アイスさんと⌒(ё)⌒2
真夜中の建物は、亡霊のようだ。
……と、ときどき思う。
誰も居ないのにどこか人のにおいが染み付いている。
規則的に駆動音をさせているエレベーターが、まるで違う言語で人間に話しかけ続けてているみたいだ。乗り込んでいると、どうしても、そんなことを思ってしまう。
重力を感じながら、下へ、下へ。帰りは上へ上へ。
原理は似ているくせに空を飛ぶための魔法よりもちょっと憂鬱なのはなぜなのだろう。
人工物の冷えた体温に囲まれていると、やはり、どこか息が詰まりそうになるなと思いながら――――――
「中華まんはコンビニのでよろしかったで・す・よ・ね?」
タワーの地下に来るなり、アイスはコンビニの袋を目の前に突き出しながら切り出した。
買ったのは自分だし有無は言わせない。
「あぁ……来たか」
「それからこちら、我が家からわざわざ転送させた、シソジュ」
袋からもうひとつ、水筒に入ったものを取り出すが。先客の彼、は手のひらをつきだして断る。
「いや、ありがとう。ちょうどここにお茶があってだな」
「そうですか……」
中華まん1個では腹は膨れないので、袋の中には一人二個、計四個が入っていた。適当にからしとかの付属品も分けた後、アイスは二つを持って壁に寄りかかる。此処には何故か立派な椅子がひとつしか置かれていない。
何の用かと彼、は気にしているのは最初から見えていたのでアイスは早めに口にした。
「あの。タワーのシステムを後で調べさせてもらいたいのですが」
「それなら後で、まおちゃんに通して貰う。何か異常でも?」
「……カノンが、この街で歌姫をしているのは、ビットレゾリューションレベルを少しでも均一化するためなんですよね」
当初にアイスがこの街に居ついたときは、彼女はまだ居なかった。
それからの業務で随分と時間が経ってしまっている。
「もうひとつある。言わば意識の抑制。ここ2、3年程の力の押さえ込みには成功していた。だが……あの放火のニュースは見ただろう。あの火は人工魔法による発火現象だ」
「なるほど、造られた火でしたか。それは、私が察知できないのも無理はない」
人工の火は波形が一定なので、電化製品のエネルギーと似ており、通常逐一気にしている者はほとんどいない。
「そうだ。バックは恐らく、あの令嬢絡みのカルト宗教や、隣国の者だろう。tita事件もあったというのに、懲りずに、また力に手を出した者たちが、均衡協定を揺るがしに来た」
「タカユキ暴走ですね。誘発の数を激増させた憎むべき出来事です」
「我々はビットレゾリューションレベル、そして意識を少しでもイコライズすることで、暴走の意思を覆そうとしていたのだが……どこかで、歯車が掛け違ったらしい。人間側が気に食わないのもその通りだった。それはすなわち世間に広く向けなくては成功しない。《人気になる》ということなのだから」
人間側、という言葉は、アイスの心の中にも暗い影を落とした。情報がどこかから漏洩しているということと、人工魔法のこと。
「雑誌には載っていないが、火をいち早く消したのは、マネージャーだと、その彼女は言っていた」
「私よりも、早く、察知しきれない人工魔法を消し去った……フフフ、やはり黒ですか」
中華まんにかぶりつく。
少し空腹だったせいもあってあっという間に1つ食べ終えた、と思っていると目の前の男は既に二つとも食べ終えて、お茶を飲んでいた。早い。
「そう、黒かもしれないな。だが、今我々が下手に詰問に動いて、宗教やらレジスタンスやらの揉め事になるのも面倒だ。彼の代わりを手配するにしろ……いや、どの道、今は休業中なのだが、今のところは、力の回収をしていくうちに内部関係者に接触出来るだろうと踏んでいる」
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「ふむ……」
アイスは思考する。
リミッターのビットレゾリューション域、統括レートに直接干渉したことは無いが、結界内での定期循環を欠かしたことは無い。その意味ではある意味環境における規定数値は一定に保っているのだと思っていた。
けれど、個々の能力値のばらつきはすっかり内部にまかせきりになっている。以前の大戦によって7人が5人になったときにその引継ぎにも支障があったのだろう。
他の者ともそれぞれの理由があってなかなか交信が出来ていない。
(今以上の稼働域を広げるとなると。闇に溶け込んでいるほうが身動きがしやすいか……)
「あの」
「なんです。今からタワーシステムの方に?」
「いえ。それは後ほど。少しでも誘発や暴走が起きぬよう区域制御は私も力を貸すつもりなのですが、その前に一つ、頼まれてくれますか」
「先に内容を聞きたい」
「カノンを。あの子を外に出してください。彼女の稼働域の広さなら、一街分のリミッターに一気に干渉出来る。人間側の操り人形のサンプルを手に入れるにも、最速で最適な誘き出しです」
「確かに、燃やしていないところが燃える、そこに彼女が居ると言うのは、真っ先に視線がバックの側に向かうか。だが、操り人形とは」
「カノンの誘発か《別の手》、どちらかでわりと簡単に作れる筈。
制限原理を応用すると、人間を直接、制限装置に繋ぐ……でしたっけ、とにかく暴走しそうな人間を、どこかからレジスタンスを関与させずに誘き出せれば良いのですが、ね」
アイスの目の前に居る男は言う。
こいつ、なんでいつもシソジュース持ってきてるんだ。じゃなくて。
「それなんだが、近年の様々な件の影響で粒子が既に蔓延している。恐らくは指示言語だけでも……」
「それは……」
アイスは思考する。
目の前の男もまた、黙ったまま、何か考えているようだった。
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??:?
──電話は、好きじゃない。
声だけじゃ、本当の想いは完璧には伝わらないのだと、その男は、思って、考えている。
アイスをタワーシステム案内の『まおちゃん』と共に屋上まで通してから、男はやっと一息ついていたところだった。
しかしそのタイミングを見計らったかのような急な着信があった。
電気も付いていない、タワー内の一室で、相手の声の振動波形を想像しながら、彼はいらいらした様子で、赤い印を付けたボタンを押す。
彼が相当に機械音痴であることは、部下にはまだ知られていない。
やあ、と受話器の向こうの者が挨拶をして早々に切り出した。
「我々の研究結果を伝えよう」
「あぁ……」
そういえば、頼んでいたのだ、と。彼はすぐさま思い出す。
彼は制限装置の設計者の一人。
それから――
「体質が変異する子どもが、人間に増えている」
電話越しの男は早口で語り始めた。いや、こいつは、いつも早口なのだが。
「──魔族たちは人間を惹き付ける特異なフェロモンを持っている。その作用で操られているのではないか? とあのアイドルの娘を見ていると思うんだが、近辺の粒子を測定していた限りに置いては、どうやらそれ由来ではないことも起きている可能性が出てきた。密閉環境での粒子を観察していたが、指示言語以外、生命活動域においても微量に熱を放出していた」
「お前のいうことは相変わらず漠然としている。体質? なんだ、それは、指示言語が間違って契約と結びつくという話ではなかったのか」
「焦るな。だから、今研究しているのだろうが。そんなものはない、という態度を取り続ける上にも内密でな。
体質と言ったのはそう……今、こう、いろいろ難しい理論を飛ばしているが、簡単に言えばエネルギー耐性の話なのさ。通常の人間を、制限装置に繋ぐとする。
それは過去の製造実験の事故からもわかるようにすぐに停止するのだが、
ごく稀に、通常よりも遅い速度でリミッターを停止させる人間が、居たことがわかっている。それで、私は何度も設計の計算をしなおしたのだが、どうやっても数字にはまらない存在があったのだ」
「皮下待機魔力のエネルギー循環、それが保護膜となって、制限装置に影響を与えたと?」
「そうかもしれない。私は、そう思っているんだ」
それを、どう受け止めていいのかわからず、言葉が出てこない。
「何かの進化があれば、退化もあり、また別の進化もある。これは、しょうがないんだねぇ」
「…………あぁ」
ひとつだけ。均衡協定がまた大きく揺らぐな、と彼は確信した。
そんな人間が溢れたら、世界は今度こそ混沌に飲まれてしまいそうだ。
「大丈夫、まだ、今のところは、数人、世界でも一桁パーセントだ」
「その、事故のときのやつは」
「彼は散々実験にあったあと、安楽死させられたね。
その事故が起きた現場がちょっとばかり、非合法な組織だったもので、口封じを兼ねてな。他に似たようなやつが居たってもう、しばらく、出てこないと思うぞ」
「……そうか」
それは、大きく協定が揺らぐことは無さそうということだ。
少し、安堵すると同時に痛ましい事件があったことに少しだけ思いを馳せた。
せめてその組織に消された彼の分まで生きるとしよう。
「それにしても、きみは、上司に敬語を使わないねぇ」
「元クラスメイトに、使いたくはない。お前の口調にも腹が立つ」
「ハァーーッハハハ!!!!」
無駄に五月蠅く吹き出した彼に、思わず送話口から耳を離す。
それから改めてボリュームを下げつつ、もう一度声を電波に乗せた。
「それで、体質が変異した人間は、普通の人間とは違うのか? 魔法が使えるだとか」
「まだ、なーんにもわかっとらんよ」
「はぁ」
「だが、これから、わかるかもしれないね。その『タワー』は、各管理局を統括している……『もしかすると、というデータ』も、ちょっとずつ探っているところなのさ」
「また勝手に」
「もし、目の前に、現れたら、私に報告するように」
通話が切れる。
なんだか妙に緊張していたらしい。電話を強く握り締めていて、手が痛い。その場に座り込みたくなった。
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その後エレベーターを使い、屋上に着いたと同時に、アイスが戻ってきた。やけに嬉しそうな笑顔をしている。彼の綺麗な青みがかった髪も、今の暗闇のなかではほとんどよくわからなかった。
その場所にはモニターや周辺機器があたりを一周するように複数並んでいる。
電気はついていないが、その機械的な灯りが部屋中を仄かに照らしていた。
「あ、来られたんですね」
「あぁ。知りたいことは知れたか?」
歩み寄ると、アイスはひとつのモニターを指差した。
MAPに制限装置の位置が記されているものが移る。
これを番号キーなどを組み合わせて切り替えると、細かいデータにアクセスする仕組みだ。
「そうですねぇ、フフフ。私面白いものを発見しましたよ、ほら、この数値!あれだけの制限装置に囲まれた街で、一人だけ待機魔力が高い少年がいた」
「…………そうか」
「他はほとんどすかすかなので、際立つとすぐわかっちゃいますね」
普段から膨大な資料を読みなれているのでアイスがいう、すぐわかるが周りに当てはまる保証はないが、それでも、あの電話の後だからか、これもなにかの因果を感じる気がしてしまう。
「不思議ですよ。どうして彼はあんなものを抱えていながら、平然と、高校生などやっているのか。とても。不思議です。彼は何者なのか? 興味が沸いてしまったので、この闇に溶けて今後は彼に近づいてみようと思います」
「……はぁ」
「『羽浦 琴』 どうしてだろう……私が居たのも、日本の村だったからかな。
なんだか、とても、とても、懐かしい」
懐かしい?
アイスは――逢須は、一体。
「あぁ! そうか! そうだ! その手があった!!」
やけに高揚した気分でアイスは叫んだ。
「そうすればいいんだ!! えぇ、それで良い!」




