天才魔術師の究極魔法
本作は、なろうラジオ大賞4への参加作品です。
王都のはずれの森の中に、彼は住んでいる。
彼とは。
元筆頭魔術師、天才マブロス。
若くして得た栄誉職を棄て、もう何年も隠棲している。
そんな彼の小さな住まいに、ある日一人の女性が訪れた。
肩を震わせながら、女性は彼に依頼をする。
「忘却の魔法を、かけてください」
マブロスは長く黒い髪をかき上げる。
髪と同じ色の瞳には、彼女の依頼の目的が、既に見えている。
「断る。あれは身体への負担が大き過ぎる」
「でも……」
女性は悲痛な声を出す。
「あなた様なら、あなた様にしか、出来ない魔法だと」
それはそうだが。
「それほど忘れたい、何かがあるのか。マリノ侯爵令嬢」
女性はびくりとしながら顔を上げる。睫毛が長い。
王国でも有数の美女である。
「名も名乗らず失礼を」
「依頼は、王太子との婚約破棄と、関係が?」
マリノは目を伏せ頷いた。
「何でも、ご存知なのですね……」
噂は森にも届いている。
『真実の愛』に目覚めた王太子が、長年の婚約者を捨てたと。
ぽたりと、マリノの目から涙が落ちる。
「十年、婚約者として過ごしていながら、わたくしは平民の女性に負けました。そんな自分を全て、忘れたいのです」
マリノの言葉にマブロスの胸も痛む。色あせた過去の古傷だ。
『彼を愛してしまったの!』
あれは誰の声。
その一言で、マブロスは筆頭魔術師を辞した。
「マリノ嬢」
「はい……」
「忘却の魔法には準備が必要だ。しばらく、ここに通ってください」
マリノは指示に従って、それからしばしば、彼の元にやって来た。
マブロスは特に何かをするでもなく、一緒にお茶を飲み、時には森の中を二人で散策し、花や小鳥を愛で、夜空の星を数えた。
季節をいくつか過ごした頃、マリノは俯くことがなくなり、笑えるようになった。
「もう、此処へ来なくて良いです」
マブロスは告げる。
「なぜです!」
「忘却の魔法、必要ないでしょう」
そう、マリノの悲しみと痛みは、とっくに癒えていた。
「いいえ。また来ます」
マブロスは首を傾げる。
「わたくしが今笑えるのは、殿下のことを忘れたからではなく、
新しい幸せを見つけたから」
マリノは大きな瞳でマブロスを見つめる。
マブロスの顔が火照る。
「このままずっと、一緒にいたいのです。
マブロス様と」
「私で良いのか?」
「あなただから、良いのです」
マブロスの古傷は、その一言で消えていく。
癒したつもりが、癒されていた。
触れた指先が温かい。
二人の結婚が王都で噂になるのは、このあとすぐである。
たくさんの作品の中から、わざわざお読みくださいまして感謝申し上げます!!
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