事情聴取
「……ということは、犯人は逃がしたということだね?」
「……はい」
「リーシャに怪我がなくて本当に良かったよ」
部屋に入り、なんとなく正座になりつつ事態を報告すると、何故か、ホッとしたような声とともにそう言われてしまった
「ですが、また狙われる可能性があります!やはり、逃がしてしまったのは危険だったのでは……」
「いや、差し向けた者が吐いた情報でこちらが動けば、下手に手だしはできなくなるだろう。それが本当の犯人だとしても、本当の犯人ではなかったとしても、だ。」
「……時間稼ぎにはなるということですか?」
私の言葉に父が頷く。
「その間に、暗部の者に裏を探らせる。優秀な人材だ、すぐにでも情報を持ってきてくれるはずだ」
「はぁ……」
実家に暗部がある事を今日初めて知った。本当に信用できるのだろうか?希望的観測なのでは?
やはり私が動く方が手っ取り早いのでは……
そう考えてると、兄の視線が痛く感じた
「お兄様、どうかなさいましたか?そんなに見つめられたら穴が空いてしまいますわ」
「……見張っていないと、今回みたいに勝手に動きそうだと思った」
「……そんなこと、無いですわ」
嘘だ。図星である。
バカを演じていない兄がこんなに察しがいいとは思わなかった
バカであってくれた方が動きやすかったかもしれない。
「それと、先程の口調……」
「なんのことですの?」
兄に被せ気味に否定する。
先程は、思いっきり暗殺者時代の素が出ていた
いつもなら切り替えはハッキリしているのに、どうしてだろうか……まさか、年齢に引っ張られてるのでは?
そこまで考えてたところで、母に抱きしめられた
「無事でよかったわ……あなたは大丈夫と言ったけれど、母親として、あなたを心配せずにはいられないものよ。
予知能力で大丈夫だと出たのでしょうけど、今回みたいな無謀なことはやめてちょうだいね?」
「お母様……それは、無理です……」
「あら、どうして?」
顔を離して目線を合わせると、とても不安そうな顔をした母が目に映る。
でも、これだけは譲れない
「予知能力で見た限り、このままだと国同士の戦争になってしまいます。私が止めに行かねば……」
「それは本当にお前じゃないとダメな事なのか?」
兄が横から声を出してきた
「ええ。私でないと交渉の場にすら付けないかと……」
実際、交渉の場に着くまでに何回も死んでいる。私じゃなかったら、死んで終わりだっただろう。そんな場に他のものを連れて行くなんて出来るわけが無い
「……護衛を付けても良いのなら、俺は行かせていいと思う」
「お兄様……」
「ふむ……そのままだと単身で飛び出しそうだからな……良いだろう、護衛をつけて、交渉に赴くことを許可しよう……と言いたいところだが、まずは王に話をつけねばならないな。」
「お父様……?」
そういえば、前世で交渉の場に行った時は、国王の意思は聞いたのだっけ……?
裏切り者から、貰った依頼であった気がする。
そこに王の意思はあったのだろうか?
そこまで考えて、急に不安になってきた。
もし、国王が戦争を望む者だった場合、先ず先に国王との話し合いの場を設ける必要がある。
事情を説明して、すんなりと通ればいいのだが……
「……そもそも、国王に謁見出来るほどの身分が私にあるのでしょうか?」
「何を言っている。我が家は国王の血筋の一家だぞ」
「へ……?」
昔過ぎて忘れていた
そう言われてみれば、王城らしき所に遊びに行った記憶が微かにある。もしやこれは本物だったのだろうか?
花畑と噴水と……?誰か、いたような覚えもある。一体誰だろう……
というか、そういう事なら、一家が狙われたのは王位継承権とかが関係してくるのではないだろうか?
とても面倒なことになった……
「とりあえず、トーナリ男爵を吊るしあげてから、暗部の報告を待とう。その間に王への謁見の申し込みもしておこう。」
そう言うと父は部下に指示を出し、テキパキと動き出した
お母様も、いつの間にか泣いていたらしく、私とお母様はお化粧直しに各自自室へと連れてかれた。
「……で、何故、お兄様が私の自室にいるのですか?」
「護衛が決まるまでの護衛だと思ってくれればいい。」
「そんなすぐ信用できるほどのお付き合いはしていないと思うのですけれど?」
「今から徐々に慣れていけばいい。私がただ家族を愛しているだけだと分かるはずだ」
ちょっと恥ずかしいセリフを聞いて、顔が赤くなりかける。
(平常心、平常心……ここにいるのはなんの罪も犯していない兄なのだ。信頼できるかどうかは置いといて、悪意があるとは思わなくてもいいだろう。)
心を落ち着かせて、ふと、名前を呼ぼうとして固まる。
私は、兄の名前さえ忘れてしまっていた。
(……どうも、忘れてしまっていることが多い……かなり過去へと戻れた代償だろうか?……もしくは、戻る前の時間軸で、記憶操作でもされてしまっていたのだろうか?)
前者も後者もありえるが、後者の場合、敵に記憶操作を使えるやつがいることになる。用心するに越したことはないだろう。前者の場合、相応の代償だと受け止めるしかない。
一先ずの問題は、兄の名前を呼べないことだ。
普通にお兄様でいい気もするが、名前がわからないというのはなんとも気持ちが悪い。
(歩み寄ろうとしている相手に、名前はなんでしたっけとは聞きづらいが、名前がわからないと歩み寄る事すら難しいだろうし……うーん……)
しばらく悩んでから、良い考えが思いついた
「お兄様、お兄様は私と親睦を深めたいのですか?」
「ああ。今までできなかった分も愛するつもりだ。」
「それでは、お兄様のことを愛称で呼んでみたいです。お母様にはなんと呼ばれていたのですか?」
「愛称……愛称か……」
名前は聞けなくても、愛称なら聞き出せるはずだ。
愛称というのは子供の頃に親から呼ばれていた名前が多い。私が知らなくてもおかしくないのだ。
私がワクワクしながら(この反応も子供返りの影響だろうか)返事を待っていると、
少し時間を置いて兄が口を開いた
「アース。確かアースと呼ばれていた記憶がある。」
「では、アースお兄様ですね!」
私がそう呼ぶと、兄は少し照れたような気がした