しか思い浮かばないのですが……──
──みんなどこにいるのかと思ったら、ここにいたんだね! ほら、瑠璃ー? 降りておいでー? 柚子お姉ちゃんと一緒に散歩しよう?──
おっ、小太郎が来たのじゃ! 小太郎にお呼ばれされたら行くしかないのじゃ♪
黒猫は嬉々として木の枝から飛び降り、小太郎の前へと移動する。
そして、甘えるように、
──にゃ〜♪ にゃ〜♪──
と鳴きながら万歳をした。
抱っこしろの合図である。
──はいはい、瑠璃は甘えん坊さんだね♪──
うむ♪ ここは、わらわの特等席なのじゃ♪
黒猫は小太郎に抱っこされてご満悦だった。
──むぅ……どうして瑠璃は柚子が呼んだ時は降りて来なくて小太郎が呼んだら降りて来るのですか? 柚子はとても悲しいです。およよ……チラッ、チラッ──
──姫様……もうすぐ成人なさるのですから、そのようなはしたない真似はおやめください。殿に言いつけますよ?──
──酷いわ咲茉!? お父様は厳しいお方だから告げ口なんてしないで!? 今日はもうしないから!?──
──あはは……。ねえ瑠璃? 柚子お姉ちゃんが瑠璃を抱っこしたいみたいだから抱っこさせてあげてくれるかな?──
せっかく小太郎の匂いを堪能しておったのに、しょうがないのう?
──にゃ──
黒猫は小太郎の腕の中から地面に飛び降りて柚子の足元へと移動する。
──きゃー♪ 瑠璃が来てくれたわ♪ 小太郎、瑠璃にお願いしてくれてありがとうね! 大好きよ!──
むっ、わらわだって小太郎のことが大好きなのじゃ! ほれ、来てやったのだから、はよう抱き上げるのじゃ! 小太郎のお願いが達成できぬであろう!?
──にゃー! にゃー!──
──柚子お姉ちゃん、瑠璃が早く抱っこしてって言ってるよ?──
──瑠璃ってば、そんなにも柚子に抱っこして欲しかったのですか!? では、先程のつれない態度は照れ隠しだったのですね! そうですか、そうですか♪ 瑠璃も柚子のことが大好きだったのですね〜♪──
──はぁ……小太郎様は9歳で姫様はもう成人間近だというのに、どうして精神年齢が逆に見えてしまうのでしょうか……──
可愛い生き物を前にしたら精神年齢が低くなるのが人間という生き物なのじゃから、そのように悲観することもないと思うのじゃが、咲茉は生真面目すぎるからのう……。もっと気を抜けば良かろうにと何度も思ったものじゃ……。
「──猫ちゃーん。黒猫ちゃーん。僕達、もうここから移動するけど黒猫ちゃんはどうするのー?」
むっ、小太郎と瓜二つの姿をしたご主人様が、わらわを呼んでおる気がするのじゃ。夢から目覚めねば……。
微睡んでいた黒猫は目にギュッと力を入れたあと、パチパチと目を瞬かせてから木の枝の下に目を向ける。
すると、地上でナユタと呼ばれている小太郎のそっくりさんが、
「あっ、やっとこっち見てくれた!」
と言って屈託のない笑顔を見せてくれた。
そうやって笑うところも小太郎とそっくりなのじゃな……。
黒猫は、追慕している小太郎が今そこにいるかのように感じられて懐かしさで胸がいっぱいになり、ほにゃりと頬を緩ませて優しい笑顔になる。
けれど、今までに何度も小太郎のそっくりさんと出会っているので、今回もただのそっくりさんで小太郎の生まれ変わりではない可能性があった。
そのことを思うと『やっと小太郎の生まれ変わりに会えたかもしれないのじゃ!』と喜んでいた気持ちが、青菜に塩を掛けたように萎え萎えになってしまい、『またただのそっくりさんだったら胸にぽっかりと穴が空いてしまいそうなのじゃ……』と寂寥感に襲われ泣きたくなった。
そんな黒猫に向かって木の下にいる小太郎の生まれ変わりだと思いたい幼な子が、
「お昼寝してたのに邪魔しちゃってごめんね? 僕達、もうここから移動するんだけど黒猫ちゃんはどうするの? 僕達と一緒に来る? 僕は来てくれると嬉しいんだけど?」
と黒猫の冷えた心を温めるような言葉を言ってくれた。
また、ただのそっくりさんかもしれない。
けれど、今まで出会った小太郎のそっくりさんは誰も彼もが小太郎とはかけ離れた、自分の中にある大切な小太郎の存在を穢すような糞ったれな輩じゃったが、下にいる幼な子は小太郎のように姉思いで優しくて、笑顔もそっくりで撫でかたも悪くなかった。
しかも、今こうしてこちらを慮る発言をしつつ、一緒に来てくれると嬉しいなどと、わらわが喜ぶようなことも言ってくれる。
とりあえず、守るべきご主人様が小太郎の生まれ変わりかどうかはまだ分からぬが、一緒にいても『小太郎の姿でわらわを不愉快な気持ちにさせるでないわ!』とブチ切れずに済みそうじゃし、むしろ、幼な子の何気ない仕草が時々小太郎を彷彿させるので、側で見守っておれば長年の疲弊してささくれ立っていた心が癒されそうなのじゃ。
これであの幼な子が小太郎の生まれ変わりであれば万々歳なのじゃがなぁ……。
黒猫はそんなことを考えながら木の枝から飛び降りて幼な子の足元へと移動する。
「黒猫ちゃん、一緒に来てくれるの?」
黒猫は「にゃ〜、にゃ〜」と鳴きながら万歳をして抱っこを要求した。
「抱っこして欲しいの?」
「にゃ」
黒猫は首を縦に振って頷いた。
すると、幼な子ナユタが、
「じゃあ、一緒に行こうね♪」
と言って黒猫を抱き上げ、抱っこしてくれた。
その抱っこの仕方が小太郎そっくりだったので黒猫は幸せな気分に浸りながら、
「にゃあ♪」
と機嫌よく鳴いて幼な子の誘いを了承した。




