開発者
「おーい!」
階下から、誰かの声がした。
キャノのようだ。
「無事?」
いつもと変わらない声、どこか安心する。
「えぇ、えっと、はい……」
安心する、けど――――なんだろう、なんとなく、気になる。
何がかわからないけれど、でも今、彼女について詮索しておかないと、
安心できないようなそんな感じがして、
(俺は……どうしてしまったんだ? なんでこんなに、彼女を気にしている)
覚束ない足取りで階段を上っているコトに、キャノはゆっくりと近づいてくる
「あの、さっきまでどこ行ってたんですか?」
「そっか、良かった。助けを呼びに行こうと思ってワープして、外に出たんだ。それからマオちゃんを呼び出す為にシステムがある部屋に入ったの」
「どう、やって……」
やや掠れた声で、コトは呟いた。
「え?」
キャノが目を丸くする。
「エレベーターは、停止してるし……階段で?」
「ん? だから、普通にワープで」
「…………」
やばい。
視力がまだ回復していない。足も上手く力が入らない。
ちょっと喉が渇いて来た。
耳の中が、ぐわんぐわんと響いていて、声もぼんやりしている。
頭が熱い。
「ワープで…………、マオちゃんが居る、最上階に?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「いえ……」
俺は、何に引っかかっているんだ。
一体、何が気になるんだ。
(あと一歩なのに――――足元を照らす行灯が足りない)
キャノが続ける。
「でね、戻ってきたら、ナナカマドさんから、此処に貴方が来てるって聞いて、慌てて来たんだよ、そしたら」
「シャッターが下りてて、入れなかった、筈、だ……」
「それは、貴方が解除して」
「――マオちゃん」
彼女が何か言い終える前に、コトはまっすぐに彼女を見据えた。
「貴方が、マオちゃんである前の記憶、貴方が、おれ、の――――」
息が苦しい。
にわとりが、ぽて、ぽて、と随分先の階に向かっている。
少しは振り返ってくれ……
キャノのような少女は、ウフフフ、と高い声で笑った。
「私が、私だったって、私は、よく知らないの。でも、私は私なんだ。
私は、私なんだもん、でも、私は私であることしかわからない。だから、私は私という私を実行する私なの。それは、私が私の為に私にした私のわたしだから」
「――――」
「ねぇ、ココロって、機械にもあるのかなぁ?」
「――――?」
「貴方も、私も、同じよ」
にやり、と彼女が笑ったのが見えた、気がする。
「ココロって、ヒトに、本当にあるのかなぁ? あなた、ココロってあるの?」
「俺は――――ココロが」
ココロが、あるのだろうか?
「データにならないものは、本当は全くなくって、処理できる次元が違うだけだったりして」
どくん、どくん、どくん、どくん。
心臓が跳ねる。
カツ、カツ、カツ、とブーツの音が響く。
少しずつ彼女が近づいてくる。
「――どうして、俺に、こんなものを、見せて、此処に、呼んだ、んです……」
アハハハハ!
彼女は笑う。
「それ、聞いてもいいの? わかってる、く・せ・に」
「――――」
「貴方が貴方であるために貴方にする為の貴方を貴方でいるためのあなたにあなたがあなたとしての貴方を貴方が維持できるかは、私は知らないけど」
「それを『ヒトは』ココロって呼んだらしいよ。人の中の情報受容・解析機関。我々はその対になる、実体、データそのもの。
虫とヒトみたいに、外殻が反対なだけなのにヒトはよく軽視するネ」
「…………」
何も言えずに俯く。
なんだか息が切れて来た。
――――疲れた。あまり頭が回っていない。
この先に、皆が居るかもしれないのに。
「まぁいいや、ラベリングのお礼に教えてあげるよ。GPTの原型を作った、貴方のお爺さんのこともあるし」
「祖父のこと、知ってるんですか?」
タワーのナビは通常、GTDシステムの中を移動している。
ネットワーク内に常に呼び出せるチャットを搭載している旧GPT──
マイナンバーや個人の情報と紐付けたグローバルポジショニングトーク機能
(連携して人工知能がより精度の高いチャットが出来る等に繋がった)
をより引き継ぎ、立体的で直感的なGUI実装や、対人会話を可能にしたとかなんとか……っていう、それだ。
「そう、それね」
「でも、マオちゃん、自分で言ってるじゃないですか、あれの開発者は田中氏や大森氏の共同開発だった、そこに川岸氏が技術提供とか、って……
どうして俺が必要なんです?」
そのような内容がパンフレットにも書いてあったのを思い出す。
普段、タワーの入り口でもそのような紹介映像が流れている。
祖父は幼い頃に亡くなっているので、コトには殆ど情報が無い。
ただ、いろいろなガラクタを作っていた人だったとかってくらいで。
此処のナビのことなんか聞いたことが無い。
「だってあの人たちは、引き継いだだけ。技術を、ね」
どういう意味だ。
技術を引き継いで、開発者として紹介されて――――それは、何の意味が。
「だけど……引き継いだのは上辺だけの話。
彼、もしかしたら作ったものが自分の手を離れるって予感があったのかも。
だから、一番大事なプログラムを式の中に隠した」
何故だろう。なんだか、この先を聞いてはいけないような、
漠然とした不安が襲ってくる。
別に、世間話のはずなのに。
「でもこれがまた――――基盤に紐づいて居ないと、動かせない。だから貴方を呼んだ」
「えーと、つまり?」
「最近タワーも様子がおかしくって、うまく制限が効かなくなってたの。
南瓜のオバケだっていつも以上に召喚されやすくなってたでしょうし。
キャノちゃんたちが再起動をかけたんだけども、ちょっと掛かり過ぎたせいで、いつもより充填されちゃって。
――――それで、何処まで領域が出来たかなって、見て回ってたら此処を発見したってわけ。
あぁ、私、その事、記憶データを失くしてたなって」
この場合は、ボケているとかじゃなく、
悟られないように故意に捨てていたデータなのだろう。
「そう、ですか」
「でも嬉しい。見込んだとおりね。
これで『内部からでも』貴方のラベルを辿れるわ。
あちこちドアが老朽化で軋んでて、大変だったの。内側の細かい調整は私が勝手にやっとくから」
「ありがとうございます……? あの、エレベーターはもう動くんですか?」
「動くと思うよ」
「よかった、それじゃ、俺、戻ります」
何か大事なことを聞きそびれている気がしたが、
コトは少しだけ笑顔になって、階段を上がる。
どうせもうすぐフロアに付く。
そこからエレベーターでも遅くない。
――――屋敷の──ー…………ちょうせ……ん……
「え?」
階段を上がろうとして、コトは瞬きした。
何処かから、呻くような怨みのこもった声がする。
空間自体から聞こえたような……
──メイジー……、……ちょうせ……ん……の、可能性……
前方を見上げるも、すでにコチーは居なかった。
「しょうがない、あいつも探すか」
先程よりはやや回復した足で階段を上がっている間に、
ふと、思いだす。
――――ココロって、機械にもあるのかなぁ?
――――貴方も、私も、同じよ
――――あなた、ココロってあるの?
何か、彼女が言わなかった、大事な話。
胸の奥が、ずきずきする。
式を組み込んだ。
記述、指定、血。
記述の根底に祖父が居る。
式をペーストしても式は永遠にそこにあり続ける。
彼女が呼んだのは俺の血が必要だから。
俺でしか、開発者の式が――――
「コ、コロ……?」
ぐらつく。
俺が俺であるために俺にする為の俺は俺でいるための俺に俺が俺としての俺を指定し続け俺を維持できるかは――――
「あ、あ、ぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
2023年4月6日16時59‐2023年4月8日21時16分‐2023年4月14日17時23分




