気圧大変団
既にタワーに戻ってたテネは、タワーの最上階に居た。
同じく、地下から上って来たナナカマドと対峙している。
此処なら、他の人に聞かれないから、と二人が選んだ場所。
透明なガラスの上を歩きながら、一望出来る町を眺めても、テネにはただ心臓が竦む思いになったが、彼は無表情だ。歩きなれているんだろうか。
「あの子を、迎え入れる気なんですか」
テネはエレベーターから降りて、単刀直入に聞いた。
「だが、人間側において置けるとでも?」
ナナカマドは、あてもなく歩きながら、光沢のある床を踏みしめる。
「だけど、知ってるでしょう、始めるのは簡単でも、気軽に終わることすら出来ない……永遠に悪夢を見続けることになる。
過去、どんなに手放そうとしても戻って来る。様々な代償と引き換えにして。
――――だから、僕たちが封印し、鎮めた。
なのに、人間が盗んだんだ……!! 鎮める手段も持たずに、たたき起こし、ただ憎しみの道具にした!! 悲しい気持ちや怨みを持ってしまった」
「あぁ」
「僕は、もう、あの本に関わる人を無意味に増やしたくありません。素人の民間人が背負うものじゃない」
「あぁ」
「それに僕たちが、本当に許されているのは、戦闘能力を有しているからだったはずです。間違った魔法も自らの手で殺せるように!」
「そうだな。コト君は、例外だが……しかし、あれも、どうしてなのか。戦えている」
「本当のことを言って、やめて貰うように出来ないんですか!!」
テネは思わず怒鳴ってしまってから、ハッとして、俯く。
「じゃないと……ねえさんみたいに……」
「私たちも、イスの悲劇が再三起きたことは覚えている」
ナナカマドは重々しく答えたが、テネはそれが癪に障ったように顔をしかめる。
「だったら、葬ってくれればよかった……僕ごと、捨てれば良かったのに……なんで、感謝しなきゃならないんだよ」
どこにもやりきれない気持ちを静かに吐露する。
「あの子たちには、幸せを、教えたかった……戦争じゃない。なのに、どうして、憎しみを覚えなきゃならない、これ以上苦しめて何になるんです」
「……すまない。こればかりは、まさか社長が、協定を逸脱して動いているとすぐに見抜けなかった私の落ち度だ」
「貴方だけの責任じゃないでしょう。僕も、少し熱くなり過ぎましたね。悪用されては元も子もありません。
ただ、せっかく、話しあえたのに。また、あの悲劇のように、目覚めてしまうのではと思うと。僕らは何の為に血をささげたのか」
「わかっている」
「彼女のことは、大魔女や、審議会次第だ。それに――――あの子のデータを見る限り、ただの人間であるとは、一概に言えない」
「え?」
「彼女のことは、大魔女や、審議会次第だ。それに――――あの子のデータを見る限り、ただの人間であるとは、一概に言えない」
「え?」
「teue eni a uele hecoanatao? fgke」
「こんにちは」
「enae e,sあ……の」
「はい。俺も人間です。此処は込神町の、中芯タワー地下ですね」
「う……」
タワー地下。
本来は避難用に使われる一室。
コトは、突然目の前に現れたツインテールの少女と対話していた。
なぜか腕に、先程の警備員の一人――――うさぎさんが抱えられている。
長めのツインテールの中心にある小さな顔。好奇心に満ちた真ん丸の目は、確かになんだかうさぎさんみたいだ。
可愛いお花の髪飾りを付けていた。
朝。診療所から戻る際、コトの端末に電話がかかってきた。
『先に地下室に行っていてくれ』との指示が出たので、リル、と二人、地下に向かう。
キャノやキャンディも此処に来ていたのだが、何故か一旦外に出ていった。
なんでも『いきなり出てくるとびっくりさせそうだから』とか。
なんのことやら、と思いながらドアを開けた先で、突然、少女に異言語で話しかけられる。どうやら、誰かが連れてきたらしい。
本人は日本語で話そうとしているようだが、まだ脳が混乱しているようで、言葉を話そうとしては異言語になっていた。
口を開いた瞬間自ら驚いて硬直し、「あわわわ」と顔を赤らめて俯いてしまう。
目を細めたり、不安で潤ませたりと、忙しい。
確かに魔法を使う際、『情報圧』に飲まれるとしばらく言語や意識に乱れが生じる。
多くは一時的なものだ。
(でも潜在意識に引っ張られる場合が多いはずだ。異言語に変換され意味がコトや私にも通じているパターンは、魔法使いでも無ければ、極めて珍しい……)
リルは二人の会話に何も言わずに壁際に凭れて考えていた。
すぐそばで、コトの声がする。
「大丈夫、ゆっくり、ゆっくり……無理に日本語に戻さなくて良いですよ。俺も、ときどき自分が何語で喋ってるのかわからなくなるんで」
(コト、お前もそうなのか……)
それに普通に対応出来てるのか、とコトに突っ込みたくなってしまうが、何も言わなかった。
「あ、あの」
数分して、少女の意識がやや安定した。
そして、彼女が此処に来て初の、日本語で口を開いた。
「あの……、『気圧大変団』の方です?」
……ん?
コトは、思わず瞬きした。
「そんな面白団があるんですか」
振り向いて、リルの方に聞く。
「私に聞くんじゃない……」
リルは、目を閉じたまま俯いている。どうしたんだ。
「きっ『気圧大変だ―!』って、言って……みんなで、私を、囲んで」
ツインテールの少女は至って真面目に聞いているみたいだった。
「そ、それに、『なぜ泣いている? あのとき、なぜ泣いていた?』ってワケわかんない質問ばっかして……」
おろおろしている。
だけどどういう意味だ? ゴリラ様みたいな集団か?
コトが、意味を飲み込めずに居ると、横からリルが驚いた声を上げた。
「何、クラスターが現れたのか」
「く、くらすた……?」
「状況を整理させて欲しいんですけど」
コトは、じっと少女を見る。
彼女も、じっとコトを見た。
数秒の沈黙。
「あー-! もしかして、コト!?」
「え?」
「メロちゃんも、そうだそうだと言っています!」
腕に抱えられたうさぎさんの右手?がひょいっと上にあがる。
「ほらっ! 1年のとき一緒だったミライだよ!」
「……、もしかして、ミライって、みこか」
高校で、クラスが一緒だったが、先に卒業してしまった。
クラスの連帯感を無視して、先に行ってしまった為、多くの人から裏切り者と認識されている、現に言われている自覚はあったのだが、まさか『自分が好意的に覚えられている』場合があるとはコトには思いもよらなかった。なんだかむずがゆい。忘れてくれていてもよかったのに。
「うんうんうんうん。そうだよ、メロちゃんも、そうだそうだと言っています」
腕に抱えられたうさぎさんの右手?がひょいっと上にあがる。
「メロちゃんは学生じゃないだろ? というか、どうした、それ」
「んー、なんか、さっき居た格好いいオジサンがお守りにってさ。此処の偉い人?」
今のところ、コトが出会った中で思い当たるおじさんが、一人しかいない。
ナナカマドの事だろう。
「そうみたい。ああいうのがタイプなのか? 意外だな」
「何言ってんの。私が好きなのはマスターだけだよ♪」
ぎゅー、と抱きしめられるメロちゃん。マスターが誰を指すのかは知らないが、幸せそうな彼女を見ていると、コトはなんだかどぎまぎした。
「……で」
と、空気を戻したのはリルだった。
「どうするんだ」
コトは、あぁ、そうだった、とリルを紹介する。
「このお姉さん、視える?」
「幽霊みたいに言わないでくれ」
「はい。ちゃんといますよ、すっごい髪の長い、美人さん」
「見る目があるな」
リルが真顔で呟く。
言葉も通じているみたいだし……疎通できるなら特には問題無いか。
コトは胸をなでおろす。
で。状況確認。
「何から話せば良いんだかわからないが、クラスターっていうのは、特定の集まりを指す、昔あった戦争のときに、食品に呪詛が混ぜられる等あったはずだが」
リルが悩まし気に呟く。
「呪詛――――概念素粒子亜種 特定攻撃意志情報集合体――――と言われるやつですね」
キリッと得意げに言うミライちゃん。
そういうの好きなのか?
「過去に宇宙人が町に来た際に、酸素を受け付けない粒子が攻撃意志を持つ概念粒子と結合し、残ったと言われています」
メロちゃんが、そうだそうだ、と耳を動かした。
リル、が思案顔のまま、話を続けた。
「人間が、なんと名付けたかは知らないが、そう、随分昔から、言葉と意識が繋がって、ときに救いや、攻撃意志をもたらすという事象が知られている。クラスターって言うのは、何らかに基づいた集団を現すが、此処ではその……ある影響力を持つヒトの意識が、何らかの理由で他の人複数に同時に伝播し、組織化してしまう状態だ」
「私の意識があの『気圧大変団』を生み出した?」
「なんだその集団」
2023年1月27日1時00分




