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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
炎と少女
7/230

幻/妨害

――当選された方には権利が付与されるとのことですが、同日にほぼ当選確実な権利を行使していたこと、蔓延防止対策を鑑みていただきまして、せめて一か月でも延長していただくことは出来ませんでしょうか? 

 もちろん、期限内にライブ等がない期間もあるので早く使うことが前提でルールも理解しているのですが、なんとかご考慮していただけたらと願い、問い合わさせていただきました。




   ――えぇ……はい、あっ、ありがとうございます!



――今のうちに、前に断られた命さんとコラボ企画してしまいましょうよ

――そうですね! コラボって名前を紛れ込ませてしまえば、どうにか

――でも、もう来ないでって言われていましたよね、higurasi社

――そこを、なんとか。もうそちらに寄りかかるしか、うちの再起の道は無いんです。

――……そちらはただ、借りれば良いだけで、

それでいいのかもしれないですけど……許可しないことを表明しても連絡してくるの、前回もでしたよね? 

――えっ。そんな、もう広告だけうっちゃってますよ

――(いい加減にしてくれよ……! いつまで粘着する気なんだ? うちは全く許可なんかしていないって言うのに)








prologue炎



 坂下花菜奈。通称『はにゃにゃん』は、アイドルだ。キラキラ、ヒラヒラ、ふわふわ。そんな言葉で飾られる、おしゃれで可愛い──『個性派』という名の、しかし、ありふれた『テンプレート』として、生きている女の子。

 もともと、アイドルではなく、魔獣や魔物を診る医師を目指していたのだが、どうしてだろう。地道に勉強を積み重ねた道から、なぜか真反対、彼女自身よく知らない道へと歩いてしまっている。『社長』との、コネがあるから使えとお父さんが勧めてくれたのだ。

魔物を狩る仕事をしていた両親は、魔物を癒す仕事に猛反対し、よく、家でも反発していた。『あなたたちは、魔物に襲われた時代を知らないから』が、お母さんの口癖だ。

確かに彼女は、彼らの苦悩を分かりきることは出来ない。でも、目指していた。それを目指してきた。


 だから、言うことを聞いて、こっそり異国に渡ったふりをし、そこで2年くらいしたら辞めて帰ってきて、またこっそり就職しようと考えていた。もちろん簡単なことではないだろうし、問題も多いだろう。しかし、目の前の──頑固な父や、真面目な母の心情を理解し、苦悩を分かち合い、それを踏まえて、説得して上手にわだかまりなく和解するよりはまだ、こつこつと努力してそれらを叶える方が、簡単だという気がする。でも結局、結果が出てしまえば前者の説得だって、なんとかなるという気さえしたのが本音だ。



 彼女は父の言うことを聞く──ふりをして、日本に来た。しばらくは静かに言うことを聞いてみて、それが体に馴染んでしまったら、本当の夢を諦められるかもしれない、という、投げやりな気持ちも、実はあった。

むしろ、そちらがメインだったかもしれない。

 しかし結局は、日本に来た今でも、夢をあきらめずにいる。ただ、まだ保留中だ。


 彼女は、国に帰ることを視野に入れつつも、会社に就いてすぐにアイドルになっていた。『社長』に、やれと言われたというか……そんな感じに、事情があってやっている。


 最初はその指令にも、驚いたものだが、どの仕事にも、やればまあまあ、慣れ、今はそれなりに過ごす日々だから、お父さんにも感謝しようかななんて今は思う。悪くはない仕事だった。



 アイドルをしていると、たまに「何やってんだろ」と、我に返って思ってしまうこともあるが、カメラに映る瞬間には、ハイテンションではっちゃけられる。


 彼女はいつの間にか、感情の切り替えが上手になってきた。キャラを作っていれば愛想を振り撒く労力の消費を少しマシに出来る気がする。笑顔になるには、もはや考える気力さえ使わなくなり、オートモード。


「……なんか、なあ」



 これはこれで、まるで人間ロボットに近づいて行くような錯覚を覚えてしまう。──私は、本当に楽しいのか?


 今はそこそこ人気で引っ張りだこだが、これで長くやって行けるのかと聞かれたら、自信がない。

 たまにオフの日には、ぼんやりと、借りているホテルで、空を眺めて、考えるようになった。


「会いたいなあ……」


 私の、王子さま。

幼なじみの、大好きな、彼女を想う。今、どうしているのだろう。想うだけでも、疲れたときにふと、元気をくれる……気がする。あの『事件』があってから、『彼女』は、大人しくなった。外から見れば明るくても、本質的には内気な彼女は、悩みもすべて溜め込んで、一人で解決する。そんな彼女だからこそ──強くて、頼りになって、格好良かった。

けれど、そんな彼女だから、心配だ。

彼女は普段悩まない分、悩むとなると、異常に抱えてしまうから。

もしかしたら、ずっと、まだ──あの町で、家に籠っているのだろうか。

──と、電話が鳴った。

 誰からだろうと、パールホワイトの携帯電話を開く。可愛いピンクの待ち受け画面いっぱいに、パクパクとくちを開閉する白猫が、いつも通りに映っていた。

頭には赤い受話器。その猫のキャラクターが、着信を知らせるときのポーズだ。


 適当なボタンを押さえると、すぐに応答画面に切り替わる。


『……あー、やっと繋がりましたよう。もう、ちゃんと出てください!』


 聞こえたのは、やけに語尾が強調された、棒読みの、平たい敬語。キャノは、この声に少しだけ、落胆を覚えた。『彼』が嫌なのではなく、先ほどの想い人からの着信かと、彼女が勝手に期待してしまったからだった。


「……マネージャーさん」

『フローで良いですよう。なんですか、そのがっかりした声』

「いえ、なんでもありません。どうしたんですか? 今日は『私』お仕事入れてませんよね」

『……いえ。そうじゃなく。あの。確認、といいますか…………あの。ぼくは本当に、信じていますが、この前のライブ活動中にあった、謎の火災───本当に』

「僕ちゃんじゃないよ!? みんな、みんなそう言うけど、本当に、違うんだよ」



──つい最近、ライブ活動中に、突然、火災が起きた。未だ犯人はわかっていないが、その犯人として、キャノは疑われており、最近は特に、なるべくのお仕事は控えている。 

 幸いにも怪我人はなかったものの、新曲の振り付けの、一番目立つ部分で、やけにタイミングが良かったことや、彼女の手を振る方向ごとに、火柱が上がっては消えたことなど、様々な理由から、彼女が犯人にされた。それらひとつひとつ自体は、こじつけと言えなくもない程度のものだった。

 だが、多くの人は、一斉にそれを信じてしまった。自分で見たわけでもなくとも、誰かから聞いたり、あるいはテレビで見たというだけで、真実と決めて、疑わない人も、少なくなかった。

 しかし彼女自身が驚いたのは、そのことではない。──そんなことには、もうとっくに慣れていたはずだった。だから、別にそれ自体が辛いのではない。

 慣れていたはずなのに、今、なぜかひどく動揺し、周りに嫌気がさしていて、そのことが、彼女を驚き、戸惑わせている。

 自分がこんなに脆いなんて、今まで思ったことがなかった。だからどうしたらいいかわからない。

『……ええ、ええ、最近、未だ生き残りの魔族への風当たりが強いですが。きっと、そのための──何か、人間どもの仕掛けがあるのでしょう。ぼくは、あなたから言葉を聞きたかった、それだけです。すみません……いきなり』


 否定の言葉が聞けたことに、彼は安堵したような声を溢し、何度も相槌を打った。きっと、今本当に、受話器の向こうで頷いているのだろう彼が想像出来て、少し和む。


「ううん、心配してくれて、ありがとう!」

 ついつい『仕事モード』のキャラでのタメ口になってしまうが、彼は何も言わなかった。もともと、彼は敬語は無くて良いと言っている。

『彼』も、魔族の生き残りの一人だ。キャノに、付かせるために『会社』が送っていたらしい。

 そういえば、会社というわりに、芸能活動のせいで、あんまり行った覚えがないなと、ふと考え、それから、彼に礼を述べる。


「あのとき、マネージャーさんがすぐに火を消してくれて、すっごく助かりました」

『当然ですよ。あなたが下手に動いたら、全世界に気付かれちゃって、何のために活動をしているか、わかりませんから』

 キャノが秘密裏にしているのは、そもそも、全世界に向けた洗脳活動だった。そのためのアイドルだ。一度、声を聞いたことがあるものは、慣れるうちに、彼女に対する洗脳、催眠への耐性が弱くなる。

「それでも、ありがとう。私、マネージャーさんが居てくれて、心強かった」

 何度も、感謝を述べずにはいられない。

彼女の実情を、正体を把握して、協力している彼には、本当に何度も、救われてきた。

思わず笑顔になるキャノと裏腹に、しかし彼は、何か言いにくそうに、声を低くし、口ごもった。

「……どうか、したの?」

『……あのとき──場からは、火の魔力の気配が、しなかったんです。もう、歳ですかね……』

「いや、私も、何も感じなかったの。だから、何も、気付かなくて──」

──そんなことは、ないはずで、力を使えば、何かしら空気に乱れが生じ、痕跡が残るはずだった。なのに、あのとき、一体なにが起こっていたのか、彼女も、彼もわからない。

(一体、この世界で、なにが起ころうとしている──?)

キャノは、不穏な雲行きを感じて、顔を歪めるしかなかった。











      □



「なんなんだよ……」

 クルフィが受話器を壁に戻し、その奇妙な生き物に再び目をやると、それは、一回り、大きくなっていた。どうやら、威嚇しているらしい。

 魔物の中には、火を吹いたり、辺りを凍らせるものだけでなく、自分を大きく見せるために、幻術を使ったり、実際に巨大化するものもいる。極端に言えば、ほとんど何でもありだ。

だからこそ、魔物が愛玩用のペットにされ、市場で売られる際には、決まりとして、魔力を灯すための、牙や爪を剥ぎ取られる。

 しかし、途中から、法律が変わり、そうしなくてもいいようにと、ペット用のピアスや首輪といった『アクセサリー』が売られ出してもいたとも思う。

この生物は、どちらも無いし、爪や牙が剥がれているわけではない。

だから野生か、それとも──

「……模造品って話だったな」

 野生や市場からのもの以外に、つかい魔、として魔力をありったけ込めた生き物を自ら作り出すことが出来る者も、魔族にはいる。全員とは言い難いし、クルフィには、難しいことだ。

──そういえば、古くからの生成法によれば、実際の生き物の、死肉か骨片の一部が要る。……とか、昔授業で習った覚えがあった。

 もしかすると、キャノは昔飼っていたが亡くなった白猫を依代にしているのかもしれないし、本当に魔力のみで作ったのかもしれない。──どちらだろうと、そいつは、きちんと目の前に、存在する。その現実だけが、今は重要だった。


「困るんだよなあ。力の加減、苦手なんだよ。殺るか殺らないか、はたまた相手が強いか、それだけで、私はやってきた。──でも、お前を殺ったらダメだろうし……」


 下手に手を出せないなんて、まるで飼い主にそっくりじゃないか。クルフィは2秒ほど考えた。



それから、受話器をもう一度手に取ると、さっさと近づいて距離を詰め、通話口を相手に向けて「転送」とだけ呟く。



 自分が手を出せないのだから返してしまえばいい。安直で単純明快な思考だ。


──本当は、転送にしたって学者が付けた古しきゆかしい呪文があるのだが、彼女はいちいち覚えていなかった。

 呪文も名前も誰かが便宜のために付けただけで『そういう形のもの』が、そういう名前で存在するというわけではない。


 第一呪文が正しく読めても使えない者だっているのだ。こんなものは使えるか使えないかだと彼女は思っている。受話器が僅かに青く光り、それと目が合った一瞬で、ぴたりと動きを止めたフェネックっぽいなにかは、あっさりと、そのままどこかに姿を消した。

 無事居なくなった魔物に、フー、と小さく息を吐いたクルフィはその後すぐに、床に崩れた。魔力の消費制限による全身の一時的な激痛に見舞われたのだ。

「い……ってぇ……!」

床を転がっていると、敷いてあったカーペットの隅に煙草の焦げみたいなものを見つけ、顔をしかめる。髪の毛なども、いくらかあった。

「うえっ。この床、きたねぇな……」

 今度掃除した方が良いだろう。立ち上がりたいが、頭が重たい。

「あー……だめだ。私、実は地味に弱ってんのかな……」

 憂鬱で、嫌になる。悩むのは苦手だ。なんで今自分が悩まなきゃならないのかと、それ自体が鬱陶しくて発狂しそうだった。

まあ、そんな気力自体も、今は無いのだが。

「少しこのまま休めば、回復するだろうし……起きたら絶対ソッコーで体洗わなきゃー」








 ──その後、ぼやいているうちに、しばらく寝ていたらしい。どれだけ時間が経ったのか、クルフィの耳元に、階段を上がる音が聞こえてきて、目を覚ます。ドアがスライドし、キャノが、ムッと唇を不満そうに曲げて、ずかずかと入ってきて、クルフィを見るなり、愚痴を溢し出した。

「もー! リルがいきなり転送してきたから、大変だったんだよ!?」

 クルフィは、寝ていたのもあり、彼女が履いているブーツのヒールがやけに耳障りで、うるさくて、あまり内容が入っていなかった。


「……悪い」

 ただ、怒られているのはわかる。

力無く答えると、彼女は、心配そうに、自分を覗き込んできた。

「……どうしたの、まだ具合悪いの?」

「うん。まあな。静かにしてくれ」

「わかった……」

 キャノは、しゅんとしおらしく、クルフィのそばに座る。口はムッと曲がったままだ。

「本当にごめん、怒ったか」

 一瞬、眉を寄せ、なにか考える顔をしたクルフィだが、すぐに表情を戻すと、改めてなんとか体に力を入れて起き上がる。

キャノはうー、と唸りながら、それを見ている。怒っているようにしか見えない。

「怒ってないよっ」

「嘘だ」

 クルフィは、さっきまでの激痛が嘘のように感じる勢いで、なんとか立ち上がると、暴れそうな彼女をゆっくり背中から、宥めるように引き寄せて抱き締める。

「あ、な、なに……もう……」

 キャノは、小さく文句を言いはするが、震えて、少し照れたように、身を任せた。

「怒ってないのに……」

「ふふ、真っ赤だな」

 クルフィは小さく笑った。そのまま、ゆっくり彼女の首や肩を撫で、鎖骨辺りから胸のそばに指を這わせる。

「あ──あの、さ、一体どうして……」

 場を持たせようとキャノが震えた声で問う。彼女は答えない。今度はそこから顎の辺りまで辿り、伸ばしていた爪を立てた。

「──痛っ……」

 ゆっくりと、ヤスリのように磨いていた爪が、そのまま彼女の皮膚を裂くと、少しずつ血が流れてくるのを、クルフィは平然と見て呟く。

「痛い? ふうん。そりゃ良かった」

「なんで──血──」

キャノが不安そうに、目を潤ませた。クルフィはにっこり笑う。

「私、血が好きなんだよ。そういうやつ、魔女に、一人はいるだろう?」

「……なにそれ、確かに、クラスに居たけど──いつの時代の話よ?」

 キャノは笑う。その瞬間、クルフィは後ろから、その首を掴んだ。床に、キャノから流れた血が跳ねる。

「──で、お前は、誰だ? コトはどうした」


 クルフィが冷たく問う。流れ落ちる血をそのままに、キャノは曖昧な笑みを浮かべた。

「なに言ってんの?」

「わかった。お前については後でいい……じゃあまず、コトはどうしたんだ?」

「ん。コトなら、今どっか行ってるよ?」

 その笑みを見ながら、その台詞を無視してクルフィは仏頂面で言う。首から手を離さずに。

「知ってるか《魔女》の血液型は、人間とは違うんだ。──そして、魔物とも違う。味も、においもな。人間にまで成れるとは、大した生き物だよ。誉めてやる。作者も含めてな」

 キャノのような彼女はにこっと、無邪気に笑い、それから、真っ暗な目で、クルフィを見て問う。

「どこで気付いた?」

 クルフィは答えない。首から手を離し、カーペットに垂れていた血に、爪先で火を灯す。その血はパチパチと音を立てて、最後に、猫のような影を作り、甲高い悲鳴を響き渡らせると、焦げた。「──猫か」

呟きながらそれを見送って、彼女はマイペースに振り向く。

「あ、まだ居たの? ──ご主人の元に、さっさと行けよ」

それを聞き、《魔物》は、不愉快そうに、クルフィを睨んだ。


 窓の向こうの空は、ちょうど、血のように赤く光っていた。

(なんか、不気味だな……)

 思わず空を思わずぼんやり見つめてしまう。

よく見ようと、窓に近付こうとして、そのまま壁に背中を軽く打ち付けた。クルフィは「いったた……」と唸りつつ、ようやく状況を把握する。睨まれている。

異界砂漠フェネック――を、独自に再現してみたその生き物が、怒っていた。

先ほどは、突き飛ばされたらしい。


「――よそ見をするからだ。調子に乗るなよ、人間。私が今、ここにいるということは、貴様の『転送』が効いてないということだ。あって無いようなこの実体には、それは効かない」


 壁から体を起こし、ほこりを払いながら、クルフィは疑問を口にした。


「ん──でも、私寝てたし、その間に時間が経ってたんじゃないのか?」


目の前の生き物は、荒く呼吸して、こちらに牙を剥く。


「お前が意識を失ったのは、数分のことだ。本物たちは、その数分ではこちらに来られない」

「へえ、そうなのか? 詳しいなあ、お前」

クルフィは、威嚇が怖いとは思わなかった。なにより人との疎通ができる魔物が珍しいので、好奇心の方が勝っていたのだ。

 そのことが、よけいに、その生き物を苛立たせていた。人から獣へと姿を戻し、足に力を入れ、こちらに向かう体勢を作ると、地面を強く蹴って、飛びかかる。

「……魔力を帯びたサルより、純粋な魔物の方が上だと、わからせなくてはならないな」

「あ? そりゃ魔族の人間のことか」

「他に何がある」

「うーん……でも、お前は、魔物というより――」

 よっ、とクルフィはその生き物を抱える。本来のサイズらしい、小さな体躯は、簡単に腕に収まってしまった。そのことがさらに、魔物の高いプライドを傷付ける。彼女の腕に爪を立てて、爪先に火を灯すと、辺りが異様に明るくなった。

「お?」

クルフィが、首を傾げているうちに、《世界》が変わっていく。世界が歪む。

「──少し、夢を見せてやる」

 よくわからない滲んだ景色の中、何かの声がした。

それがなんだったか、クルフィはよくわからなかった。









     □


燃える炎。

燃える、赤色。

空気を含んだ、勢いの音。何を燃やしていたのか、何で燃えているのか、そんなことさえ気にせず、少女は、ただ、その前に立っていた。何をするわけでも、出来るわけでもなく。

目の前で、赤いなにかを見つめている。


「比にならないって、言ったじゃん……」

ふいに、ぽつりと、そう呟くと、燃えて跳んだ何かの破片が乾いた音と共に、どこか遠くの水面に沈むのを感じた。

その煙たくて、静かな音は、なんだか──寂しくて儚い『あの人』みたいだ。彼女は思う。



「──私なんかより、すげぇ強いって、言ったじゃん」

「ねぇ! 答えろ! 答えてよ!」



 本当は、この場所の、この状況における、全ての疑問の意味や、答えを、ほとんど彼女は、最初から知っている。

ただ、認めたくはなかった。だから、ただ疑問を投げ掛ける。

合っている必要はない。正解ではなく、別の答えが欲しくて。











     □

「……リ、ル……」


 懐かしい呼び名が耳に入り、ふと、目を開けたクルフィは、すぐそばにあった、コトの心配そうな顔に、混乱した。

とりあえず、場所は、まだタワー内のようだ。


「え、あ、あ……の……!?」

 珍しくうろたえつつ、床から起き上がる。

布団がわりに、コトのものらしい上着と、キャノのものらしい、パステルピンクのカシミアカーディガンが重ねてかけてあった。

上着の厚さはともかく、カーディガンがその上に置いてあるのは、あんまり意味がないんじゃ、と思いもしたが、まあ、たぶん気分の問題なんだろう。

複雑な心境にとらわれる。

 上着を返そうか、コトがさっきさりげなくいつもと違う呼び方だったことを聞こうか迷っているうちに、パタパタとキャノが中に入ってきた。

 開けっ放しだったドアから飛び出してきて、彼女は少し嬉しそうに、けれど冷静に言う。

「あ、リル、起きたんだ」

「……ん、まあね」

クルフィもそっけなく返した。

「それに私の模造ペット、小さくなっちゃってるし」

「……まあね」

 キャノが、着ている白いブラウスの袖に、ちょんと乗っけたその生き物を見せてくる。それは、鞄にも入る、ちょっと大きめのキーホルダー、くらいの大きさになっていた。

「何したの?」

キャノが訝しげな目をすると、クルフィは焦ったような、しかし投げやりな態度で答える。

「……あー。ちょっとだけ血を抜いた。《作り物》って、ほら、自分では成分自体を作れない、みたいなの、習ったし……魔力で、補ってるけど、それ自体は血じゃない、みたいな……? あー、なんかわかんねぇ」

「はあ……リルっちは、本当に──すごいよね、たまに」

「たまに!?」

「いや、いつもある意味すごいけど……こう、勘? というか、いざというときの……って、やだっ、何言わせるの!

「……いや、お前が何を言いたいんだよ」

なぜか照れるキャノを無視するとして、クルフィはコトに上着を先に返す。

「もう、大丈夫ですか」


コトも、キャノには触れずにクルフィを気遣った。

彼女は精一杯笑って答える。

「ん。大丈夫だ」

それから、声を潜めて、彼に耳打ちで相談する。

「……っていうか、お前も、まだやっぱり怪しいと思うよな?」

「いきなり何がですか。あなたと、キャノさんの関係なら、確かに」

「私らのことじゃねぇよ。お前そんなふうに思ってたのか!?」

「──だって、告白されてたじゃないですか」

「いや、それがなんなんだよ……羨ましいのか?」

「結局、なにが怪しいんですか?」

「そもそも焼肉屋の屋根なんてところで、あんな風に目立ってる必要あったか、ってことだよ……私、ずっとそこが疑問なんだ」

「はあ……まあ、確かに、普通に出てこいよって感じはありましたよね。ファンから犯人を見つけるにしたって、あんなの、確実とは言えませんし……って、なぜ今さらそれを?」

「……いや、なんか、あいつさ……ペットが襲ってきたときも思ったんだけど……なんか、変わった気がする」

 そこまで言ったとき、キャノが笑顔で二人に寄ってきた。それから言う。

いつの間にか話を聞いていたらしい。

「もぉー、そんなことないよ。ただ、アイドルは、やっぱり、ステージに立たなきゃって、思っただけで、ね?」

ニコニコした、親しみのわく笑顔の下に、彼女が何を考えているのか、それとも考えていないのか、クルフィは判断出来なかった。








     □


「リルっち、大丈夫かな……」

キャノがそう呟いたとき、コトは、単にクルフィの体調を気遣ってのものだと思っていた。

 二人は、街中を歩きながらも、道路の渋滞や人混みに左右されて、なかなか思う場所に辿り着けないでいる。コトも、信号を待つ間、彼女との会話を優先することにしたし、彼女もそんな感じで、話しかけてきたのだろう。

「──何がですか?」

聞くと、キャノは複雑そうに笑った。

「……タワーの方から、すっごく嫌な気配が漂ってるの」

「……そう、ですか? おれは、よくわからないので……」

「まあ、まだそこそこ距離あるしね。気がすごく小さいから、わからないのが普通だよ」

「はあ……」

曖昧な返事をすると、キャノは何か閃いた顔で、コトを見つめた。

「ね、コトちゃんはさ」

「はい?」

「魔女って、なんだと思う?」

 突然の話題だ。コトは少し目を丸くして、考えてみる。

「昔観ていたアニメだと、安易に実力行使って感じの印象でしたね」

「可愛いげがないなあ」

「別に、可愛いげなんてなくていいですよ。でも、実際のドキュメンタリーとかだと──占いで先のことを見たり、相談を聞いて、悩みを解消する手助けをしたり、薬を作ったり……なんというか、ある意味ではフィクションと対極的な、知識を持った人、という感じがします」

「ふんふん。なるほどねー。まあ、あれだよね。『日本人って聞いたらサムライ』みたいな、そういう感じじゃないかな。そりゃ、そういう人も居た、っていう」

「事実は人の数だけ、って言いたいんですか?」

 キャノは、なぜか答えない。

奥に見えているタワーまでは、まだ歩かなければならなかったが、本当に、嫌な気配が漂っているとしたら、その中にいるはずのクルフィは大丈夫なのだろうか。コトは急に不安になった。

「──あの。こんな、話。しちゃいけないと思うんですが……」


ゆっくり切り出したその声は、動き出した人の波の音で掻き消える。

 キャノは信号の色が変わったのを確認して、歩き出した。

置いていかれたコトは、仕方なく言葉を飲み込む。

キャノの心配に加えて、嫌な、予感が増していく。

 あなたたちには、何があった。クルフィが、時折悲しそうなのはなぜか。

(……それに、このあまりに抑圧的な制御を解こうとする魔族はいないのだろうか)







──だって、それを。

血液を流れる生命エネルギーとして、生きている、のだという魔族が無理に押さえつけられるなんて、それは、拷問じゃないのか?

──本当は、皆言わないだけで、彼ら、彼女らの命に、深刻に関わっている問題ではないのか。なのに、表だっての反抗は、ほとんど行われている様子がない。なぜだ。

(──大規模な、洗脳?)

 持っていた力をどうにもできない人間が少しずつ増え出して、事件を起こし始めている。

 徐々に気が狂っていく魔族の人間だって、いるだろう。通常の人間よりも、何倍も魔力に適応した人間だ。尋常ではない苦痛を味わっているのではないか。

 秩序は、平等に押さえ付けてしまわなければ、もちろん保たれない面も多いのだろう。

(──けれど)

少しずつ溜まっていく、行き場のないエネルギーは、最終的に、どこに、行き着くのだろうか。

 受付などがない、裏口の側からタワーに付いた二人は、とりあえず、中に4つ見えるエレベーターを地下に向けて動かそうとした。

──が途端、中の明かりが一気に消える。真っ暗だ。


そういえば自家発電があるビルだと、つい最近、持ち帰ったパンフレットで見たはずなのだが、それも全く反応していないらしい。


窓の向こうの景色を見る限りでは、他の建物は、ちゃんと明かりが付いている。

「きゃっ、もう、なに! 」

キャノは思わず可愛らしい悲鳴をあげ、コトの腕を掴んで、それからすぐに気付いて「く、くっつかないでよ! 」と言い、離れる。

 くっついたのは彼女なのだが、コトは「一応アイドルだったのだし、プライドとかイメージとかがあるから言えないのかなあ……」と考えて、とりあえず何も言わなかった。

そう考えると、彼女の立場も、なんだか可哀想に思える。

 キャノは「信じらんない信じらんないー!」と何か葛藤しているが、コトだって、正直信じらんない状況だ。

「階段、使いますか……」

とりあえず、コトが提案すると、キャノは、靴を脱ぎ出した。

さすがに、いつものやたらヒールの高い靴で、このビルの高い階段を降りるのは怖いらしい。

「……行きますか?」


彼女が靴を脱ぐのを待って聞くと、キャノは少し考えて、改めて靴を手に取った。

やっぱり靴をはくのかよとコトが思っていたら、彼女は左手に持った靴で、トントントン、と床を叩きだす。波紋のようなものが、叩いた部分に広がってゆく。

彼女は降りることではなく、下階との交信かなにかを試みているのだろうか。

少しして、波紋が一番小さく、けれど強く広がったタイルから、なにかをこちらに引っ張り上げた。

 床から出てきたのは、白い電話だ。彼女はボタンを手早く押し、電話をかける。

しばらくして、なかなか話が始まらないので、どうされたんですか、とコトが聞くと、キャノは首を左右にゆっくり振りながら答えた。

「繋がらない……」

「え?」

「なぜか、通話、出来ないんだよ」






■■■■■■■■■おまけ部分■■■■




「この国の文化ってなんつーか細かいというか几帳面というか、不思議な部分で高度だよなぁ……」

 彼女は、一人なにかを思い出して頷いている。

「まあ、俺も焼肉屋で焼くのあんまり好きじゃないんですけどね。

なんかやりづらいし、火の調整とか面倒だし」


「火なんか、私が一発で」

「この国じゃ、ほとんどの店で壁と床に、制限装置(リミッター)が埋め込まれてますよ」


 コトが残念そうに眉を寄せたのでクルフィは、さきほどの激痛を思い出した。

慣れてくれば叫ぶ程でなくなったが、嫌なものは嫌なものだ。

「そんじゃ、こっそりと使うのも危ないか」

「そうですよー、変なのに目をつけられたらまた怒られます」

「怒られるな」

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