タワーでの話/ 母の事故
あなたは気付いて居るだろうか?
愛が燃えて居ることに。
・・・・・・
「食事は採れたようだな」
彼女らがタワーの地下に到着して数十分が過ぎ、再びナナカマドが地下室に訪れたとき。
そこではテネがなんらかの酒瓶を開けようとしていて
キャンディがハンマーの手入れをしていて、
コトはそれを眺めており、キャノは壁を眺めていて、リルは椅子に座って眠っていた。
その中からコトが彼に気付き、代表して頷く。
「はい、ありがとうございます」
それから、と領収書を渡して来た。
「こんなに」
おじさんから思わず素の声が零れた。
「この量で、なぜこんな値段に……」
くっ、と悲しみを堪えている彼にかけることばもなく、コトは申し訳なさそうに眉を寄せた。(へぇー、この人、こんなに動揺するんだ)と言う感じだ。
「最近何処も食料の流通が滞ってるみたいですよ。魚もそんな感じみたい」
「そうそう、近頃平気で数日前のとか売られてるからな。安いけど」
キャンディが会話に乗ってきた。
食べ物の名前なだけあって気になるんだろうか。
「まるで、どっかが大量に買い溜めして――――」
そこまで言いかけて、言葉を止める。
「どうかしたんですか?」
「いや……」
キャンディの脳裏に、ある光景が浮かぶ。
「あのチラシ……」
「チラシ?」
「いや、散らし寿司とかも良いよな」
「寿司食べたばっかりじゃないですか」
ナナカマドが顎に手を当てる。
考えるポーズのようだ。
「……海外レートか。あとで差額を調べさせる」
海外で何かあったんだろうか?
やけに深刻そうな顔をしている。
「では────」
ナナカマドは彼らの全体を見渡して正面に立った。
「これからの話をする。それと、酒は後にしなさい」
「えぇー」
テネは小さく唸ったが大人しく栓をしなおした。
こほん、と乾咳の後にナナカマドは続けた。
「以前に語ったと思うが……タワーの整備不良が存外に深刻。
整備員が内部に向かったまま行方不明。この時点で、彼らの生存確率は低いわけだが……どちらにしろ今も何が起きているか知る必要はある」
みんなの目が一斉に彼に向けられる。
一応聞いているらしい。リルも目を開けて起きた。
「そういえばあれって、前回聞けなかったんですが、タワーの計測機能がまともに働いてないってことですか」
コトが尋ねる。
彼は表情を崩すことなく「そうだな」と言った。
「恐らく、モニターにも表示されて居ない装置があると思う。そこで、彼から報告を受けたのだが」
ちら、とナナカマドはキャンディの方を見た。
「先日の休みに、出来る範囲で記述を解析してみたんだ。そこに込神町周辺の識別コードではないものが混じっていた」
制限装置内に、使われた魔法の記述を一時的に纏める箇所がある。
これは主に滴定されるサンプルとは別に、言語アプローチから言語の分布などを纏めることで、何処の国で何系統の魔法が主流になっているのかなどを調べるのに役立っていた。これを元に町に対しての言語調整が行われるという話もある。
「込神町で使われた記述が、込神町の結界に受け入れられている場合は、特に出ないコードなんだけど、外部から密入国したりすると、残るようになっている」
密入国……まるでスパイ映画だ。
コトはなんだか実感がわかなかった。
「実は、まだハンターの全容は明らかになっていない」
ナナカマドは相変わらず表情を変えずに続けた。
「あれからもう数百年、未だに魔女狩りなんぞを行う組織が何者なのか、何処から始まり、どの国から現れるのか、我々はずっと実態を探しているわけなのだが……そこで、今回の解析で、某国が新たに浮かび上がった」
突然国の話になった。
コトはやっぱり実感がわかなかった。
「此処で具体名は避けておくが……近代、魔法が発展を遂げてからも、結界の範囲で国ごとに争っていたのは習ったかな」
ミライと、コトに視線が向けられる。
「はい」
「なんかそんなのあった気がします」
領海、領空などと別に新たに存在することになったものだったように思う。
北と南で波長が異なっているだとか、なんとか。
難しくてよくわからなかったが、とにかく、すべての魔法が一度に暴発しないように、大魔女が結界を土地で区切ったのではなかったか。
「しかし、領地や、島を手に入れ、自国に取り込むことで、それを広げられるわけだ」
「まさか」
コトはすぐに思い当たった。
「込神町は、古くから伝承の残る地として何度も狙われてきた。恐らく内外から土地を交渉している者が居るのだろう」
「でも、土地って……」
「根拠、というには曖昧だが、土地に目を付けているのではないか、と思われるデータはある。此処で言う程の確固たるものではないがな」
確かに、タワーにしろ、あちこちにあるドローンにしろ、民間人の仕業ではないと思った。
軍事的に、国力を注ぎ込んでいるかのような変な余裕が見えたというか。
確かにそのくらいして行われたのがあれらの工作なら腑に落ちる。
かつて戦争に使われた、旧式の武器。
あれも……
過去形ではなく、現在進行しているものなのだとしたら。
「戦争を、するんでしょうか」
ミライちゃんが、淡々と呟く。
誰も、肯定も否定も出来なかった。
「今も何処かが、ずっと戦争をしている、それだけさ」
リルが、静かに答えた。
「確かに、煽るにはうってつけな物のひとつかもしれないな」
「でも、それだと、込神町を奪おうとしてるってことでしょ?」
キャノが間に入って来て言った。
「それなら、此処に住む、魔力のない人も危険なのでは?」
「いや、魔力を持たせようとしているんだ」
答えたのはテネだった。
「戦争が来るから、そう言って煽って」
どこか寂しそうに、ばつが悪そうだ。
コトはなんとなく、駅前で見た選挙活動、あるいは宗教活動を思い出した。
奇跡の力だとか、馬鹿みたいだ。
(彼女たちが、その力の為に何を背負っているのかも知らないで――)
あの日の、禿げた男の目が一瞬ちらついた。
「そんな! それじゃ、私たちが殺し合うだけじゃない! 戦争だって、何処かの偉い人が起こしてるだけで」
キャノが言うと、
「だから、黒幕を探してるんだろ」とキャンディが静かに零した。
「その偉い人だって、何処かに唆されてる可能性はまだ存在する。
――――ったく、使えもしないのに人間に持たせたって、最悪国ごと吹っ飛ぶだけだってのにな。煽るだけ煽りやがるんだから」
確かに、傍観者あるいは、この土地を利用したかったり憎んでいる者には関係の無い事かもしれないので、大まかには筋が通っているようにも思える。
ナナカマドは、コホン、ともう一度咳払いした。
みんなの視線が彼に向けられる。
「とにかく、もうそろそろいい頃だろう。内部に向かってもらうことになるが……」
が、で一旦静寂が流れる。
原子力発電所などは、そういえば、どうなっているのだろうと、コトは考えてみた。まずはこちらが優先と言うことなのだろうか。
「内部でもしかすると、そのような工作員を見つけるかもしれん。
あるいは何かトラブルが起きた場合、治外法権を持ち出されるかもしれない。わからない事は確認を取って欲しい。くれぐれも、注意するように」
目の前の彼から、何処か足元が浮ついたような、不安そうな感じを受ける。
ナナカマドは、その場を出ていく間際に、
「それから。タワー内部は制限装置の影響をもろに喰らう為、何もせずとも通常の倍くらいは魔力を持っていかれる。生命に関わるだろうから、準備は怠らないように」とまとめた。
2月24日12:08
…………
「こちら茜」
──此方北区情報管理課・総本部なのだ
「放送依頼環境保護へ協力してほしい。《エコ袋に関する放送》をお願いします」
──了解、なのだ……他には?
「飛びモン、今日は、天気が良い!派手にイケるぞ!」
──これはまさか!
「今から日没まで、指定場所の周辺を飛び回って欲しい。環境のためだ」
──いぇっさー! こほん、了解……なのだ!
「これで、新たに監視行為の手配ができ、いつでも記録できる状況となる。拡散可能となる──次は、悪友の手配だ」
「拡散命令。子どもの覚醒状態を隠蔽し、此方に視線を向けてごまかす準備開始。
トップからまた逮捕状の話しが出た!白紙撤回して欲しかったら、命令を聞け!
今から、茨城県へ行け!
そこでエコ袋に関する放送が流れる!録音だ!」
────わかったのだ
「外では、今回のためのドローン衛星か飛行体が確認できる予定。
これを録画、写真を撮り、『奴が嫌がらせ放送の迫害現行犯です!』と見出しをつけ、池っちをネットで拡散すること」
それから──
「あまり酒を飲むな。
急いで金を盛らないと出られないぞ」
──飲んでないのだ。
他にはない?
「その後……ボスから、子どもたちの事実を表沙汰にしないよう、
『病気作り』『履歴書作り』だそうだ。メディアも織り交ぜて精神疾患かうちら側の工作だということに、強引にしてもらう」
・・・・・・・・・
タワー内での話の後、コトが一度帰宅すると、リビングに座り込んだままどこかに電話をしている母と会った。どうやら入院はしていないらしい。
けれどどこか覇気がなく、弱々しい姿だった。
「……はい、ちょっと、重いもの持ったりが厳しくて。しばらく休ませて貰いたいと」
話の内容からして、仕事ができないので休むらしい。
急な話だったが、仕方がない。
とりあえず思っているよりは一見健康そうに見えた。
「帰ってたの」
通話を切るなり、母は座り込んだまま、
コトを見上げた。
「あぁ……ただいま」
コトはリビングに入る手前の廊下から挨拶する。母は弱々しい声で言う。
「母さん、しばらく仕事休むから。今、保険が降りるかとか聞いてるところ」
「ど、どうしたの?」
まさか今朝の話などできず、コトはなるべく、他人ごとのように質問した。
母は、ちょっと転んだと答えた。
「職場でね……重量級にぶつかったら、腰折れちゃって。前から腰は痛かったけれど、とうとうヒビが入ったみたい。今日はコルセットだけ測って頼んで来た」
「そっか、わかった」
どう相づちを打てばいいかわからなかった。
けれどとにかくしばらく家に居るのだろう。
別に若いという訳じゃないけれど、比較的健康な方だと思って居たので少し戸惑う。
(約束、破ったのか? ……やっぱり、俺の……)
おまじないでも、気休めでもいい。
関わらないで欲しい。
二階の自室に向かおうとしていると、背後から母が呼んだ。
「あんたも、仕事なり見付けなさいよ! 父さんや私も歳だし、いつか働けなくなるんだから! 高校はさっさと卒業しちゃったし! 行きたい大学は知らないって言うし! これから、どうするの?」
「はい……」
たぶん聞こえてないだろうけど、返事をする。母は黙って戻って行った。
──どうせ奨学金だろ、
借金返済と、『アレ』を、両立する余裕なんか無い。言い訳ばかりだ。
それに正直、なんとも言えない気持ちだった。
両親が突然病気や怪我をするかもしれない。仕事が急に出来なくなるかもしれない。
それは間違ってないけれど、でも今朝の光景も黙って受け止めて、さらに頷かなくてはならない。どこか理不尽に感じる部分がある。
日常にあるものや権利を外部から無理矢理ねじ曲げられ、奪われ、その中でも言われているような……さすがに実力とかじゃない理不尽さだ。
それから、変わった人や魔物が否応なしに見えてしまう中ではつい、そちらにばかり意識が向いてしまうし……
なにより、心がしくしくと痛み、傷付いていた。
小さな頃の約束──
『絶対に自分の書いたものを見ないでね』という、コトにとっては根幹を支えていた大事な約束を、
母が裏切ったのかもしれない、と考えると、それを破って、案の定事故が起きている事実が恐ろしかった。
恐れ、悲しみ、怒り、蘇るトラウマ。
どうして、俺に関わるんだ。
本当はなんの仕事をしている?
事故はわざとかもしれない。
わざとじゃないとしても、俺に触れたからかもしれない。
────偶然が重なる、というのもまた運命のひとつだ。
また…… みたいに、
俺が……壊すんだ……
だってあれは永遠にいのちを喰らう。
『あの子が選ばれた』
「──え……」
我に返る。
時々、知らない声がする。
時々、知らない自分が居る。
ミライを思い出した。
(ミライ……俺の、今の俺が生れた、世界の起点──)
俺は流れに捕らわれたままで、まだ世界の全てが見えていないのかもしれない。
「って、一時帰宅しただけなんだから、早くタワーに戻らないと」
覚束無い足取りのままに部屋になだれ込む。
クローゼットを開け、適当に重ねていたハンガーから服をもぎ取って着替える最中にも、ミライのことがちらついてくる。
好意とか憧れとか、そういうのよりも、彼女が突然現れたことに驚いて、戸惑っていた。
これも、誰かの筋書なんだろうか。
(8時にテレビを見る、決められた料理番組を見る、ジャックの召喚の儀式……)
見えないところから自分たちの日々が通常以上に仕向けられているようにも思えるし――――
頭を振る。
あぁ、これじゃいけない。
流されている。
流されるのは、足元が流れのなかにあるから。
(起点に辿り着けば、そこからなら、流れが変わるのか?)
それが何を意味するかわからないけれど、他でもない自分がやらなくちゃいけない気がする。
(ミライは、どうして、それを知っているのだろう)
端末を取り出し、時刻を確認すると、ちょうどメールが届いていた。
「クーポン配布中! 期間までに受け取ってください」
携帯会社からのもので、フェネックのようなキャラクターがアイコンになっていて可愛らしいメールだった。
「コンビニ、薬局……」
そういえば街にいれば誰でも受け取れる情報は、ラジオやテレビだけじゃない。一瞬、バニラちゃんが脳裏をよぎった。
こうやってチラシなどから工作するってこともあるのだろうか。
(それでもクーポンが何を意味するかわからないな……)
簡単に身支度を整えて部屋を出る。
階段を降りている間も、誰のものだったのかすらわからない声が、あちこちから反響して聞こえている。
────俺たちは、どうせ虹にされるんだから。
────虹を恐がってちゃ生きていけない。 今居る俺たちはなんだよ。虹なのか?
ファンタジーか?違うだろ?
あんなのは大人の押し付けだ。
俺たちだけが、本当は現実なんだ。
────ハリーも、俺たちを取り込む気だとかって話か?
過激な思想を持っているんだな。
────それじゃあみんな操られてるっていうのかよ?
情報を操作されて、メディアに洗脳されてるだけって?
────なぁ、俺たちだけが現実なら、
みんなは、誰の為の、何を見てるんだ?
────虹の為の、虚構だよ。
『そこには何もない』
「あぁ、うるさい、うるさい、うるさい……うるさい……」
怖くなって声を出すと、ちゃんと声を出せた。フラッシュバックが消える。
心臓が早鐘を打つ。
廊下ですれ違った母が、洗面所の方から出て来た。
口元を抑えて、腰を曲げた状態でうつ向いたまま、
「なんだか、吐き気がするの。ずっと」
と聞いても無いのに答える。
「あぁ、なんだか、消化も悪くなっているみたい……食べても戻ってくるし」
「心配だね」
知らなかった。腰を痛めると内臓にもそんな風に影響するのか、とコトはなんだか不安になる。
人間は腰痛になりやすい生き物だから、ただの他人事で聞いていられなかった。
「そうなの、どうしましょう」
「お医者さんに、聞いてよ……」
「通院したときに相談しようかしら」
母が遠ざかっていく。
台所に行くようだ。
──今までかかった病気をメモして整理させてもらえませんか
コトはふいに、あのときを思い出した。それから、検査を断った誰かの姿。
──いや、腰は……
「もっと前の時間の筈だ」
ふら、と足がふらつく。
見えているのに、視界が一瞬ぶれた。ちょっと、疲れたかも……
見えてない世界を、急に見たりしたから。
「そうだ、今日一日、ペンと紙、持ってようかな」
これで病院で症状の改善策を聞いてメモするのもいいかもしれない。書けば少しだけ広がる認識と世界。
「プリンつくっといてー」
アハハハハハハ! と、台所から母の声がする。
「今日は、煮込みハンバーグにするから!あんたが!それと、ポテサラね!」
(ハンバーグか……)
見たくないもの全ては、見えなくならないんだな、と他人事のように思った。
ジャックは出てこなくても、母が『また』憑りつかれたみたいになりませんように。
・・・・・・・・・・・
天野シズカは焦っていた。
雑踏の中を歩きながら、何処かに電話をしている。
先程彼女に電話がかかって来た。
コトの母親の事故を『あちら側』が嗅ぎ付けて表沙汰にされるかもしれない、と言うものだ。
ある理由があって母親の方も、勿論長い事追跡し続けてはいるのだが…
全て偶然として処理できるようにしているのに、なぜ表ざたに。
TOPは焦っているらしい、と電話の向こうの人物は相談してきていた。
「……そう。もみ消すの、大変でしょう。そうだ、私の話だったことにしてあ・げ・る。
持病がいつもより酷く発症したから薬が必要だ!と通院すれば時間稼ぎができるかも」
彼女たちのいつもの手口はマスキングだ。
自分たちの言動を誤解された、自分たちがやったことだった、というように
演技でカバーして、世間に伝え直す。
上層部への報告も、これは自分たちの問題であると嘘で書き直させることで、
書面上での時間を稼ぐ事が何度もあった。
「そうだ、トップへ、これも、お願いしちゃうのはどう? そして、その間に、パワハラ問題も調査してください、いいのよ、私なら、もともとこんな生活してれば普段から極度のストレスがかかっているもの。症状が酷く発症しても、不自然ではない」
それに現役からパワハラ問題が出ていたあの人……
これも、不自然な提案にはならないだろう。イケるんじゃないか?
(落ち着いて、がんばれ!)
だけどこれだけだと、普通に通院して終わる。
機関の監視から外れ、ダミー嫌がらせ作戦を命令できる時間を作らなければ。
「 ──そうだ、こう伝えてみたらどう?裏金の関係者を、母親の通院先へ来るよう、伝えます。病院の入り口から1番近いトイレで待ち合わせします。
お金は全て、トップへ渡します!【入り口から1番近いトイレ】これを伝えたほうが、信憑性が高まる!付けたほうがいいぞ!」
2月15日14:52─2月18日14:37




