鳥籠2
キョトンとしたまま立って居る少女の幻を見ながら、メギルディアはため息を吐いた。
普通なら、捕らえた一定時間、彼女の指示通りに攻撃魔法を使ってくれる筈だった。
だがまさか、小さな女の子が出てくるとは。
子どもは制御が利き辛い。
メギルディアは舌打ちした。
だってこういう場は、強い魔法使いを思い浮かべるものだろう。
こんな状況に対処できる武器を持った屈強な戦士とか――――
なんで、よりにもよって、何も出来ないガキなんか。
そこまで考えてから、一つの答に行き着く。まさか――――
「――――ロリコンか?」
「聞き捨てなりませんね」
アイスが冷ややかに答える。
ロリコンの汚名を返上しますと言うアイスの横で、リル、は、もう帰って寝たいと思っていた。
勝負にも興味はない。
それより、もう暗い。辺りがどんどんと、闇に馴染んでいく。
夜になる。
「しょうがない、これだけはあまり使いたく無かったが……」
メギルディアはそう言うと改めて鳥籠を手元に手繰り寄せた。
「わわわわわー」
金髪の少女がぐるぐると不安定に揺れた。特に何かに縛られているわけでは無いのだが、どうやら、鳥籠の伸ばせる範囲にしか動かないらしい。
そうだった、とメギルディアは一瞬手を止める。物理攻撃に移る前に、忘れてはならないことがあった。
「ちょっと!お姉さんっ!」
金髪の少女はキッ! と真ん丸の目で彼女を睨む。
「知ってるでしょ。誇り高いアタシたち、呼ばれた対価ハ、安くない! 少なくとも、タダじゃ帰らないからね!!」
呼び出すのは容易くとも、勝手に消されるのは嫌だと言っているみたいだ。幻のくせに、とメギルディアはちょっと苛ついた。
「それなら、働き次第だ。あいつらを攻撃しろ。無理なら強引にでも戻ってもらう」
「むきーっ!!!なんでアタシがしなきゃならないの!! おやつ食べて寝たいーヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!」
少女は腹立たしそうに、しばらく元気に飛び跳ねていたが、やがて切り替えることを選んだらしい。
「しょうがないなぁ。まぁ、別に、アタシ、幻だもんね。恨みっこ無しだよ」
と呟くと、
ピョン、と飛び跳ねると星を指さすみたいに、空に真っ直ぐ右手を掲げた。
「じゃあね、アタシが、甘ーい魔法、ひろーしちゃう☆」
ニコッ、と彼女が笑ったのは一瞬だった。
掲げられた指が鳴ると、辺りにふわっと甘い香りが立ち込める。
空から、飴やチョコレートなどのあらゆる個包装お菓子の雨が降ってきた。
甘い香りの効果なのか、お菓子を食べずともほんの少し、体力が回復する。
メギルディアは遠くの方で何か文句を言っていたが、彼女は特に耳を貸さない。
「モグモグ。アタシね、甘いのが、一番好きなんだぁ。それで、甘いのをひろ―して、知ってもらうのも、大好きなの」
そして彼女はごそごそと、着ていた服のポケットからステッキを取り出した。
一般的な杖ではなく、飴のそれである。
――――じゃあ、行くよ!
「甘くなぁーれ!」
それが無邪気に振られると、砂利に混じっていた幾つかの小石が浮き上がった。
ステッキから閃光が迸る。
すると小石たちは無惨にどろっと溶けて、原型もなく、ひび割れた地面の底に落ちて消えていった。
――――理屈はわからないが、手当たり次第に、万物をお菓子に変換して溶かしているらしい。
どろどろと、光線の当たったあちこちの地面が溶け、あるいは柔らかくなって、消えていく。
「あまーくなーれ!」
次に、えいっ、と、彼女がリルたちに向かってステッキを振ると、即座に電流が地面を伝った。
まずい、と飛びのいたリルは間一髪でかわし、そーっと振り向く。
「うわ、面倒なことになったな……」
背後にあった枝が糖衣かチョコのような姿に固められ、今にも折れそうになっていた。
「えい、えい、えい、えい」
手当たり次第に振られるステッキ。
そこにあったオブジェクトがドロドロと溶けて、小石も枝も地面に吸い込まれていく。
「なっかなか、あたんないなー」
地面は、電流が走った部分にあちこち穴が開き、豆腐のようにふにゃふにゃしている。
結局足場が狭くなってんじゃねぇか、と愚痴ったところで然程意味は無い。
(――――にしても、鳥籠チェーンを振り回すよりも命中率がいいな。それに速い)
「早く帰りたいな―」
女の子は、つまらなそうに、狙いを定めている。
「そっか! 動きを止めよっと」
彼女は何か閃くと、手を前に突き出し呪文を唱えた。
リルが何事かと顔を上げようとした瞬間、急に空が曇りだす。
ゴロゴロと音を立て、雷が鳴っている。
そして無数の星――――じゃなくて雨が降り出す。
どうやら雨雲を動かしているらしい。
「もっともーっと、ひろーしちゃうゾ!! 甘くなぁーれ!」
彼女がステッキから電流を飛ばす。
降っている雨が部分ごとに、触れると感電する雨に変わる。
「……!」
リルは雨に降れる前に慌てて結界を貼りなおしたが、
代わりに、背後に落雷した。
横目にも何か黒い煙が昇り、木のようなものが焦げる匂いがしている。
アイスはというと、周囲の雨を凍らせて凌いでいるようだったが、場合によっては爆発するだけだと、少し躊躇いを見せていた。
二人が戸惑っている間にも派手な音がして、あちこちに落雷し、消えていっている。
電線とかに当たって火事にならないか心配だ。
真近でひっきりなしに聞こえる轟音と、立ち込める焦げるにおい。
こんなに立て続けだと、まるで何かの脅迫を受け続けてるみたいにも思えて来た。
轟音だけでも体に響く。
この類の物理固定されていない武器は軌道が読みづらく、どこに逃げたらいいのかわからない上、範囲もわからないので、ドツボに嵌ると厄介だ。
だからこそ、変に動揺せず精神を強く保っていなければならない。
――――と、いうものの、余程図太く無ければ気がおかしくなりそう。
ある程度、同じように魔法を返せば楽なのだけれど……
「それでも、あまり、今、魔法は使わない方がいい」
柔らかい地面から飛び移りながら、リル、がなぜかそんなことを言った。
改めて彼女は広場を見渡した。
ボコボコと穴が開いた地面の惨状。自分たちだけのせいではないとはいえ、なんだか心が痛む。
「あーぁ……これ、始末書書かされるかな。その場合、スス当てにすればいいんだよな、いや、全部あいつらのせいにすればいいんだよ」
そうだそうだ、と納得していたリルは、ふと、アイスを見た。
彼は口を開閉しながらも、複雑そうに眉を寄せて居る。
「どうした?」
リルが怪訝に思って尋ねると、アイスは硬直したままで答えた。
「手が――――」
動かない。
「え?」
「さっき、ちょっとだけ雷に当たってしまったみたいで……麻痺、してるみたいです」
しばらく裂け目の向こう岸で腕を組み、高見の見物を決めていたメギルディアだが、そこで出て来て、高笑いした。
「なかなか、見事だ。ガキにしては、やるじゃないか」
重たい音を立てながら鳥籠を引きずると、勢いよく、チェーンを巻き戻す。
巻き込まれた女の子はキャア!と悲鳴を上げたが所詮光の幻だ。
構わず振り払い、アイスを狙った。
大変だ、このままだと、たとえ狙いが外れても、軽い力で確実に地面が落ちる。
さすがに此処まで地盤がゆるゆるになれば、もうどこに逃げても変わらない。
(つまり、このままだと全滅――――)
二人に緊張が走る。
鳥籠が宙を舞う。
そのときだった。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
チェーンを手にしたまま、メギルディアが叫んだ。
アイスに向けられる筈だった狙いがいつまでたっても、向かって来ない。
「え……」
何事か、と、アイスはぽかんと、宙を見上げる。
地面の裂け目に、鳥籠に引きずられたままメギルディアが浮いて居る。
しかも、何やら、激しい光に包まれ明滅を繰り返している。
リル、も唖然としていた。
「あれは……」
その光は、バチバチと激しく火花を散らしながら、メギルディアの腕を伝う。
あれは、雷――――通電している。
「アアアアアアアアア……!!や、やめ……」
このまま握って居れば黒焦げになるだけだが、振り回す為にしっかり握って腕に巻きつけていたこともあり、すぐに手放すことは出来なさそうだ。
鳥籠から、火花とは別の光の玉が浮く。
それは、ゆったりとリルたちの居る地面に着地。
やがて少女の姿に変わった。
「もー怒った……」
金髪に碧眼。ちょっとボーイッシュな格好をした女の子。
先程の甘い魔法の少女だ。
怒っている。
「アタシのこと、ぐるんぐるん振り回しやがって……」
レオンも、あいつも。
彼女は低い声で、そうぼそっと呟き、
そのまま、呻いて居るメギルディアの落ちていく向こう岸を静かに眺めている。
「アタシ、そんなに安く無いんだから」
地面が不安定なこともあり、リルたちもまた、その岸に手を差し伸べるような事は出来ない。
あまりの痛さに鳥籠を握って居られなくなったメギルディアは、「覚えていろ」
と言い残すと、やがて飛翔し、空間に消えてしまった。
ややあって、少女の方も「あー、スッキリ。じゃ、本体にヨロシク!」と朗らかに笑い、光に戻って消えていった。
2023年1月1日12時44‐2023年1月11日0時35分‐2023年1月15日22時21分‐2023年1月18日1時58分




