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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
89/240

白銀のキケル






昼。


中芯タワー地下。






■■■■




 一度、母の様子を見に自宅に帰ったコトと違って、ミライちゃんはタワーから動かなかった。


私は、いいの、と言ったままタワー地下で佇んでいる。


帰りたくないのか、帰るところが無いのか、特に誰も触れなかった。




「彼、大丈夫かな」




 リルはまた寝ていたし、キャンディは何処かに行ってしまうし、

キャノもタワーの内部を見てくると言って何処かに行ってしまった。

 テネはこれからどうしようかと、出口に向かいかけて、酒瓶を手に持ったまま彼女を振り返った。

「やっぱり嫌だよね、これまでがprologueで、本編は始まってすら居なかった、これから始まるんだ、って言ったら……」




 彼女はどこか悲し気に、そう答える。コトの母親が仕事が出来なくなってしまったのも、

彼が動揺しているのも、いづれ真実を話さねばならないのも、本当は彼女にも思うところはあった。だけど、彼女にとっての真実が、彼らと違うだけ。

本だったらつい捨てたくなるような地獄を読者が受け入れられないとしても――――







「私は最初から決めていた。此処に来る前からずっと。此処から抜け出して、今度は全て終わりにする、って」

淡々とやるべきことをするために此処に居る。

そこに、自分だけは、感情を持つわけにいかないのだ。





 彼女の前を通り過ぎかかったテネは、特に表情を変えることもなく言った。

「僕は、何だって構わない。君が何かを望んだように、僕たちもそれぞれの望みがあるだけだから」




 ミライちゃん、は彼の方を見る。

目が合うと、「顔色がだいぶよくなったね」、と気にかけてくれた。


「ありがとうございました。電車で、倒れたあと、送って貰って……」


 聞こえては居るのだろうが礼を言っているのを気にも留めず、


彼の方は、なんだか思う事でもあるのかじっと彼女を見つめた。

「どうかしました?」

「いや……、まさか」

「あの?」


バン! と強い音がしてキャノが部屋に飛び込んでくる。

リルも目を覚まして入口の方を向いた。

「あの子が!」

「あの子?」


椅子から起き上がったリルと、テネが首を傾げる。




キャノが何も答えず踵を返し、また部屋を出ていくと、テネたちも誰に言われるでもなく、彼女に続いた。


 ポカンとして立ち止まっているミライちゃんに、ふと戻って来たリルが「行かないのか?」と聞く。


「え、何処に」


聞き返すも、既に答えは無く、また何処かに走って行ってしまう。


(まぁ、行けばわかるか)


彼女も慌てて追いかけることにした。












・・・・・・・・・・・・・





 普段地下にくらいしか用のない彼女らにとって、通常フロアの廊下を昼間に歩くのはなかなか新鮮な体験だった。


 ここ数日は点検中として、内部に一般人が歩いていることは無いらしい。


店も閉まっており、薄暗い。非常灯などがかろうじて見えている。




 ミライちゃんはふと、しまっているシャッターを見て、『これって、出歩かなくともタワーが開いていればタワー内で食事をすることも出来るのでは?』と思ったのだが、みんなが地下に居る際には人が居ない時間か、点検中になっているときが多く、実際のことはわからなかった。





「キャノは、居ないな……」


 静かに歩きながら、


リルが呟く。いつの間にかキャノはどこかに行ってしまっていた。


(魔力を辿ればいいのでさほど問題ではないが)




それよりも、とキャンディが先頭に立ち身構えた。


「誰か居る!」


彼だけでなく、その場に居た全員が先程から、キャノ以外に、此処に居る誰かの気配を感じている。


 確かに、ときどきはあった。


スラムから流れてきたような身寄りの無い者が、こういった施設に住み着くといったことが――――




「おい」


声がして、非常灯付近に座り込んでいた影が動いた。

向こうも、此方に気付いたらしい。


逆光でよくわからないけれど……


「俺は、ダンクっていうんだ、お前らも、此処に住んでるのか?」




















────仲間だと、思われてる?



キャンディが身構えたままで答えた。


「住んでいない。俺さんは、この辺りの町に家があるんだ。今日はちょっと胆試しかな。ダンクはスラムから来たのか?」

「──こんな昼間にか。まあ、いい。ただのホームレスさ。前に仕事をクビになってね」

「そりゃ、災難だったな」

「そうだ、俺らに仕事を肩代わりさせていても俺らは評価されることが無かった……スラムに行ったやつもこんな感じかな。どころか、8年も費やしたシステムも、俺が居なきゃ完成しなかったのに。上の奴等、頼りきりだ、何もしてないって言ったんだ」

「────そ、そうか……」

「いつまで肩代わりしなきゃいけないのか、俺らの側が、遊んでる先輩に頼りきりだということにされ続けなきゃいけないのか、って、考えて……気付いたら辞めていた」






どうします?


走り抜けるのもなんだしな……


そうは言ったって。通報しよっか。


可哀想だよ。


 キャンディの背後で、二人より目立たないように距離を保ちつつ、他のメンバーがひそひそ話し合って居ると――――




「縁もゆかりもない込神町で、やっと正社員にっなったんですぅぅ!!」




 キーンと、張り上げた声が響き渡った。


人払いしてあって良かったが、それにしても。大声を出して大丈夫なんだろうか……


「えぇ……」

キャンディは引き気味だった。

「部長推薦の活動費のっ、ほぉこくのっ! 折り合いをつけるっていう……! 事で……、 もう、一生懸命、ほんとに! 転売問題ッ、IP問ゥエェヘェヘェッアハハハッハハァー!!!」


「この問題は、我が社のみならア゛ーハーア゛ァッハアァー!! 込神の

皆、日本人の問題じゃないですかぁ!! そういう問題を! 解決したいがために……ずっと、貢献してきたんですわ。だけど、変わらないから、それだったら、俺らが、立候補して!」


「落選に落選を重ねてっ! やっとっ!! 縁もゆかりもない込神町で、やっと正社員にっなったんですぅぅ!!」


「でも!! ア゛ァッハアァー!! 俺ら所詮企業の部品なんて、誰もおんなじだおんなじだ思って……!」 

「アーーッ!!ア゛ーハーア゛ァッハアァー!!  先輩がぁ!!!ちょっと温泉行くからって活動費エェエエエン!!!」



 突如。


目の前の、キャンディの体がふわっと浮く。


そう思ったときには、他のメンバーも身体が浮いて居て、それに気づいたとき、既に、上階に飛んでいた。




――――着地。









「え?」

キャンディが後ろを振り向く。

リルも、驚いた顔をしている。テネも、僕はやってないと言う。

ミライちゃんはきょとんとして聞いた。

 「属性とかで解らないんですか?」


 リルが至って真面目に返答する。

「この世界は、力そのものに属性は存在していないんだ。力と言うそのものが存在しているだけ。蛇口やコンロを回すと水が出たり火が付くような感じかな」


 なので、こういうときに、アニメや漫画でよく見るような『空間移動が得意な人』なんていう探し方、属性自体からの個人の探し方は不可能だった。

(ただし、不器用な人や、趣味によっては特定の属性に拘る事もある)


「ミライ?が、クラスターを発生させるもとになったのも、何処にも属さない、元始的な力なんだ」

「なるほど」

「やろうと思えばリルも氷や雷を出せるんだよ。でも、寒がりだから、夏くらいしか観れないな」

テネが言うと、ミライちゃんは「へぇー」と感心している。



 先頭を歩きながらキャンディは考えた。

「ふむ。誰も、空間移動をやってないとすると――――」

もしかすると、『彼女』たちの誰かがやっているのかもしれない。

とにかく、フロアを移動したらしい。


「上に――行けってことか」




それから、辺りを見渡す。

 「……にしても、此処、」

一般立ち入り用の通路では無かった。みんな突然だったからか、誰かが言いだすのを待っているかのように触れていなかったけれど、やっぱり点検用に使う通路だ。


「こんな空間、あったか?」

階段が続いて居るだけの、薄暗い空間。

かろうじて非常灯が点いている。

「内側に呼ぶなんて、珍しいな。システム側に何かあったのかもしれない」

リル、は淡々と呟いた。



  さっきと変わらず、キャンディが先頭になったまま階段を上がった。

 ミライの方ちゃんからはぜぇぜぇと荒い呼吸が聞こえる。

 普段の生活でこんなに階段を上ることはない。既に息が上がっている様子だ。

2,3階上がったところで、シャッターに当たる。

頭上から無機質な声が降ってきた。


《合法の認証コード、あるいは、それに匹敵するマイナンバーをお願いします》

「0…1907129…0…0…90…7770……468…1……0」



  キャンディは冷静に答えると、シャッターが上がった。



リルが目を丸くした。

「なんでそんなの知ってるんだよ、そういうのって確か、資格とかないと」


「あぁ。ちょっとな。このナンバーは、合法な数字だ」



ミライちゃんは首を傾げる。

「まいなんばー?」




  今はあまり聞かなくなったが、

マイナンバーは行政機関や準じる施設が持つようになった数字だ。

「イスの悲劇」の、はじまり時代に立てられた政策が元になっている。

その時代の頃【保険】と称し、業者間で個人の生命そのもの、様々な個人情報が『宝石』や『柱』として魔除けの為に裏取引・販売されていた。

 今はそういった物から作った【保険証】を廃止し、個人が個人として保護される時代になりつつあるのだが、


 その際に導入したのがマイナンバー。

最初は出生児に番号が配布され、それを元に個人情報を紐づける仕組みが作られる。

 しかし、やがて、番号を管理する局が総て乗っ取られ、制圧される。

脱税、賄賂の受け渡しなどの温床になってしまった。

それだけでなく、戦争時の兵力比較等にも利用されるようになった。


「ハッカーとかも情報が閉じれば閉じる程喜ぶ奴が多いみたいだ。

なんつってたかな、予測、が立って、鍵が開けられるかもしれない可能性が出来てくる程、額が上がるんだと。


『当人』から聞いたからな」





「で、ここで、第二次大戦となって――――個人で全部紐づけるのは危ないってことで、

 こうやって魔力値とかから場所とかのリアルタイム情報を取得してるんだ。これもどうかって思うけどな……」


 このマイナンバーで連絡が取れない場合は、自由に権利を貰ってもいいという法案が決められようとしている。


《0…1907129…0…0…90…7770……468…1……0 認証しました》


アナウンスが流れ、完全に入口が開くとそれぞれ奥に進んでいった。


「なんか探検みたいですね!」

ミライちゃんが心なしか張り切った声ではしゃぐ。


「これが、シャッターじゃなくて鍾乳洞とかだったらもっと面白いんですけど」

「そうかなぁ……」

キャンディはぼんやりと答えた。

「でも、懐かしい。鍾乳洞とかじゃないけど、よく採掘に行ったものだぜ。安全度で言えば断然こっちの方が落ち着くけどな」

「採掘?」




 彼女たちのすぐ傍では、しばらく何か考え込んだまま黙っていたテネが、いつのまにかリル、と何か話し合って居る。

「という事は……もう、覚醒したのかい?」

「まだわからない」

手に持ったままの酒瓶が、虚しくテネの掌で揺れている。

外で雀の声がした。

 どうやら、外には通じているみたいだ。

「鍾乳洞って聞くとさ、昔酒盛りしたの、思いだすね」


テネがふと言うと、キャンディが振り向き「あれはやばかった!」と笑った。

「まさかドラゴンが住み着いてるなんてな。さすがの俺さんもヒヤヒヤしたぜ。お前は酒で酔ってるし」

「あの時は、僕も禁酒を誓ったね」

得意げに頷いたテネに、キャンディはニヤニヤしながら鼻で笑った。

「ほんとかー? その手に持ってる酒は何だよ」

「此処は鍾乳洞じゃないからセーフ」

「セーフじゃねぇ。未成年も居るんだぞ」

「僕は大人だからいいもん。こっちに来た時に知ったんだけど、白米とお酒ってすごく合うんだ。ご飯を噛んでから飲むのが最近好きで」


ミライちゃんは、きょとんとテネを見た。

見た目はそう変わらないように見えるのに、彼らは自分たちよりずっと年上なのだ。


 昔、テネとキャンディはある場所の鍾乳洞を探検したことがあるという。その時にテネが酒を飲みだしたのだが、溺れかけたり、ドラゴンの住処を見つけたりと壮絶な体験になったらしい。危うく行方不明事件になるところだったとか。

 話を聞きながら、リルが『相変わらず馬鹿だなぁお前ら』と慣れた様子で朗らかに笑った。


「でも、高校生って、酒飲めるでしょ? 僕とか15歳から飲んでたし」

「此処は18歳からだよ」

リルがつっこむと、テネは素直に驚いた。

「そうなの!?」

「そうですね」

ミライちゃんが頷く。

彼は「そうかそうかぁ……」とやや大人しく納得していた。


「じゃあ、飲めるようになったら飲もうねぇ」

「良いですね」

ミライちゃんはニコニコと微笑む。




「そういえばキャンディは、あまり酒飲まないよな」

リルが振ると、彼は興味無いなと答える。

「クラ……」

テネがボソッと呟く。

「クラ?」

キャンディは不思議そうに彼を見たが、何でもない、と言われてしまった。


2023年2月28日0時27分‐2023年3月9日19時56分‐2023年3月10日13時39分

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