意識同調
――――今、確かに……
テネは町を走っていた。
(確かに、盗まれたあれの気配が……)
交差点で、息を整えるべく立ち止まる。
すぐ横の道路では、空を飛んでいるジャック達を一目見ようと、軽い渋滞が起きていた。
きょろりと首を回し、周囲を見渡す。
「……どこだ?」
南瓜騒動は、そのうちリルたちによって収束するだろうけれど、重要なのはそこではないのである。
南瓜を料理することを考えることで魔物を具現化させ、実際に人々を襲っている事実が、今も存在している事。これはとんでもない事態だ。
事件の報道は規制されているし、そもそも信じている者も殆ど居ないが、かつての戦争でも『これ』が行われた。
「いくら記述者を消したって、魔力の問題だ。魔法はそもそも人が管理しきる事など出来ない」
だからこそ、本は、大事なのに――――
「誰か知らないけど僕たちの管理下で、何してるんだよ……!」
例えば支配下にある本は、記述自体が強く縛り付けてあるものの、同時に『当人に基づいて、記述を管理する』という契約で鍵をしている。
他への被害を最小限に抑えることが可能だが、同じ血の流れている、あるいは、近しい人間においてだけは、『その影響力のぶんだけ』その限りでない。
契約者に基づいて呼ばれて居ると勘違いしたまま呼び出された魔物は、騙されている事に怒り、あるいは、とにかく封印を解こうとする為に憑りつく。
魔に簡単に同調されるのだ。
言語汚染の弊害。リルもそれを起こしたことがあった。
確か、7歳とか、そのくらいだと聞いて居る。家族や友人が記述に操られるようになり、襲い掛かろうとしては「覚えてない」と繰り返した。
魔力が強い程、発動時期が早い程、権力闘争に巻き込まれる。
彼女の家は、リルの他のきょうだいが家を継ぐことになっていた為、彼女は何も出来ないという嘘をじきじきに広めて、魔力もほとんどないと周囲に認識させていた。何か異変が起きた際は、慌てて話題を拵えると『兄や姉が魔法を使ったからだ』と取り繕う。
これにより、きょうだいの地位を絶対的にしようとしたのだが、幼い彼女にはその意味も解って居なかった。
最初に意識が激しく同調を見せた時。
彼女の家と、街の人々は家族の異変は、権力闘争に関与した工作員のせいであり魔法は関係ない、魔力は兄や姉のものなのでリルは関係ないという噂をあえて広めた。
春雨の降っている季節の事だった。
しかし、その後。決議の為に、教授立ち合いのもと、城で実証実験が行われる。テネはそこには参加していた。
魔力は、本にも人にも宿る。
神族の中でも、テネたちはそういった本の記述を管理する役目があった為だった。
実証実験は大体このような手順だ。
リルが記述を用意する。
工作員役が、事前に知らされたその呪文を用いて暗示をかける方法の実施。次に、工作員役無しで、監視・計測だけを行う。
記述を揃えない、事前知識を一切与えずその場で記述を用意する等の条件を変えての実証。
――――それらの結果、確実に工作員がリルとは無関係な記述を出した場合であっても、
一度リルがよそで工作員に接触せず、読み上げた方の呪文が、記述を知らない『彼ら』で再現されていた。
これは術者と記述に結びつきがあり、工作員は再現に関係無いことをあらわしている。
工作員が居ても居なくても、記述と血筋によって意識が同調した。
それどころか、記述すらない状態で、思考と同じ動きをしたこともあるという。
この際の検査により、リルがただの魔法使いでは無く神族でもあるということがわかった。
神族委員会は、魔法書を身内に譲らせることを禁じているが、彼女はそれまで単なる魔法族と思われていた上、意識的に身内が隠した為に発覚が遅れた。
発動時期は、兄や姉が彼女の暴発を取り繕うべく、
身内が無断で彼女の概念を取り入れ始めた時期で、意識同調の引き金になったとされる。
(相当な魔力の持ち主が、まだ何処かに居る。そうでなければ、無力な民間人が単語レベルの記述で魔物を呼び出せたりしない)
今回のように魔力が強い者が、例えば何らかの意識を持ち、南瓜を料理としてテーブルに置くとなると、勿論身内にも影響を及ぼす。
今回は南瓜の出現は避けられたが――――全くなにもなかったか、と言われたら、今後も何も無いか、と言われたら、首肯出来ない。鳩の、カゲの件だってある。
ただでさえ最近は奇妙な出来事も多いし……それらが皆兄機構の雑魚たちだけで反乱を起こした結果とは思い難い。
少なくとも大きな組織が背後居るのは間違いが無いだろう。
(不安要素は一つでも取り除くべきだ。早いうちに、この力の持ち主に接触しないと……)
広場に居た際、町の何処かから、確かに強く、魔法の気配を感じた。
神族特有の、あの匂い。
コトが出会ったという、小さな女の子だろうか。南瓜を見た、というだけではわからない。
どっちに進もうか考えて居るうちに、後ろから歩いて来た男女二人(死語で言うならアベック)とすれ違った。
「何か要るものある?」
「ヒラキさんが買ってくれるの?」
「このまえ鞄欲しいって言ってたじゃん」
一瞬、風が吹いた。
地面に落ちていた紙が舞い上がり、テネの足首辺りに当たる。
「?」
二人の背中をぼんやりと見送りつつ、テネは紙を拾い上げる。
生命保険のアンケートチラシのようだ。
――――現在生命保険に加入していますか。 はい。
――――目的は何ですか? 備え 老後の資金作り
――――入院一時金が出ますか はい
老後なんて考えたことも無かった。今を生きるだけで必死で、怖くて。
「老後かぁ。僕たちに老後、あるのかな」
考えて居る間に、すぐ横をトラックが通り過ぎる。激しい突風に攫われ、チラシは飛んで行った。
「危ないなぁ、もう」
追いかけようかと思ったけれど、トラックに引きずられていて汚れているチラシをわざわざ拾いに数メートル戻るのは億劫だったので、そのまま進路を変えなかった。そういえば、南瓜の話をしてたとき、コトが、確か、魔除けの食文化があるという話をしたように思うが――――
それが継続的に意図したものになるというのが、果たして、テレビ等の放送からの暗示だけなのか?
生命保険のような形、あるいは健康食品のような形で、定期購入させることもまた、有り得るのだろうか。
会社調べによると、コトの母親の務め先は食品関連の会社の研究機関。
ただでさえ魔力の高い彼が、幼少から目を付けられており、一定期間何らかの目的で食品を通してテストされていたとしても不思議ではない。
(ねぇさんが、彼をほっとけないの、わかるなぁ)
もそもそ、とポケットのふくらみが動き、上着からフェネックが顔を出した。
「かばんちゃん。おはよ」
「……」
寝起きの為か、まだ眠そうに目を開閉している。
その姿はちょっと、キャンディに似ているなと思った。
(2023年1月19日0時36分)




