ナナカマドの秘密
「で――――」
コトは改めて、現状を確認する。
薄暗い廊下で、ナナカマドと二人。
まぁ、外の鍵は開いてるので密室じゃないのだけれど。
「一緒に現状を確認して回りたいところだが、私はまだ処理する仕事がある。よければ君に、他の皆の捜索を頼みたいのだが」
なんだか気まずそうにナナカマドが言う。
コトは考えながら頷いた。
「わかりました」
階段で降りて一つずつ確認していくしかないかもしれない。
「それじゃ、非常階段はどこに……」
言いかけると、
すっ、と上着のポケットから、メモが手渡される。
「それに書いてある」
今回は、パソコンで図案から作ったかのような、きちんとした案内図だった。
……なるほど、少し進んだ先、廊下の突き当りに非常灯があって、その傍にあるようだ。
「あ……どうも……」
「途中にシャッターがある。認証キーとしてパスコード代わりになるマイナンバーが必要だ。それはそこに書いてある」
「あ、どうも……」
それじゃあ行ってきます!
と、メモを確認しながら言おうとすると、ナナカマドは続けてなにやら何処かからぬいぐるみを取り出して来た。
「あと、こいつも連れて行け」
……。
円らな瞳のにわとりさんだ。
「コチー」
「わ、わぁ。鳴くんだ」
両手に乗るサイズの程よい大きさのそれは、ふわふわしていて、まるまると太っている。
「コチー」
「……これは」
「お守りだ。私の力でカオスを宿らせている。他の名状しがたい者に会ったら赤く光って知らせてくれるだろう」
そのまま歩いて居るとちょっとギョッとするものだが、
こうやって、ぬいぐるみの中で鳴いて居るくらいなら、妙な愛らしさがあった。此処でのカオスは混沌の一部であり生命の源のようなものらしい。
「これ、手作りなんですか?」
たぶん答えてくれないだろうな、と思いながら聞いてみる。
珍しく、彼はすぐに立ち去らなかった。
「あぁ……うちは、ある陰陽系の家なんだが……何かと物騒でな。
物心ついたときには、家のあちこちに異形が闊歩していた。
誰かの怨みや思念なのか、それとも別の理由でやってくるのか……いくら祓ってもキリがない。
それに、やつらはすぐに人間に憑りついて精神を蝕んでしまう。
人間に守ってもらう事は出来ない。
そんなとき、幼いながらに依り代として作って……そこからずっとなんだ」
「へぇー、そうだったんだ。幼いときから、護身の為に傍に置いてるものなんですね」
まさかそんな深刻な理由があったなんて知らなかった。
ただの可愛いもの好きのファンシーな人だと思っていた。
無骨なタワーであんなぬいぐるみやパペットを溢れさせている男なんて
シュールすぎるしと、思っていた。
でも、これは彼なりの強さと優しさの具現なのか。
感心していると、
「でも」
と、彼はつづけた。
「このことはあまり、外では言わないでくれないか。力と言うのは、基本的に、デリケートな情報なんだ」
目を逸らして、ちょっと気まずそうに苦笑するので、釣られて微笑んだ。
「わかってますよ」
やはり、メロちゃんも、不器用なりにミコのことを案じたものなのだろう。
「ははっ。これ、可愛いですね」
「傍に居て貰うならやはり可愛い方が良いだろう? その……いかにも戦うことが前面にあり過ぎると、頼もしいが」
時々、辛くなる。
内包された意味の重みは、どこか、コトにも理解出来るようだった。
「それじゃ、頑張ってくれ」
「行ってきます!」
ナナカマドが何処かに戻って行くのを見送り、コトも廊下を進む。
非常灯を目指して真っ直ぐ進むだけなのですぐに着いた。
「このドアをあけ……ればいいんだよな」
重たいドアを開けようとして、頭上から無機質な声が降ってきた。
《合法の認証コード、あるいは、それに匹敵するマイナンバーをお願いします》
そうだった、マイナンバーを入力しなくては。
「0…1907129…0…0…90…7770……468…1……0」
メモに書いてある通りに読み上げると、カチャ、と音がしてドアが開く。
先に進みながら、コトは頭上に呼びかけた。
「おーい! 皆さん、居ますかー!?」
――――反響した自分の声が響き渡っていく。
今のところ、人の気配はあまり感じられない。
何か居そうな気はするのだけど……
「コチー」
にわとりさんは腕の中で、静かに鳴く。
人間の業で生まれた、名状しがたい何か。
彼らが消えていくのも、無暗に生み出されるのも、なんだか悲しかった。
外に出ると驚かれるというだけの理由で居なかったことになるなんて、
人と、異形は何が違うのか。
分かり合うことを願うのは罪なんだろうか。
(それでも俺は……、やっぱり、フレテッセや、ベヨネッタとは違う)
らせんのように上へ伸び続ける階段を上る。
なんだか、あの頃を思い出す。それから、彼女の事――――
「あ、そういえば、お前のことはともかく、あの椅子のこと、聞き忘れたな……」
なんだったんだろう。あの椅子。
暗くてよくわからなかったけど、サイズ的には普段カバーに覆われている、
地下室にあるあの椅子みたいだ。
考え事の間にも「コチー」が聞こえる。
情けない声で鳴きながら、さぁ次行こう!と張り切るにわとり。
(面倒だから、コチーにしておこう)
「そうだな、先に進もう」
抱えていると、確かに閉塞感がまぎれるような感じもあって、聊か気が楽だった。
5階くらい上がったところで、またシャッターが現れた。
シャッター前に、パネルが出てくる。
よし、認証コードだな、とメモを見てみるも……どうも、
認証コードでは無さそう。入れても入れても反応していない。
「聞いてた話と違うやんけー!」
うわあああ!と、思わず頭を抱えたくなるが、抱えてもどうしようもない。
どうするんだこれ、と、引き返すことを考えて居た時だった。
ふわ、と、何かが、肩の傍を漂った気がした。
――――?
辺りを見渡す。そして、傍を飛んでいるものを目視した。
四角くて透明な……
「パネル?」
2023年4月6日16時59分




