神々の傷跡
偏った私益に信仰を利用してはならない。
それに基づいた搾取をしてはならない。
それに基づいて神を騙ってはならない。
神の定義を断じてはならない。
「何、それ?」
「やくそくごと」
「約束事?」
「そう、おばあちゃんが、昔言ってた。魔女狩り大戦のときの、人類の過ち」
「コトのおばあちゃんって、なんかちょっと、変わってるよね」
「そうなのかな。でも、よく声が聞こえるって言ってたよ」
「なんか授業でやったとこより興味深いかも。他には?」
「神様は、お願い事を聞いてくれるけど、同時に、人よりも上に居るんだ。
だからそれだけはやっちゃいけないんだって」
「でも昔、人類は約束を破ったんでしょ?」
あれから、今の人々は、神様を信じるのも、何かを願うのも、恐れるようになった。だから――――
夜中。
コトが再び広場に戻ったとき、そこはすっかり元の広場に戻っており、まるで何事も無かったかのようだった。
舞台も見渡せる。キャンディたちもこちらに向かってくるようだ。
「もう、良いんですか」
そぉっとフェンスから顔を覗かせると、彼女は「大丈夫だ」と言って手招きした。コトは広場の真ん中に佇んでいるリル、に走り寄った。
「結局、さっきの人は」
「家に帰った」
「ですか……」
念のため、もう一度辺りを見渡してみても、戦いの痕跡としてわかるようなものは残っていない。魔法で復元したのだろうか。
あの魔女は、肌で感じられるほど明かにコトとはレベル差があった。
それを片付けてしまったのだからやはりさすがと言わざるを得ない。
「えっと、結局、どんな用事だったんですか」
「うーん、なんというか、真面目に務めを果たしているのかって話かな。ちゃんとやれって、痛いとこをつかれてしまった」
珍しく、苦笑している。
「勤め?」
コトは、彼女が込神町に来るまで何をしていて、どんな風に過ごして来たかを知らない。けれど、さっきの女性はやはり共通の目的みたいなのがあった知り合いなのだな、という程度には理解した。
「約束、かな。信仰を正しく導く――――私や、神族が、やらなきゃいけなかった事だ」
「はぁ」
「いろいろあって、あいつに背負わせてしまった」
「えっと……神族って、神様の」
「そうそう。昔、協会とかに居たんだよ。私」
「なるほど」
という事は、神的な務めだろうか。
一見ふらふらしてるようだが、結構根は真面目な人である。
「魔女狩り大戦後の世界史、って授業で習っただろ?」
「はい。確かに習いました」
私欲で宗教を利用する人が現れ、人によって多くの自然が奪われてから、
本来そこに根付いていた神々が落ち着ける場所が表立って少なくなり、
更に信仰を荒らすものも現れる。テロを起こし、神や魔女を殺せと叫んだ。
残酷な破壊行為。侵略と搾取。
信仰の形そのものが変質せざるを得なくなった。
互いを信じること、歩み寄ることが難しくなった。
「あいつも神族の一人で、どっかの国の神に師事してたんだ。でも、数年前にその神の名前でテロを起こした人間達がいた。
あれで、ちょっと塞込んじゃってさ。だから、私みたいに人と関わってる者が理解出来ないのだろう」
人間側が彼女たちの歴史に干渉しようとしたのは事実だ。
互いに言葉の違う、伝え方の異なる立場で、それでも人々は互いを尊重し、共生を試みて来た。
そんな中で起きたテロ。
どんな主張があったとしても彼女たちにとって人類側は、今までの崇拝を捨て、急に悪魔の証明をし始め、好きなように教義や言葉を書き替えて遊んだようなもので――――それは腸が煮えくり返るくらいの事だったのだと思う。
「ですが……、皆がそうなわけじゃない。だから、信仰は残っている」
「あぁ。私も、そう、信じている」
・・・
「うぅん……」
なんだか、肌寒い。
ゆっくりと身体を起こすと、星空の下にいた。
鞄の中の端末がメロディを奏でている。ボタンを押して内容を確認すると、リマインダーの通知だった。
『私へ。今月末になったら予約するの忘れないでください』
魔法使いとの約束だぞ☆彡 ピアス
「……あ、そういえば予約があったんだった」
なんだかちょっと恥ずかしくて頬が熱くなる。
魔法使いとの約束だぞ☆彡は以前出演した作品の台詞だ。その場のノリで入れたものだが、改めて今見るとなんだか照れてしまう。
にしても、座ったまま寝ていたようだが、足元がやけに重たい。
なんだろう、と視線を足元にずらしていき、そして飛びあがりそうになった。
「えぇ!?」
隣ではキャンディがすやすや寝ている。
「えぇ……」
ちょっと前まで、急に眠くなった女の子を、膝の上に寝かせていたはずだったが、今は金髪の青年になっている。つまり、戻ったのか。
「はわわわわわ……」
なんだろう。なんでこんなに動揺しているのだろう。
(コトちゃんのときは、こんなに動揺してなかったのに。いや、でも、距離が違うし……)
動揺しながらも、極めて冷静さを保ち、キャンディを起こす。
「ちょっと、おきてっ! 変態!」
眉を寄せて、一瞬険しい表情になるも、彼はゆっくりと身体を起こした。
「…………なんだよ……って、あれ、いつの間に寝てたんだ、それになんだか、身体が重い」
「私もなの。そんなに疲れる仕事はなかったはずなのに。ん?」
キャノがさっき取り出した端末を確認する。
まだ着信があるようで、ランプが点灯していた。
「何……」
まだ怠さの残る身体に気力を総動員して応答ボタンを押し、スピーカーに耳を当てる。
『聞こえているか』
耳慣れた男の声。
「……え? あ、はい」
『明日の早朝、タワーに集合してくれ』
2023年1月21日21時52分




