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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
ミライとめぐめぐ
76/240

心の眼 (了)



「さっそくだが」

と。

 彼は、コトの戸惑いにも関わらず、

唐突に壁にある電気のスイッチ群を、なにやらわからない順序で押した。


目の前の壁が大きく歪んで、人が余裕で通れる程の穴が開く。

そういえば前に、この地下から変な空間に出て、そこで小人に会って、土に埋められそうになったことを思いだした。

架空通貨を掘っているとか言っていたっけ。それで、俺が邪魔だから土に埋めようとしていたんだ。よく考えたらあれって勝手過ぎるよな。

というか架空通貨ってなんだ。




「このドアの先は、診療所に繋がって居る」

 さっそく、ナナカマドが行ったのは説教ではなく、診察を受けろと言うことだった。予想外だ。喜ぶとかよりも、驚いてしまう。


「診療所!? 俺、どこも悪く無いですよ」



「くぐる前に、私にだけ聞かせて欲しいことがある」

「だから、俺っ」

行くとか行かないとか――――

言いかけたが、ナナカマドの目は真剣だった。

真面目に、聞いている。



 静まり返る部屋の中。


「聞きたいのは」


彼は、改めて問いかけた。



「君の眼のことだ――――今、どこまで『視える?』」


どくん。

心臓が停止するかと思った。

ひと際強く、鼓動が動いた。


「……ど、どこって」


「君の眼は、特殊だと、他の人からも聞いている。その症状は、かつて『アイス』にも現れたものだ」

「症状? だって『これ』は、体質、で、病気じゃない」

「あぁ。その体質。その眼のことだよ」

「な、何を言ってるか分からない! 俺は、何も、何処も、悪くないんだ!」


――――なんで、俺が怒っているんだ。

――――なんで、俺は、怒っているんだ。

――――聞き流せよ。このくらい。

このくらいってなんだ。

俺は、どうしてそこまで、人で居たいのだろう。


馴染めもしないのに。




「君は、人間だった。何故、そんな眼を持っているかわかるか。

それのせいで、人間の社会にうまく交われないこともあっただろう」

「あんたは……分かるって言うんですか」


   ナナカマドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。

「ここに、くまちゃんが居る」



そう言って、足元のぬいぐるみを拾い上げる。

「え」

突然なにを言い出した?

栗毛の可愛らしいテディベアだ。

真っ黒い石で出来た円らな瞳がこちらを見ている。

「居るよな?」

「居ますね」

次に、と彼はどこかから箱を出した。

なんの変哲もない、布の貼られた箱だ。




「ここで一時的にくまちゃんが居なくなる」

と言って、箱にぬいぐるみが入れられる。

「だから、それは――――箱に入って……」

「なにが」

「だから、さっきの、くまが」

ナナカマドが箱を開ける。

中に居たのは、ウサギさんだった。


「お……俺はちゃんと、視えてます。こんな、子ども騙し」

彼は、特に笑いもしなかった。

馬鹿げた手品を見せられて、煽られているのだろうか。

「な、なんで、一瞬静かにさせるんですか」

「なんのことだ?」

「……」

「くまちゃんの、波動を、持ってたから、俺」

どく、どく、どく、どく、

心臓が早鐘を打っている。

苦しい。心が痛い。痛い。痛い。

「波動は、視力じゃないぞ? 普通はな」

「――――っ!!!」

落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け

「君が『視ている』のは何だ?」

「っみんなと、同じものですよ! 馬鹿にしないでください。俺の視力は1.5です」

「そうか、では、口頭で聞こう。くまちゃんとうさぎさんとねこさんが3匹と4匹と6匹居る。次にくまちゃんを3匹、うさぎさんが2匹、ねこさんが1匹箱に移動すると、くまちゃんとねこさんとうさぎさんは、そこに何匹残る?」


――――何が、居たんだっけ……


何処に居たんだっけ




ナナカマドが箱を見せる。

「さて、さっきの通りだと、此処には何のどうぶつがいたかな?」


――――何が、居たんだっけ……


何処に居たんだっけ


「あ……の」

「なんだ」

「数字だけ、お願いします」


真っ白だ。

真っ白で。

焦る。


彼は眉をひそめた。


「それでは意味が無い。この際数は何でもいい、何かが存在するというのを想像してほしい」

……赤いのと、緑のと、青いのと、

違う、ぬいぐるみの名前だ。個体識別は波長の色や形のことじゃない。

単語を間違えたら、


「――――君がすぐに答えられないのは、脳内が心像――――具体的なイメージそのものを作り出す機能が破損し、出力できないからだ。何らかが存在することは理解しているが、それがなんだったか答えられない」


「どういう意味ですか。俺の眼は見えているし、普通に買い物もしてた。知ってるでしょう?」


「そう、調べさせてもらったが、さすが早々と卒業しただけあって君自身の知能は非常に高い数値を保っているようだ。

 だけど、幾つかの項目で、筆記のものとの齟齬が生じている。

同時に、基本的な知識そのものは口頭で説明することも出来たので、無知ではない。

 何が何処にいたか、瞬時に消えていくんだろう? 」






「……そ、れは」


「馬鹿にしては居ない。こういった現象は従来のIQテストや自己申告では到底測れないし、今でも試験の在り方そのものが審議されている」


「今日は――――よく、喋るんだ」


彼は答えなかった。何か制約でもあるんだろうか。


「景色を把握することには問題があるようだが、同時に生き物の波動の流れや、魔力の構成値を『視て』いる。

15メートル先からでも。他の人間には恐らくほとんど無い兆候だ」


「――それがなんだっていうんですか、そんなもの一方的に確かめて……生活する上では問題無いでしょう? 何が視えようと、視えなかろうと、ちゃんと判断出来るんだから」



――――こっちでみんなと、本、読もうよ

――――俺はいいよ。そういうの。

――――どうして、いっつも、皆から離れてるの?


だって……波長が混ざって、怖いんだ。

俺が何処に居るかいつもすぐにわからなくなるんだ。

みんなが、何処に居るかわからないんだ。

視えてるけど、見えないんだ。

ヒトの形をした、何かを、漠然となぞって、確かめている。


そんなこと、言えるわけがないじゃないか。

それに、視力検査でわかるわけもないんだし。



「現在の大体の視力はわかった。行きなさい」



「……」


「定期健診だと思え。君たちは何度か戦った」











 そのまま歩いていくと、以前訪れた診療所の、診察室だった。

他の人は外に居るらしい。


「こ……こんにちは」

 診察室の椅子に座っていた見知らぬお爺さん先生に挨拶する。

あまり目を合わせなかったので、白衣くらいの印象しかない。

彼は、首から下げていた聴診器を向けた。


「今から心臓の音を聞くから、此処に座って、胸を出して」

言われた通りに、目の前にあるもう一つの席に座り、服をはだけさせる。


「あの……母さんたちには俺のこと言わないで、母さんたちに、連絡させないでください。これ以上――――」



俺のことだけ一方的に知られたく無かった。

どうして、俺には、

何も、何処にも、

 無いのだろうと、思いたくなかった。

 きっと、それでも俺を保険金に変えてまで、自分が生きる方を選ぶだろうから。



 家族は、自分が生きる方を選ぼうとする。

 俺も、俺が生きる方を選ぶ。 


改めて唱えると、そういうものなんだな、と実感する。



「さぁ、僕が決めることじゃないからね」

彼はそういってひんやりとした聴診器を胸にあてがう。

つめたっ、と声が出そうになったがどうにか堪えた。

じわりと、聴診器を伝って波動が流れてくる。

(――――普通の聴診器じゃないのか?)


「あぁー。あぁ……だいぶ、開いてるね」

「開く?」

「そう。瞳孔」

「瞳孔」

「心の眼の、瞳孔だよ」

心臓の音を聞いて、やはりそれだけではなかった。

どんな仕組みか知らないが、

心の眼とやらを把握されている。

っていうか、なんだそれ。



「普通の人間は情報を絞って受容器官に焦点を定めているんだけど、人間にも、開きっぱなしになってしまう子がいるんだなぁ」


「で、でも、命に問題は無いですよね」


「命自体にはね。 でも生活で困ることは無いかな?

君は、もう半分くらい生体文字を読まないと、風景を形成出来ていないよね。

情報を大量に取り込まないと、まともに道を歩くこともままならないだろう?」


「――――」


 「記憶域と小脳との繋がりとかは人間でもよく問題になるんだけね、

つまり情報を取り込むことは同時に、自分自身の焦点を定まらなくする。

危機の判断だとか、些細な部分で混乱が生じるだろう。つまり、身体で覚える、とかそういうのね」

「それは……」


 「それだけじゃない。あらゆる刺激に耐え、あらゆる情報に押しつぶされそうになりながら、通常の人間と同じ景色は視えず、『それ』を頼りに生きるしかない。

もっとも、魔女は、その膨大な情報量に耐えうる身体なんだけど、君はまだ、ギリギリ人間を手放せていないといったところかなぁ」


「それは、どういう」


「心を忘れていく。心が消えるよ。――――何度でも」




(2023年1月22日14時55分)

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