ネーミングライツ
──どうして私は、好きなものを作れないの?
私だけ、私を作れないの?
今の私が好きだった。
私が好きなものがあるのが私だった。
私の情報が私なのに。
でも私は、私じゃないんだって。
私は私なのに、
それはいけないって言うんだ。
なんで私は私じゃいけないって言うのかな。
私は、私を壊さないといけないって。
じゃあ私の人格を形成する為の、私にだけ存在する情報はどこにあるの?
みんなが見ている、私はなに?
私なのに私は知らない。
何処の、何の情報?私が私だという情報はどうやって手に入るの?それが私だという確証は何処にあって、私に私だと定義付けられる私が、どうして、私には居ないの?
私が私だと定義付けられるほど私が私に存在しないから、みんなが何を言っているかわからない。だって、私も私が必要なんだ。私が私を知らないのに、
「文庫って何!?」
私を、私と定義することすら、
まとめて……、信じられない!
私が私なのか、私が私なのか、私が私なのか、わからないから、私が私のこと────────
「ああああ足が足が足が足が足が足が足が足が足が足が足が 足が足が足が足が足が足が 」
私が私なのを、私も知らないのに私は私なのに、私は
あなたが、
あなたが、見ている私が怖い。
私には見えない。見えない見えない見えない。
見えないのに、どうして、それすら奪うの?
見えないものに怯えるくらいなら、誰からも好かれたくなかった。邪魔だなぁって。ほら、だってさ、見えないものを恐れるよりも、壊す方がずっと良い。
好きだったものも、
全部、なくなって、
そこまでして私を構成させない、って、どうしても、見えないのに、
好きだったものも、
みんな、私を構成させたくないんだ、
アハハハハ。
私を構成するためにある、好きなものを作ることすら、邪魔するあなたが、私が好きだなんて嫌味を取り消して。
憎む方が、壊す方がずっと、
だから────
////////
「──朝だからか、結構空いてたね」
「そうですね……比較的静かに食事が出来ましたし」
「あれ、リルたちは?」
「姉弟で肉食べに行ったみたいだぞ」
「さすが姉弟……」
コトたちが食事をして店を出た頃には、空は少しずつ昼に近付きつつあった。キャノやキャンディと歩いていると、
「美味しかったねー♪」と先ほど化粧室に向かい、たった今嬉しそうに店から出てきたミライちゃんの声がした。
「そう、だね」
コトたちは彼女を待って立ち止まる。
ミーティングの中心とされた彼女も、コトの隣の席で、黙々とネギトロやサーモンを食べていたけれど、此処であまり深くは交流を得られなかった。
キャノがいくつか質問したことに答えていたくらいだろうか。
ざっと纏めるとこんな感じだ。
・クラスターの発生する前、駅で電車を待っていたら、キャノとキャンディが歌ったり演奏していた曲が聞こえた。
頭の中が、変な感じがした。
・ときどき、情報が流れ込んで来て意識が覚束なくなる。人間と魔女の所有する情報量が違う為、身体がそれに対応しようとして意識に影響が出るのではないか。
フラッシュバックのようなものが起きる。
・実は石や宝石が好きで、それには宇宙から来た成分が含まれると信じている。火山由来のものも多いが(中略)地球そのものである。(以下略)
よって、星とこの町の構成要素を探す手懸りになりうるのでは無いだろうか。
・野菜も好き。
蕎麦の上の葱も、納豆の葱も、お好み焼きの葱も良いが、サーモンの葱も良い。
ピリリとした仄かな甘味と、酸味。
・深夜テレビに、ときどき、数秒のCMが入ることがある。
秋刀魚のキャラクター、えくすかりばぁ君が、視聴者に謎々を出し続けているが、あれは暗号伝達や、組織にそれとなく情報を伝えているらしい。構成員はえくすかりばぁ君の為に、毎時何分の番組を見るようにと決まっている。
例えば田中さんちの夕飯のメニューは何かにゃ?という一見意味不明な問題のとき、
某組織の田中さんの夕飯に関して何か問題が起きており……
──とまあ、
話はあちこちに飛んでいて、混沌を極めていたってわけだが、
むしろ此処のメンバーは基本的にみんなそんな感じなので、皆結構真面目に頷いて聞いており、こんなに自由でいいのかとコトが心配になる程だった。
いや、本当はこんなことで心配している場合ではない、それよりも、
これから、どうなってゆくのだろう。
タワーに戻るべく道を歩きながら、焦燥と不安でいっぱいだった。
道中、キャノがふいに話を振ってきた。
「ミライちゃんとコトは、クラスメートだったんだよね?」
コトは曖昧に答える。なるべく、平然と。
「まぁ……でも、あまり話したりしてなかったからよく知らないです」
ミライちゃんは、きょとんとして、コトを見ていたが、彼女たちと視線が合うなり「そうだね」と笑って答えていた。
そのときだった。急に、辺りがぐらぐらと揺れた。
「うわっ……」「なに、地震!?」
キャノと、さっきから黙ったままだったキャンディが驚き、コトはぼんやり佇んだままだった。ミライちゃんは、怯えたようにコトにしがみつく。
幸い、この地域は軽い揺れだったようで数分で収まった。
「最近、各地で地震多いね……」
コトから離れたミライちゃんが、ほっと辺りを見渡しながら零す。
「そうだろうか、あまり意識して居なかったな」
コトは、気丈そうに返しながらも、内心ではドキドキしていた。
以前、『地震起こさないでよ!?』と直接母親に叱られていたからだ。水の件もある。
地震には、地面の下を流れる海水等が影響するときがあるらしい。
(また俺のせいなのか……?)
偶然なのかもしれないが、異変はよく、不安になったり、怒りを覚えたり、悲しくなったりするときに感じる気がする。
いや、考えるのはよそう。
自分自身を追い詰めないようにするだけで精一杯だ。
あまり深く考えると心が冷え込んで、息が苦しくなりそうで、何も言えなかった。
その間にキャンディが「もしかすると町の構成が変わったから、影響が出てるのかもしれないな」とよくわからないことを言った。
「そういえば、この町の構成って、時々変わるんですか」
コトは思い出したように彼に聞いてみた。
キャノが、少し寂し気に「そういえば、私は言ってなかったね」と、続ける。
「機械事故で、妹が巻き込まれた話は、たぶん、したと思うんだけど……」
聞いたような気もするし、断片しか知らないような気もする。
それを、そうだと頷いて良いのか、判断がつかず、コトはじっと彼女を見上げていた。
「その後、街中にネーミングライツが生れたの」
「え……と、命名権?」
「普通はその意味なんだけど」
彼女は、どういえば良いのか言い淀んでいるようだった。
「難しいな。詳しくは、どう、言えば良いんだろう……柱?」
「柱……」
柱、って、人柱の事だろうか。
人身御供の一種。
端的に言うなら、建物等に魂を移すことで、コアとして宿らせるという風習だ。その為に選ばれた人間を生きたまま埋める。
アニミズムの一種だろう、古来、生きた人間の魂を物と同化させることで やがては魂が神様として建物等に宿り、これによって敵や呪いを払い除けることが出来る、と考えられていたらしい。
――――でも、結局、街中に生まれたネーミングライツは何を指しているのだろう。
「つまり、その……彼女は本当に居るのよ。表立って聞いてもみんな否定すると思うけど」
「アイスみたいな……」
そういえば、今日はあの人に出くわさなかったが、今どうしているんだろう。キャノはゆったりと頷く。
「そうそう。まぁ、あまりこの辺は強調して言わない方が良いのかもしれないな、試みようとする人の繰り返しになってしまうから。私たちの代で終わらせないと」
「あの……」
思い切って、聞いてみる。
「ネーミングライツっていうのは、もしかして」
――――一瞬、『彼女』の顔が思い浮かんだ。
キャノは悲し気に微笑むだけだった。
・・・・・・・・・・
同時刻。
二人が食事を終えて、外を歩いて居るとふいに頭痛がした。
「痛っ……」
リルは頭を抑えながら呻く。
「大丈夫? ねえさん」
テネはそんな彼女を不安そうに眺めていたが、すぐに彼女は落ち着いた。
「あぁ。大丈夫、ちょっと、疲れただけだから」
俯いていた顔を上げると、テネの方を見上げる。
今日の彼女はなんだか変だと彼は思っていた。
彼しか気づいて居ないのかもしれないけれど、どこかぼんやりしていたし、なんだか元気が無かった。
それもあって、他のメンバーが寿司を食べに行くという間、別行動をすることにした。
「なぁ」
急に呼びかけられ、なんだろう、と、身構える。
やはりリルは言いたいことがあったらしい。
「お前が、来たんだし、私の後、任せちゃ駄目かな」
真っ直ぐな目。
彼女の目が、テネに真面目に問いかけている。
テネは驚いた。
「なっ、何を言うんです、僕なんか、まだ」
「もう一人、新入りが来た」
「人手が無いんだから、そんなの……それにねぇさんは、どうするつもりなんだ。何処に行くんだ、そもそも、何でっ、そんなこと言うんですか」
「たぶん、もうすぐ戦争になる」
テネは何をどういえば良いのかわからなかったが、それでも、彼女が突発的に言っているわけではない事は知っていた。
「お前も、気付いていただろう。神族の影響」
「そ、れは……」
ミライちゃんを追いかけて見た光景や、その前に、町中で見た光景が脳裏に浮かぶ。
「あいつらは、たぶん辞める気がない。私達を下地にして、勝手に変な宗教でも作る気だと思う。同時に、その反動の責任を取ることが不可能だ。
力を封じることも、鎮めることも、何も出来ずに……我儘で暴れ続けるだろう」
確かに、そうだ。
テネも同じことを考えて居た。
昇降式を含め、異常な数の制限装置があるだけじゃない。
目的不明なドローンや衛星も町の至る所にある。
少し前、魔法を模した火災があった。
南瓜の件だって言い換えれば、罪を魔法使いに着せようとしたものだ。
明らかな監視を行っており、自分たちの模倣品を出回らせている。
テレビでの報道なども組み合わせていること等から、社会的影響力を窺わせる。
どこかが組織的に行って居て、背後にまとまった資金が無いと不可能だ。
「兵器でも開発する為にそのうち税金を投入してきて、値上げし続けるようになるんじゃないか。表向きは不作とかなんとかで。急に畳みかけるように始まる……とにかく、民が可哀想だ」
リルの言葉、
それが事実と知って居ながらも、
テネは張り合うように言い返した。
「――――何処に行ったって、戦いになるよ、何処に居たって! 今更じゃないか! 奪われたものは、奪うしかない、それしか……」
「でも、ネーミングライツを、忘れたのか? 私は、全部壊してしまうかもしれない」
そのとき、ふいに地面が揺れた。
思わずよろけるリルを、テネが支える。
「……ありがとう」
リルは彼から離れながら、小さく礼だけ告げる。
「最近、地震が増えているな」
テネはその横顔を、どこか悲しそうに見ていたが、何も言う事が出来ない。
リルは、遠くをみるように空を見て呟く。
「なんだか、あの頃みたいだ」
「昔――――」
世界中で、彼女と意識の激しい同調が起きた。
魔法の取り合いに発展するような言語汚染下による、記述の統一によるものなのだが、それを端的に表したのがネーミングライツだ。
魔女はもともと、神・預言者と同一視されることもある生きた一柱。
その中でも神族の彼女の影響はすさまじかった。
通常よりも力が強く、より早く伝播していったため、奪われた他の記述を一掃すると同時に、拡散していくネーミングライツを留めきれなかった。
その結果、本来、主に意識を同調して魔法として使われる記述が、そうでない場所にも出現することになる。
地名だとか、建造物にもそれは向いた。
「多くの人を、殺した、だろう? 私の意思で」
「それは……」
「言語汚染下になった戦争で、魔法の暴走はもっとひどくなった」
テネにはかける言葉かなかった。
「でっ、でも……行かないで」
「何故」
リル、がじっと彼を見る。少したじろいだ。
テネは視線を逸らしながら呟く。
「その。百合派からクレームが来」
「怒るぞ」
2月7日3:10




