多元認証コード Koto
四角くて透明な……
「パネル?」
ふわふわと、漂っている。果たして意思を持って居るのか居ないのか。
まるでクラゲみたいに浮かんでいた。
「『来い』」
なんとなく、そっと指を前に伸ばして、コトは命じる。
パネルは返事が聞こえたかのようにビクッと飛び跳ねて停止し、すぐに緩やかにコトの方にスライドを始めた。
(言葉が……聞こえているのか)
主かと聞かれたあのときと同じだ。
言葉に従って、反応を示している。
目の前に現れたパネルにはこのタワーの温度や、電力供給量などがまとめられている。どう見ても。設備点検・管理用のものだ。
「これ……は」
そんなものが落ちていた事は、重大ではあるが、今大して重要じゃない。
それよりも……
「――更新された日付が、史歴700年前?」
――――コト、おかえりなさい。
何処かから声がする。
わからない。なんだ、これは。
「史歴700年前のプログラムが、どうして俺を知っている……」
よくわからない存在はともかく、
これも共感覚のようなもので、
プログラムは基本コトに喋るのだが、見知らぬ場合は特に喋らない。
いや、それより、此処はそんなに昔に建って居ただろうか。
いろいろと、わからない。
これは、そもそもタワーのものなのか?
――――コト、おかえりなさい。
何処かから声がする。階段の向こうに居るとかドアの向こうとかじゃない、空間ごと、脳に語り掛けてくる。男のような女のような特徴の無い、平坦な声だった。
「待てよ。込神町の名称はは史歴・記元世199×年より前に存在する筈だ。タワーの建設はそれ以降だから……」
コトはもう一度空間に腕を伸ばして命じた。頭上に、複数のパネルが浮かぶ。そして上の階段から雪のように降りて来た。
――――コト、
自分の生まれた年、それ以前――――日付を探してみる。
生れた年のものが纏まっているパネルブロックのデータベースに、ファイルがあった。
中身は……何かのアプリを通して開くのタイプようで開けなかったが、『koto…』となって続いて居る。
他もそうだった。
まさか、と、生れる前の日付を確認する。
――――コト、お久しぶりです。
まるで当然というように『koto…』となって続いて居る記録が複数存在していた。妄想じゃない。現実だ。
自分が生れるよりずっと前からこれは存在していて、俺に話しかけている。
――――コト、こんにちは。
「お前たちは、俺が生れる前から、俺の事、知っているのか」
誰が、何処から、どうして、どこまで、
何も、わからないけど、
なんで……
(なんでっ、懐かしいなんて、思うんだよ……!)
声が震える。俯いて居ないと、泣いてしまいそうな気がした。
どうも今日は情緒が安定しない。
いつも異端という目線があんなに心細かったのに。
あの禿げた男を見たときも、フレテッセやモーシャンに会ったときも、ベヨネッタに弄られたときも、ただ心が張り裂けそうだっただけなのに。
なんでこんなに、
無意識に抱きしめていたぬいぐるみが、ぐえーーーと、低く呻いた。
「あっ、ごめん。ヒヨコ」
慌てて腕を緩めると、コチーはやや怒って鳴いた。
「コチー!!」
どうやら、ニワトリに拘りがあるようだ。
「ごめん」
とにかく自分が生れるずっと前からのデータが話しかけてくるという事は。
想定出来るのは、
――――血脈。
――――ヒトに組み込まれた、遺伝子の中のデータ……
(祖母とアイスの居た村は、俺につながりがあるようだった)
「やっぱりこの場所は、血筋を辿って俺を認識しているんだ」
自分が言うにはなんだか皮肉が効いていたけれど、
まるで、家族のようだ。
それか、あまりにも肌に馴染む、
(まるで……)
――――機械事故で、妹が巻き込まれた話は、たぶん、したと思うんだけど、街中にネーミングライツが生れたの
人柱。
人身御供。アニミズムの一種。
建物等に魂を移すことで、コアとして宿らせる為、
人間を生きたまま埋める事で、生きた人間の魂を物と同化させる。
魂が神様として――――――――
どくん、どくん、どくん、どくん。
心臓が早鐘を打っている。
深く考えると、身体が重たい鉛になってしまうような気がして、深呼吸をする。心臓が暴れている。
(……っ)
ふと、先に進もうとして、先程呼び出したデータが後ろにぞろぞろと付いてくるのに気が付く。
「あっ、みんなありがとう。また、後でな」
そう言うなり、パネルは何処かに戻っていった。
――――のだけど
「ああ! そうだった、シャッター開けないと。此処、何を認証してるんだ!?」
「コチー……」
「うーん。俺が呼び出せるデータじゃ、開かないかな」
そもそもなんで呼び出してるんだろう。
「コチー」
あの、主様、の声が認証してくれたのは、アイスの結界と、此処の管理記録と……
(やっぱりシャッターは別部門なのだろうか)
「えぇい、考えても仕方が無い、帰る!」
踵を返そうとしたときだ。
――――データが……破損しています。
空間が喋った。
「は、そん?」
――――鍵を開けることが、出来ません。
修復中……
どうやら本来出てこないシャッターが、タワー内部の異変か、何らかの破損の影響で出現していたらしい。
「よ、良かった、思わずあの人呼んで、『コード無かったんですけど!』って言って来ようかと思ったんだけど……いやよくないな」
振り向いて気付いたけれど、いつの間にか出口も無くなっており、
入口も塞がってしまった。
「出られないな……」
立ち尽くす。
立ち尽くす以外が無い。
「どうしよう」
さっき食べたばかりなのでしばらくは空腹を感じないけれど、それでも、こんな何も無いところにいても、暇すぎる。
「こちー」
腕の中で、にわとりさんが鳴いている。
「あっ、お前は何か、必殺技とか、知らない?」
「…………」
無反応のようだ。
『修復中…』のまま、5分、10分、30分と過ぎていく。
特に出来そうな事も無いし、此処で魔法を使ったらさらに破損しそうだしで、
ぼーっと、その場に座っていた。
(お、遅い……)
――――30分経って、勢いよく起き上がる。
「ふざけるな。此処をキャンプ地としそうな勢いで遅い」
よくわからない苛立ちとともに、パネルに手をかざす。
「修復してやる」
よくわからないスイッチが入り、キーを叩いた。
同時にまた、ふわふわ、と、パネルが降りてくる。
どっから来ていて、何のために自分に視えているのか知らないけれど、使えるものは使っておこう。
「破損原因は!」
――――……が、足りて、いないようです。
―――― て……ないようです。
掠れていてよく聞き取れない。
何度か繰り返し聞いた限りだと、1Ⅾにかかる立体係数がいくつか無くなっているようだった。
1Dに置ける立体係数のうち少なくともシャッターを開くのに必要なのは……
「えーっと、動力、はたぶん生きてるから、認証部分、つまり、多元認証の、元の部分……此処は、数字と、音声と、時間と、空間と、」
ふわふわ、と、空間にいくつかパネルが降りてくる。
――――では、行きますよ!
「多元認証!」
『誰かの』声がして、一斉にファイルが降り注いだ。
012345656789999999999999888888888888777777777777666666666666……
音、光、時間、概念、言葉、
――――波形に合わせろ。
――――わからないときは、一度イコライズして、割るんだ。
脳内の血液が沸騰しそうな速度で頭の中が回転している。
――――それから、
会話している間もキーを休まずに叩く。
物凄い速度で画面が切り替わっている。
なんでこんな事をしているんだろうか、という気持ちと、まぁ、楽しいから良いかな、という気持ちで止められない。
やがて機械音と共にシャッターのある壁から細長い装置が伸びてきた。その先には、たった今開封されて自動で装着された『ものすごく細い針』が付いている。
――――ラベル指定、どうしますか?
「共通ラベルは、Koto。俺の血を使え」
シャッターに近づくと、機械の針が一瞬指に刺さった。あまり痛くはない。
それは機械の奥に消えていった後、数値を読み取ると、針だけは自動で、恐らく廃棄場に排出される。
即座に生成されたラベルごとに纏められた数値でブロックを作る。
それを色層ごとに何段かに重ねていく。
まさか、タワーが、こんなに多くの多元認証をしているとは思わなかった。
せいぜい他施設並みの3Dとばかり思っていたのに、ラベルまで必要になった。
2023年4月6日16時59‐2023年4月8日21時16分




