夢と起点/ 水
「好きなもの? 石かなぁ。歌も、ネギも……お野菜、あっ、石って、いくつかは宇宙から来たんですよ。
宇宙を見てると、安心するんです、私、なんか、自分が普通じゃないとかって、どうでもよくなるというか……あっ、何でも、ないんですよ。
アハハハハ、妄想ばっかり、してて…………
霊力? うーん、お化けは見たことないけど……」
「声を受けました。私はいつの間にか寝てて、夢を見ていて……
突然でした。お兄ちゃんを止めて、このままではあなたがそちらに進んでしまう、と」
「その声は目を開け、景色を受け入れろ、と言うのです。
それで気が付いたら、工場みたいなとこにいて、たぶん誰か死んでて……町の様子は……すぐには信じられなかったけれど、でもその声が必死で嘘を言ってないと思った」
「──でも、それが何によるものか……ハッキリ思い出せない……私が覚えているのは、ただ、兄を憎んでいる、という誰かと同じ気持ち……そして、その同じ気持ちと事象が揃っているのが今であるという事──」
「私は、兄を止めることを約束しました。
兄への憎しみは、同時に自己同一性の崩壊という魂の危機です。 ある日、兄によって生存権を奪われてしまう、というそれが……痛いくらいに流れ込んで来ました。私に兄に捕らわれたものではない違う運命を切り開いて欲しい、その為に力を使うと言います」
「──私は、あなたの悲しみを使って私に出来ることを探すことで、あの声の次に『兄』が権力と立場をもつのを止める。
それが、あなたを癒し、共に生きることになるなら私を使ってほしい──
私はまずそう思った。何を言ってるかわからないのですよね……」
「たぶん■■■が■■■だ事、私、まだ、……、
もしかしたら、私にある力なら出来るかもって。出来ること、あるかもしれないと思って……」
「誰かのその願いを、伝えてくれたのはその町でカミサマと呼ばれてる、白い少女でした。なんていうのか、呼ばれたというより、
最初から私のなかに居たみたいなそういう…………親しみというか……」
「彼女は私と、あの声の子を────同じ起点を持つ子として、運命を変えるには同じ起点を持つ子らを動かせと言います。
彼らは重力に任せて運命の流れに従ってしまうから……同じことをしてしまう。
神様のせいじゃない、意識に刷り込まれた立場によって無意識のうちに動かされている。行動に自我がないから。
私の場合は、兄を憎み、寄生する兄に自分が奪われていく誰かのと同じ恐怖──
家族もみんな兄のいう事を聞いて居て、家だと、私の味方は私だけ。
親も親戚も、兄の側についている。
その恐怖は心が砕けて、ほとんど無くなるくらいのものでした。
それによって、兄とは違うことをしたいとか、妹という立場に対する状況だとか強い起点がある。
──それから……わからないけれど、いづれあの工場を目にする可能性を持っている」
「流れによるものであることともうひとつ重要なのは、その起点と併せ持つ矛盾点、私があの子ではないという事──」
「生きていて、まだ行動が出来る、あの子の結果があの工場だとしたら、私にはまだ変えられる。同じ流れの中に居る誰かに私の知識と、事象を持って干渉する行為そのものによって無意識に操られる流れそのものを破壊する……新たな道を示す為に」
・・・・・・・・・・・・
「発動前、頻繁に頭に妄想が溢れるようになった、と言って居たので検査を受けさせたが……このようなことを述べていました」
昨夜。
ナナカマドはいつも幻影の大魔女が居る屋敷で、数枚のレポートを差し出していた。
「診断も受けてもらったが特に発達の遅れや、精神的な疾患が関連するような状況は見られない。本当に、事象の方から彼女にやってきているのかもしれない。……その中にある診断書です」
「これね」
レポートの束をめくりながら、クスクス、と彼女は笑う。
「彼女の覚醒に合わせて、中規模のクラスターが発生した、かぁ……」
魔法が使えても、本を捲ると言う動作は世界から消えていない。
それを確かめているように、嬉しそうだ。
「確かに、精神的な病気の問題ではなさそうね」
レポートにある診断書のコピーにはどれも精神的な正常を保っているという内容が書かれていた。
「フフフ。人々に大きな影響を与えてしまう、みんなが彼女を基準にしてしまう――――それを、私達は神様と呼んだりした……『あの子も』。」
彼女は目を細めて、妖艶に微笑むと誰かを思い浮かべる。
「神的な強制力――――魔力の始まりの力、絶対的な地場の頂点。なんだかまるで、あの悲劇を思わせる……」
イスの悲劇。かつて行われた闘争のひとつ。特定の属性を持たない純粋な『力』が引き起こしたクラスター災害。ナナカマドは視線を俯かせ、軽く咳払いしたあと、緊張した面持ちで彼女に訴えかけた。
「クラスターを引き起こすような属性の力は、制限装置には感知されません。普段の人間たちの挙動まで縛り付けてしまうから。
人間側がこれに気が付くより早く保護しておくべきと判断し、私の責任で此処に連れてきたのですが」
彼女は微笑む。
「えぇ。許可しましょう。これから面白くなりそうね」
微笑んでいるのに、それでも、彼にはなんだか、悲し気に感じられる。
だけど、かけられる言葉もなく、深々と一礼するだけだった。
「ありがとうございます」
・・・・・
『――たまに考えるの。力が無ければ、こうして貴方を縛り付けずに済むのかしら。だけど、力が無ければ、今こうして立って居ることが出来なかった。』
『――力に代償はつきものだから、なんて言葉で納得できる程、出来た人ばかりじゃないことくらい、私も知っているのに。』
かつて、彼女に聞いた言葉を思い出す。
彼女が、もともと人間だったというのも彼は知っている。
だからこそ、他者に力とその代償を平然となんてことの無い顔で要求せねばならないことに、表に出すことはしないが密かに気に病んでも居るようだった。
背中の傷やカトラリーだって、周囲に幻を見せて魔法で隠すことも容易いもの。
それなのに、あえてありのままを見せていた。
どんな目に合うかわからないと、暗に伝えている。力そのものを見せているのだと思う。
……きっとそれが彼女なりのプライドなのだろう。
(勿論、わかっていますよ。だけど、それでも。決めたのは私です。力を求めたのも。……と、いう事すら、きっと、出来ないのだろうな)
意地悪な微笑を思い出して、彼自身まで苦笑いする。
さて、
用事は済んだ。そろそろ帰ろう、と彼は踵を返そうとする。
そのとき不意に、「今日は、星が、見えそうかしらぁ」と聞こえた。
(え……)
束の間の静寂。
窓の外で、街灯に照らされた木々が揺れた。
影が窓に映り、不気味に蠢いている。
カラスが鳴く。
微笑んでいる彼女を見る。
(――――自分に向けられている?)
数秒してやっと、彼は返事をした。
「そうですね」
世間話、だろうか?
……突然の事で、びっくりした。
ナナカマドは、窓の外を見た際、恐らく明日は晴れるだろうと感じていたのでそう答えた。
普段、あまり積極的に会話が弾む方では無いのだが、今日はそういう気分なのかもしれなかった。
彼女が普段、この城で、この広く薄暗い場所で、何を思っているのか、数年共に働いても、まだ見えてこない。
「ウフフフ、此処のベランダから見る月が、一番綺麗なのよ。星もね」
「好きな場所があって、素敵です」
――――ふと、窓際に小瓶を見つける。それは水が入った状態で蓋を閉めて置いてあった。
「これは?」
小瓶は窓からの灯りで僅かに照らされ、ほんのりと輝いている。
「お星さま」
口をついて出た独り言に彼女は答えた。
瓶を見る限り、ナナカマドには一見、単なる水のように透明に見える。
「……何かのおまじない、でしょうか」
思い切って聞いてみる。
彼女は子どものように無邪気に頷いた。
「ウフフフ。そう。その日に採れたお水。だけど、お星さまでもある。瓶に詰めて、こうやって目に晒したいなって思って」
「えぇと」
表情を窺うに、本気のようだ。
「星はいつか、降り注いで水に還る。だから、星を閉じ込める、概念として。ね」
嬉しそうに、そう言って小瓶を眺めている。それを、飾ることが、彼女にとって何かを象徴するのだろうか。
世間話をしてみようと思っても、やはり、感情まではわからない……
「概念、ですか」
彼女は、瓶に入れられた水を眺めながら頷く。
振り向いた際、背中のカトラリーと傷跡が見えた。
「そう。水って、人の心が溶け込んでるっていうから――我々は、本来、結構飲食や身支度以外で積極的に使わないし、概念としては飾らないものなのだけど……だから、飾っておきたいの。お守りみたいなものかしらぁ」
始まりと終わり、星に人生れる為の最初の要素のひとつ。
それが水。そういった逸話もあったな、とナナカマドはぼんやりと思考してみた。
水と言えば、かつては加持祈祷に関するような事件もあったように思うけれど、よく思い出せない。
どこか遠い目をして、彼女は言う。
――――それでね、瓶に詰めたお水を見て願うのです。
どうかこの世界の、私自身の、怒りや悲しみが総てこの水に吸い込まれて、安らかな星のもとに還りますように。
「その想いと、この水が私を守ってくれるのです。なんて。ウフフフ」
まだ夏場ではあるが夜風が何処かから吹き荒んでいる。
今夜は少し冷えそうだった。
2月3日PM2:42




